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2014-12-20 13:42:09

僕が死ぬ前にどうしても伝えておきたいこと

テーマ:ブログ
先日、「夢をかなえるゾウ3」の脱稿作業をしていまして

後半は「このペースで作業したら死ぬんじゃないか」っていうくらいの地獄のスケジュールだったのですが、そのときふと気になったのは


もし僕がこのまま死んだら、パソコンの中に入っているエロ漫画群はどうなるのか


ということなんですね。

いや、もちろん

「水野のパソコンから数千冊のエロ漫画が見つかった」

ということにはなると思うんですけど、そんなことはどうでもよくて、


というか、僕レベルのエロ漫画マエストロになると、フォルダ名をわざわざエロに書き換えますからね。

これはどういうことかと言うと、

インターネットでエロ漫画や動画をダウンロードすると、


d12435


みたいな記号がフォルダ名になるんですよ。

これは、メーカー側が、パソコンを人に見られたときエロだと分からないようにしてくれている配慮なのかもしれませんが、

こういうことをされると、僕のパソコンのダウンロードフォルダが



d12924
d19300
r13233
d19458
r19493
r20348
d20489
r21804
d29404
d12034
r72983
R22834
R23228
R12344
R39992
d38333
d29387
d38393
m38332
m12333
m38392
r32234
r21292
r29399
p11822
p18299
p12992
p19299




どれがどれだか分からんくなるわけです。


だから、わざわざ



人妻ホームステイ
叔母とヤンキー
人妻とヤンキー
夜這いA
兄嫁……

みたいに打ち直すわけなんです。

もう、堂々としたもんですわ。

マドンナやレディ・ガガはライブ中に乳首出ても隠さずに歌い続けると思いますけど、

水野もエロのフォルダの内容が露わになってもこのパソコンで原稿書き続けますからね。

というわけなんで、僕の死後に「水野のパソコンがエロまみれになってる」っていうのがバレても全然良いんですけど、

僕が今ここで、生きているうちに声を大にして言っておきたいのは


俺がパソコンの中にあるすべてのエロ漫画を評価しているわけじゃねえぞ


ってことなんです。
僕の死後、エロフォルダが見られて色々なエロが出てきたら


「へぇ、水野ってこんなの好きだったんだ」


ってなりますよね。そして、「こんなの」の中には、「こんな趣味」という意味と「こんな漫画」という2通りの意味があるわけです。

そして、趣味に関しては、これはもう、大々的に発表してもらって結構です。

ただ、漫画の内容に関しては、僕のパソコンの中に入っている作品すべてを僕が愛しているという解釈をされるのは、

そこは、もう、断固としてNOを言いたいわけなんです。

僕が今もっている数千のエロ漫画の中で評価しているのは、ごくごく一部ですから。

それ以外の作品は、モノづくりのモの字も分かってない素人がおっぱいゆっさゆっさした絵を描いてるだけのクソ漫画ですからね。エロ界の冒険者「エロンブス」である僕がエロの新大陸を探すために出航したものの何も見つからなくて、上陸と同時に引き返した土地的な作品ばかりですから。

まあ理想を言えばね、僕のエロフォルダの下の階層に5つのフォルダを作って、それを★の多さで分けて、、、ってなんで俺が俺の死後に俺の所蔵エロ漫画見るやつのために、「エロログ」せなあかんの?

まあ、というわけで、本の脱稿作業してるとき、「俺のパソコンフォルダに入っているエロ=俺の好きなものだと思うなよ」ということを今のうちに言っておかねばならんと思ったのですが、

実は、もう一点、脱稿中の睡眠不足の朦朧とした頭で考えたことがあって、

それを今日は書こうと、書かざるをえないと思ってこうしてキーボードを叩いているのですが、

僕は、過去に自分がエロ漫画所蔵家であることを何度も公言してきているものの


「僕が好きなエロ漫画家の名前を具体的に言っていない」


んです。

一人、いるんですよ。

他の漫画家とは完全に一線を画す、ズバ抜けた才能を持つ、色んな意味でズバ抜ける先生がいるんです。

でも、その人の名前は今まで公言してきませんでした。

その理由は――自分が敬愛しているエロ漫画家の先生の名前をここで出すことによって、


自分とその先生の距離が縮まってしまうことを恐れていたんですね。


たとえばこのブログで、僕が一番好きな先生の名前を出すじゃないですか。


そしたら、まあ先生の耳に届きますよね。「水野があなたの漫画を愛読してるらしいよ」という言葉が届かざるを得ないですよね。


言うても水野は、2014年の年間ベストセラー総合ランキング2位と19位、さらに「単行本ノンフィクション」で7位と3冊ランクインさせてきてるわけじゃないですか。本の告知して刷部数言うだけで「え?お前自慢してんの?」って叩かれるわけじゃないですか。「客観的な情報の開示=炎上」なわけじゃないですか。そんな水野先生が「大先生」と崇めるエロ漫画家の名前をここで出すとなると、アマゾンの在庫は100%品切れ状態になりますし、版元の編集者から

「帯に推薦文を!」

ってメールが来て、帯には




「水野敬也大勃起絶賛!」




というコピーがでかでかと出るわけじゃないですか。しかも謝礼は3万円以上出ないわけじゃないですか。



でもね。その程度なら、いいんです。



僕が一番恐れてるのは、万が一にも、大先生から直接メールが届いて「今度お茶でも」ってなったときね。



俺、断れんのかってこと。



やっぱり敬愛する先生からのお誘いだから、ノコノコ行っちゃうと思うんですよ。



そして、先生と俺が出会うってことは、それは日本を代表するクリエーター同士の会合を意味するわけだからモノづくり談義に花が咲かざるを得ないというか、もう花満開ですよ。桜吹雪で前が見えませんよ。「先生!? どこにいるんすか、先生!?」ですよ。そして相手の顔が見えないまま、「あのキャラクター設定はどういうときに思いついたんすか!」「作品を作るとき、どこから発想してんすか!」的な質問をしちゃうわけですよ。

ちなみに、俺、その先生が絵を描いてくれるという設定で、エロ漫画の原作書いたことあるからね。


親戚の叔母さんと無人島に流されるっていう設定でね。


それを興奮しながら書いてコマ割りして台詞入れ始めたとき

「い、いかん!」

と思ってビリビリに破いたから。


「こんなことしたら、俺、先生の作品で抜けんくなるわ!ズバ抜けんくなるわ!」って破り捨てたからね。


俺は、先生の作品の一消費者として存在してたいわけ。

先生の作品について知りすぎることはノイズでしかないわけ。

ゴルフも釣りもやらない。ドライブもしない。ただ目の前のパソコンを叩き続けるだけの無味乾燥の生活、

そんな中に一筋の光を照らしてくれる先生のエロ漫画をここで絶つわけにはいかない、そう思いながら今日まで生きてきました。

でも、

脱稿作業の後半、(俺、このまま死ぬんじゃねーか)となったとき、ふと、朦朧(もうろう)とした頭に、こんな考えが浮かんだんです。

それは、もし、僕がこのまま死んでしまったら、


俺のエロフォルダの中にある先生の素晴らしい作品が、他の凡百のエロ漫画の中に埋もれてしまう――


脱稿中の、朦朧とした頭で、下半身裸で、そう思いましたよね。



脱稿のストレスに耐えきれなかったんです。



そして、そのストレスから救ってくれたもの、やはり先生だったのでした。



そんな先生から受けたご恩に対して、俺はこのまま逃げ続けるわけにはいかない。


万が一、俺と先生の、10年弱の蜜月にひびが入ろうとも、


先生の名前を言わずして、俺は死ねない。


それをしなかったら、そのとき俺は、本当の意味で水野でなくなってしまうから。


水野が地上から消えても、俺は水野であり続けたい。


だから、この場を借りて言います。


これまで固く口を閉ざしてきた、僕が敬愛する大先生の名前を、今日、発表したいと思います。




その先生の名は――













草津てるにょ大先生











です!!!!!!

先生!!!

「姉母」で先生のことを知ってからずっとお慕い申し上げておりましたぁ!!!!

いや、この人マジで天才だからね。

俺、この先生の漫画使って、モノづくりを説明できるから。

宮崎駿作品が「ハウルの動く城」から脚本がおかしくなってる理由、この人の漫画使って説明できるから。

実際、俺、そういう連載を東スポに提案したことあるからね。

「それ、誰が読むんですか」的なこと言われたからね。

「俺が読みます」としか答えられなかったからね。


俺、テレホンカード持ってるから。


この先生のDVDに特典でついてきたテレホンカード持ってるから。



草津テレカ4
※アメーバ事務局さんへ。一応モザイク入れましたが、この画像削除だけはマジで勘弁してください。こっちもリスク背負って草津先生の名前出してるわけだから。アメーバさんにも多少のリスクしょってもらわないと。「今日だけはFC2に限りなく近づくこと」これがアメーバさんから俺に対するクリスマスプレゼントなんで。






DVD、8000円近くしたからね。



今日び、60分に満たないDVDに8000円弱のお金ポーン!と誰が払えるのって話ですよ。でも俺、池袋のエロ漫画屋で、モニターに流れるエロアニメ指差して「これください」って値段も見ずに言ったからね。

いや、先生の魅力を語り出したらそらきりないですよ。ウケる日記が草津日記になりかねないですよ。「湯治始めたの?」って言われますよ。

それでも、まあ、ここまで言っといて何も語らないわけにはいかないから、端的にね、端的に先生の魅力を語るとしたならば、


たとえばこの作品ね






ムー2
「ムーちゃんが来たよ」




分かる?


先生の、凄さ、分かる?


いや、この時点で「さすが草津先生!」って言えるやつは、僕と即効で草津ファンクラブ作ることができる実力の持ち主なんですけど、

まあエロのことがなんも分かってないお前らに説明しておくと、この作品の凄さは





タイトルに一切のエロさがない。





ということなんです。


僕レベルになると、もう、ここで分かります。


最初にエロを出してくるか、隠すか、この1点でその著者のエロモノづくり偏差値全部分かりますから。

写真家の荒木経惟はこう言ってます。

「女が最初から全裸だったら誰が興奮するんだ? 着ている服を脱がすから興奮すんだろ?」

つまり、エロを知る者は、「女に服を着せる」ところから始めるわけです。

だから、僕、日活ロマンポルノのほとんどの作品見てるんですけど、


最初の30秒で女の裸を出す作品は、



間違いなく駄作



です。


逆に、良い作品は、たとえば



女に夜道を歩かせる。



白い服着せてね。




そして視聴者をじらす。


「どうだ? この女とヤリたいだろう?」


とじらすわけです。


いやね、草津作品でも、いきなりエロが出てたり、表紙に乳輪が出てたり、というのはあります。


だけど、先生、そこは間違いなく摩擦してる。


いや、俺と先生の間では、モノづくりにおける摩擦は「ピストン」と言い換えるべきかもしれない。


もちろん、エロ漫画は商品なわけだから、客に買ってもらうために、エロを分かりやすく前に出さなきゃいけないこともある。



しかも、エロ漫画の消費者はとてつもなくレベルの低いクソ野郎どもですから。



ロマンポルノという素晴らしいエロモノづくり文化を現状のAVに貶めたのは、何より、消費者の審美眼の低さですからね。



ああ、語りてえ! その点についても語りてえよ!



いや、こうなるから草津先生の話するの嫌だったんだわ俺。長くなるから。深くなるから。どうしてもこの話をせざるを得なくなるから。



でも、草津先生の名前出した以上語るしかないわ。


今あんたここで一回トイレ行っといたほうがいいかもね。電車ん中で読んでる人は一度携帯閉じて家に戻ってから続き読むことお勧めするわ。




――それじゃあ、あんたの準備も整ったみたいなんで始めさせてもらうけど、


まず、俺ね、何が嫌いって、オタクが嫌いなんですよ。いや、ここで言うオタクは「一つのことに集中して周りが見えなくなる人」じゃないんです。


ジョン・ラセターはオタクですが、この定義におけるオタクではない。


僕が嫌いなオタクはね、現実での経験を放棄している(逃げてる)くせに、キャラクターを語ろうとする者たち、


これを通常のオタクと区別して、「引きこもりオタク」(引きオタ)と呼ぶことにしましょう。


こいつらが、もう、本っ当っっっに、モノづくりをダメにしてる。


こいつらは、「現実」の経験から逃げてるから、生身の人間がどういう反応をするか、リアクションをするか、そのことがまったく分かっとらんのです。


だから、エロ漫画の世界っていうのは、もう本当に終わってるんですよ。


「アヘ顔」なんていうのが流行ったりね。


女はセックスのときそんな顔しねーんだわ。


でも、現実を知らんから、そういうのに興奮できてしまう。


つまり、幼いんです。


現実の洗礼を受けてないから、精神的に幼い。


だから、ネットに投稿されてるアニメとかね、引きオタが作ってる作品っていうのは本当にクソなんですよ。

地球上に存在しない女を描いてるんだから。

存在しないものを描いてもリアリティがないから。

そして、エンターテイメントはいかにうまくウソをついて客を世界に引き込むかが全てであって、その「リアリティ」を失うんだとしたら、もうそれは作品として成立するはずもないんですよ。

もうね、そういう人が、ピクサーの作品とか「アニメ」という枠組みで好き勝手に評論しないで欲しいんです。

ちなみに、僕は素晴らしいアニメを公開初日とかに映画館で観ないようにしてるんですよ。しょうもない客が集まってしょうもないとこに興奮して声出すから。「サマーウォーズ」初日に観たときは、素晴らしい内容なのに周りがほんとしょうもないやつらだったんで、途中で映画館出てもう1回観に来ようかと思ったほどでした。


じゃあ、具体的に、「洗練されたアニメ」ってどういうのを指すかっていうと


たとえば、ジョン・ラセターが脚本監督した「カーズ1」です。


この「カーズ1」のラストシーンが最高に、素晴らしい。これは絶対に「引きオタ」には作れないラストなんですよ。


ちなみに、ラストシーンについて話すと、これも説明が長くなるのですが、


主人公のライトニング・マックイーンが恋人のサリーと、ルート66をのんびりドライブをしてるんです。

それで、そもそもこのルート66というのはカーズの元のタイトルだったくらい、この作品のテーマを表しているのですが

物語のあらすじは、マックイーンは超人気者のレーシングカーで、勝つことばかり考えていた自己中なやつだったんですけど、

レースに行く途中事故にあって、たまたまこのルート66に来て、そこで暮らしている田舎町の車たちと仲良くなり、本当に大切なものに気づかされる。

つまり、この作品は、

高速道路のような「効率」だけを追い求めるんじゃなくて、


ルート66のような、一見無駄に思える「過程」を大事にしよう


というメッセージがあるわけなんですね。そして、そのことを知り、成長したマックイーンは、仲間たちの協力を得てレースに勝利し、


恋人のサリーと、ルート66をのんびりドライブしながら言うわけです。「のんびりと風景を眺めながらするドライブは素晴らしいね」と。


そしたらね、


マックイーンの言葉に対して、サリーが言うんですよ。




「何バカなこと言ってるの? あそこまで競争よ」




そして、急にスピードを上げて走り去っていくわけなんです。






どうよ!?


このラストシーンの素晴らしさ、どうよ!?




いや、このラストの素晴らしさに関しては色々な角度で語ることができると思うんですよ。
作品のテーマを覆す裏切りだったり、それがお洒落な感じがするとかね。


でも、何より素晴らしいのは





女性ってそういうものじゃないですか。




手に入ったと思ったら、予定調和を壊してサッと手の届かないところにいく、


それが、女性の魅力じゃないですか。


これぞ、女性のリアリティじゃないですか。


それを、ジョン・ラセターは知っていた。経験していた。だから、この台詞が書けた。もしくは採用できたのです。


そして、引きオタの作る作品には、これが決定的に欠けてるんです。


ときに、それは「ハイコンテキスト」と「ローコンテキスト」という言葉で議論されることもあります(ほんとこれもクソみたいな議論なんですけど)。

ハイコンテキストとは「高度な文脈」。つまり、その前後関係が複雑だったり、自分だけが知っている、という優越感を持ちながら作品を消費することを指したりします。それに対して「ローコンテキスト」とは、文脈が分からなくても誰でも楽しめる、ある種のハリウッド的な作品と言われることもあるわけですが、そして「ハイ」と名付けることによって、「人が見たらわけがわからないかもしれないが自分には分かる」ことをあたかも「上」のことようにとらえるわけですが、これは違います。現実を知り、現実の経験から導かれるリアリティだからこそ多くの人を惹きつける、

つまりは、「現実」こそが、人類を貫く「共通の文脈」なんです。


逆に引きオタはその共通の文脈である「現実」を知らないゆえに、起こり得ない、妄想上の世界に浸ることができます。


そして、エロ漫画を消費する人間のほとんどは、こうした「妄想」の世界の中に生きており、だからこそ、女性に対して有り得ない行動を取らせたり、


前後関係がめちゃくちゃな内容でも興奮できてしまうということなのです。



でも、



草津先生は違うんだわ。




草津先生の描く女性のセリフ、リアクション、表情のすべてにリアリティがあるんです。




草津先生の描く女は、女なんです。



いや、苦しいと思いますよ。


先生は、間違いなく苦しんでいらっしゃる。


たとえば、「ムーちゃんがきたよ」これはもう、エロ漫画史上に残る傑作なのですが、


先生の作品の中の売上では下位の方だと推測されます。


その理由は、本作で描かれている女性の性への目覚めがリアルであるものの、引きオタが求めるエロではない。

そこで先生は葛藤したでしょう。先生にも生活がある。家族も養っていかねばならない。

そこで、リアルな女を描きながら、かつ、客に受け入れられるものとして、様々なピストンを――モノづくりピストンを今日も行いながら、それでもモノづくりの良心を失わず、今も素晴らしい作品を世に送ってくださっているわけです。


そんな先生に、この場を借りて、お礼を言わせていただきたいと思います。

ありがとうございます。先生。

先生の作品は、生身の女性100人分に匹敵するほどの破壊力があり、先生の作品に出会えたとき、心の底から「100人斬りを自慢する男」が羨ましくなくなりました(あいつらはきっと先生の作品までたどりつけませんからね)。

そして、先生のファンである私は、できればあなたとは一生お会いせず、ただただあなたの作品をコンプリートするだけの関係でありたいと思っています。


ただ、万が一

先生が今後、なんらかの理由でお困りすることがあるのなら、そのときは、家族でも友人でもなく、まず、この水野を頼ってきてください。



それくらい僕の人生は、先生の筆に支えられていますので。



先生の手に持つ筆という棒が、僕の股間の棒を支えておりますので。



草津先生の、今後の更なるご活躍をお祈りしています。








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本作はシリーズ初の女性主人公です。ガネーシャがパワーアップした「ブラックガネーシャ」と、さらにライバルも登場して、「教え」によるバトルが行われます。ぜひご覧ください!

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