「社長! ご決断を。トップダウンにしますか? ボトムアップにしますか?」
「決めなきゃならんのか」
「はい」
「トップダウン方式の利点は?」
「鶴の一声で全てが進みますので、決定も行動も迅速に行えます」
「ふむ。欠点は?」
「社長がアホだと、ブレーキがかからず総崩れになります」


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(アセビ)





「ボトムアップ方式の利点は?」
「社員一人一人の意を汲み上げますので、社員の士気が上がります」
「ふむ。欠点は?」
「社長がアホだと、意見をまとめられず総崩れになります」


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(フッキソウ)




「どっちもどっちだということか……」
「どうなさいます? ご決断を!」
「君が社長をやれ。俺はアホだ」


(^^;;



 毎度毎度思うことなのです。

 不祥事や業績不振で危機に瀕した企業や組織のトップが、『その責任をとって』辞任……という説明に、わたしはどうしても納得できひんのですわ。
 それは違う。『責任をとれへんから』ぶん投げて逃げるか、もしくは追っ払われるんやろ。

 責任なんか、神様でもない限り誰にもとれませんよ。責任をとろうと努力をすることは出来てもね。(^^;;

 リーダーは、イコール責任者ではありません。単に地位を表す用語であり、そこには責任なんて文言は一つも入っておりません。リーダーとしての資質に何を求めるかは、全て後付けなんです。
 そして。リーダーという存在が、最初からあらゆる欲の集大成の位置に置かれているということをしっかり覚えておかなあかんのかなーと。事実、滅私を徹底できる欲のない人はリーダーにはならないし、なれないのですから。





  藤の花垂れた先のみ咲き残る






Leader Of The Band by Dan Fogelberg

 ダン・フォーゲルバーグはお父さんが音楽教師。バンドリーダー(楽団長)である父親のことを、しみじみ歌い上げています。