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(2)


親との関係がどろどろしていても、わたしたち姉妹の間に
はダイレクトな好悪の感情はなかったと思う。
だって、年が十ずつ離れてる上に同居期間が短かったから。

さほねえが小学五年の時に結婚したみどねえは、その時に母
の家を出てる。

さほねえは、母だけでなくて再婚先の家にも馴染めず、中二
の時に親と大ゲンカした後で家を飛び出した。
友達やみどねえの家を転々として、今までずっと根無し草の
ような生活を続けてる。

わたしが物心ついた頃には、家にはみどねえもさほねえもい
なかった。わたしは一人っ子みたいなものだったんだ。

母がみどねえを頼りにしてたから、みどねえは母のところに
時々来ていて、わたしは二十歳年が離れた姉がいることは分
かってた。直接話をしたことはほとんどなかったけどね。

変な話。
わたしが家を出て自活するようになってから、本格的にみど
ねえやさほねえと会ったり、電話でやり取りをすることが増
えたんだ。
やっと、姉妹としての実態が動き出したっていう感じ。

もちろん、姉たちとのやり取りを増やさなければならない
きっかけがあったのは確か。
わたしが家を離れてから、母が精神的にも体調的にもひどく
不安定になってしまったんだ。

みどねえとわたしは、母に対して同情的だった。
母の男運の悪さとそこから出てきちゃう不利益は、娘である
わたしたちがサポートしてあげないとって。

母が天敵のさほねえは、母のことなんかどうでもいいと思っ
てるはず。でも、さほねえがいざという時頼りに出来るの
は、みどねえしかいなかった。
さほねえは、嫌々であってもみどねえの手伝いをしないとな
らなかったんだ。

わたしが家を出てから母が亡くなるまでの期間は、一年もな
かった。でもそれは、ばらばらだった三人を姉妹として結び
直すのに必要な時間だったんだ。

ほとんど他人同士だったわたしたち三人が、がっちり結束し
た姉妹に変わることなんかあり得ないけどさ。
でも、良くも悪くも三人の要の位置にいた母が欠けてしまっ
たことは、どこかでわたしたちの強い喪失感に繋がっていた
んだろう。
三人、こうして寄り集まることで、ぽっかり空いてしまった
心の隙間を埋め合わせる必要があったんだと思う。

自分の妻のお葬式なのに喪主になることを拒否した薄情な父
を見切ってみどねえが喪主を代行し、遺骨も位牌もみどねえ
が引き取った。

みどねえは、結婚後十年で夫婦生活が破綻して離婚。
息子二人を連れて、母が再婚するまで住んでいたこの小さな
平屋の家に引っ越していた。

狭い家だったけど一間を潰してそこに仏壇を置き、母を祀っ
た。律儀なみどねえらしい。
だけど、子供が大きくなって家が手狭になったみどねえはマ
ンションに居を移し、そこには仏壇を持っていかなかった。

この古い家は、仏壇の中に納まってしまった母が一人で眠る
場所になり。
時々家の掃除に来るみどねえだけが、その時にお参りをして
たんだよね。
わたしは墓参りしかしなかったし、さほねえは家にも墓にも
寄り付かなかったんだ。

姉妹三人が揃うはずの法事。
それは、これまで一度も行われることはなかった。
もっとも、法事をやっても意味はなかっただろうけど。
結局みどねえしか立ち会わないんだから。

母の死の直前に初めて寄り集まった三姉妹。
でも、母という要が失われた途端にその結びつきは再び緩ん
だ。

みどねえにとって、母は本来他人であっても大恩人。そして
母に育てられたこの家が、みどねえにとって掛け値なしに本
当の家だ。

さほねえにとって、母は実の親であっても他人も同然。そし
てさほねえには、母の気配が残っている限りここにも再婚先
の家にも意味がない。

わたしにとって、母は実の親だけど微妙な存在。そして、こ
こはまるっきり知らない家だし、大嫌いな父しかいない実家
にはもう家の実態がない。

年齢も、母や家の意味も違う三人の女。
姉妹という名は、明らかに形だけだ。
それなのに、わたしたちがばらばらの他人同士に戻らなかっ
たのはなぜ?
わたしだけじゃなく、みどねえもさほねえもその理由は分か
らないと思う。

今、わたしたちの前で炎を揺らしている太いロウソク。
母が亡くなった年の暮れに、みどねえに呼ばれてここに来た
時に披露されたんだ。

「なんだかんだ言って、結局ママがあたしたちを束ねてたん
だよね。でも、これからそうは行かなくなる。あたしたちの
誰も、身内ってのに縁がないんだからさ。せめて、このロウ
ソクが保つ間くらいは仲良くしようよ」

……そう言われたんだ。

わたしがすごくしっかりしてれば。
誰からも自立出来ていれば。
なにくだらないこと言ってんの、そんなばかばかしいことに
付き合ってらんないわって冷笑したかもしれない。

でも。
その頃のわたしは、だらしないさほねえのことを悪し様に言
えなかった。
父の横暴に反発して家を出たのはいいけど、一人で生きて行
く覚悟も根性も全然足りなかった。
心身ともにとことん未熟で、まだしょうもない洟垂れのガキ
だったんだ。

だから。
わたしもさほねえと同じで、心のどこかでみどねえに寄りか
かってしまったんだろう。

「……」

ふと、目の前で揺れている炎に目が吸い寄せられた。

十年前、今と同じように三人の前で灯されたクリスマスキャ
ンドル。
それは、母を失ったわたしたちを慰める灯りであり、わたし
たちの未来を照らす希望の光になるはずだった。

でも十年経って……。

当時よりもっとみすぼらしくなった部屋の中でぼんやり灯っ
ているのは、どこからどう見てもただのロウソクの灯りに過
ぎなかった。




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(センリョウ)





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