半月 あとがき



半月をお読みいただき、ありがとうございます。

わたしが作話の元ネタにするのは画像のことが多いんです
が、本話の起点は画像ではなく、ハーフムーンベイという曲
です。和訳すれば『半月湾』でしょうか。その名を冠した大
好きな曲があるんです。

十二弦ギターの名手ゲリー・オベアーンの作詞作曲で、アイ
ルランド出身の女性シンガー、モーラ・オコンネルがストー
リーズというアルバムでカバーしています。

その曲を最初に聴いた時、わたしは言いようがないほど感動
しました。聞きながら涙をこぼしたことを今でも鮮明に覚え
てます。

歌詞も切なくて素晴らしいのですが、その内容を一切知らな
くても音が頭の中にどんどん情景を描き出していくんです。
心の琴線に触れるというのはこういうことなのかなとしみじ
み思いました。

その時に。曲がわたしの中に映し出したシーンを、いつかな
んらかの形で描き出してみたいなと考えたんです。

半月と言う言葉と、音によって刻み込まれた印象。
ただそれだけをもとに、自由にイメージを広げてみよう。
太陽には光しかないけれど、月には光と影の両方ある。
それは人の心そのものだろう。
ならば、それを筆の赴くまま描いてみよう。

半月は。
そのようにして、わたしの心中の月のある情景を描いた習作
です。


           −=*=−


筋立てを考える前に、もう美月さんが半月と言う店とともに
薄暮に浮かび上がっていました。
それから、卓ちゃん、あさみちゃん、迫田さん、ぐっちぃ、
さわちゃんの順で、キャストが固まりました。

最初、美月さんは魔女の設定にするつもりでした。
猫の文三さんは、下っ端の使い魔になるはずだったんです。
でもそういう割り振りをすると、美月さんが絶対的な存在に
なってしまいます。

美月さんの位置付けを半月に集う常連さんと同じところまで
下げるために、美月さんと文三さんの役回りを逆にして、九
得に登場してもらいました。

それと、美月さんにはどうしても月を美しい隠喩(メタファ)
として語ってもらいたかった。
そのために、狂言回しの役を御堂さんにお願いしました。

迫田さんと卓ちゃんのご両親には、傾いた月の押し上げを手
伝ってもらいました。
こればかりは力技が必要だったからです。


           −=*=−


わたしは、本話でいくつか変則的なことを試してみました。

まず、一人称で展開する話でありながら、視点(ナレーター)
をあえて固定しませんでした。
あさみちゃんの心象風景を軸に描き出しましたが、必ずしも
主人公があさみちゃんというわけではないんです。

あさみちゃんと卓ちゃんが交互に語るというスタイルは、相
聞歌(そうもんか)をイメージしたものです。
もちろん、二人が交わす文を取り持つのは、月。

月であるべき美月さんは、二人の交点であるとともに、二人
によって初めて描き出される。
そういう風にしたかったのです。

それと、話中では季節や時系列を明示していません。
話の進行に支障がない限り、そこは読者のみなさんに自由に
想像していただこうかなと。

欠けている部分が多くても少なくても、どれも月の姿。
そんな風に捉えてくだされば。


           −=*=−


筆を置いた時に、最初に思ったこと。
美月さんは、どこへ行ったんだろうなあ、と。

わたしの中にも謎を残して、一葉の絵が描き上がりました。

あまりに拙い月のスケッチかもしれません。
でも、読んで下さった皆さんそれぞれにお好きな月を思い描
いていただけたなら。

……とても嬉しいです。




HM31





Half Moon Bay by Maura O'Connell