半月 第三章



解かれた封印 (3)


夢。
これまで何度も見た夢。

わたしは普通にしゃべっている。
隣に誰かいるけど、それが両親か、友達か、恋人か、夫か、
分からない。
でも、ものすごく幸福であることは確かだ。
わたしの想いを伝えることができるから。

どんな楽しいことがあったか。
どんな面白いことがあったか。
どんなにあなたを愛しているか。
わたしの想いがどれだけ深いか、広いか。

いくら言葉があっても、いくら伝える時間があったって足り
ない。

そう。
それはできないことの裏返し。
だから、夢。

反転する。
ああ、それが今度は逆になったんだ。

わたしは普通にしゃべれる。
出来なかったことが当たり前にできる。
だから今度は、それを失うことに耐えられない。

伝えたい言葉が滞る。
伝えたい想いが凍りつく。
もう。何も失いたくない。
だから、黙ってしまう。

夢。
涙に支配される、悲しい夢。


           −=*=−


「……ちゃん、っさみちゃん、あさみちゃん!」

揺り動かされて、目が開いた。
あ……あ。そう言えば倒れたんだっけ。

「すみません、美月さん」

「大丈夫?」

「ちょっと頭がくらくらするけど、大丈夫です」

「無理しないでね」

「はい、心配かけてすみません。えと、卓ちゃんは?」

美月さんが、柔らかい笑顔を見せながら答えた。

「今、お客さんが来てるので、応対してもらってるの。あさ
みちゃんはまだ横になってた方がいいわ」

「すみません。もう少し落ち着いたら、出ます」

「本当に、無理しないでね」

「はい」

美月さんが店に出て、居間で一人になった。
ほっと溜息が出る。

普通に話すことができるようになった。
会話に何も支障はなくなった。

これまでずーっとずっと望んでいたこと。
やっと叶ったんだ。

だから、ものすごく幸せなはずなのに。
わたしは、反対に強い恐怖に囚われる。

ハンデは。
あるとそれに慣れて、自分を小さく保てる。
出来ないんだから虚勢を張る必要がない。
だから制限が外れると、途端に自分が分からなくなる。
どこまでが限界なのか。どこまでしなくてはならないのか。

美月さんに、あさみちゃんて意外にひょうきんなのねって言
われたことがあった。
ひょうきんなんかじゃない。
わたしはシニカルなんだ。

斜に構えて、出来ないことや叶わないことを薄笑いで一刀両
断してただけ。
自他を切り捨てることで世界を小さくして、ココロの平穏を
保ってたんだ。

だって出来ないんだもの。
だから我慢すればいい。
そう自分に言い聞かせ続けて。
それに慣れて。

だから、なんでも出来るようになった今は。
喜びよりも、切り捨てられない恐怖の方がはるかに大きいん
だ。

わたし……これからどうしよう?
自分のことなのに、自分でどうしたらいいかがうまく考えら
れない。

どうしよう?

「……」

心配させたくないけど……美月さんに相談するしかない。

どんなに考えても、わたしにはそれしか思い浮かばなかった
んだ。




HM18





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