半月 第一章



【欠片】 迫田俊和


その店を見つけたのは、全くの偶然だった。

仕事帰りにコンビニに寄って雑誌を買い、駅へ行くのに少し
近道しようと思ってコンビニ脇の路地を入ったら……そこに
件(くだん)の店があったんだ。
それまで何度もその道は通っていたのに、全く気付かなかっ
たんだよな。

縦看もネオンサインもない、本当に地味な店だった。
体格のいい人なら通れないような細長い木の扉の真ん中に、
半月、と墨書されている。
達筆だが、他に店の様子を表すようなものが何も書かれてい
ない。

バーなのか、スナックなのか、小料理屋なのか……何の店だ
か皆目見当もつかない変な店だ。

扉の目線位置には、丸い窓が開けられている。
その左半分は黒い板で塞がれていて、右半分から店内の明か
りがじわりと漏れてくる。
そうか、暗くなると目の前に半月が浮かび上がるってわけか。
地味だけど、洒落た仕掛けだな。

ふらふらと吸い寄せられるように、半月窓から中を覗いた。
カウンター席しかない狭くて細長い店内が、ぼんやりと浮か
び上がった。

カウンターの向こうには、若い女性バーテンダーと、学生っ
ぽい風体の板さん。
そして、えも言われぬ笑みを浮かべながらカウンターに寄り
かかっている年齢不詳のママさん。それだけ。
客は誰もいない。

三人は会話を交わすでもなく、ただ佇むようにそれぞれの持
ち場に立っているという感じだった。

どうしようかな、と思った。
地味だけど、もしかすると会員制の高級クラブとかかもしれ
ない。そんなに持ち合わせはないし。

まあ、でもあの雰囲気だとすぐにアブナイ系の人が出てくる
ことはないだろう。
最初に飲み物の値段を聞いておけばいいよな。
軽くビールでも引っ掛けて出てくれば、飲み代は知れている
はずだ。

私は、半月状に刳(く)ってある扉の取っ手を引いた……。




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