《ショートショート 0841》
『黒焦げ』
「おねえちゃん、昨日すごかったよねー」
「めっちゃやばいよー」
わたしと妹のゆいかは、二階の部屋の窓から、すぐ近くにあ
る児童公園の倒れた立木をこわごわ見ていた。
−=*=−
もう冬の足音が聞こえてるっていうころなのに、昨日はすっ
ごい雷と雨で、家の中で一日中耳を押さえてびくびくしてた
んだ。わたしも妹も雷大っ嫌いだから。
稲光でぱっと窓が明るくなるたびに。
ばしーんとかずしーんとか、大きな雷鳴が聞こえるたびに。
きゃあきゃあ言いながら身をすくめてた。
冗談抜きでこわくて、こわくて。
いつもは雷が収まったらほっとして忘れちゃうんだけど、昨
日の夜は一生忘れられないと思う。
そう……落ちたの。それもうちのすぐ近くに。
爆弾落ちたのかと思った。
それぐらいすっごい揺れと音と光で。
いつもは二段ベッドの上と下で別々に寝るのに、昨日は二人
してくっつき合って寝た。
こわくて、一人で……いられなかったんだ。
次の日の朝。
雷がひどかったことなんか信じられないくらいの、いい天気
になった。
でもわたしたちの目は、うちからちょっと離れたところで倒
れてる木に釘付けになってた。
それは、わたしやゆいかがよく学校帰りに寄る児童公園の入
り口に立ってた木。
そんなに大きな木じゃなかったけど、でもひょろひょろの
木ってわけでもない。
それが根元からぼきっと折れて倒れてて、下の方が黒焦げに
なってた。雷……あれに落ちたんか。
「……も、もう、こわくてあの公園に行けないー」
ゆいかが、半べそかきながらリビングに走って降りた。
わたしも公園に行くのはまだこわかったけど。
あの木がどうなっちゃったのか、近くで見てみたかった。
ママとゆいかがなんか話してる間に、サンダルはいて外に出
て。お化け屋敷のぞくみたいに公園に近付いて行った。
「あれ?」
わたしが行った時には、さっき窓から見えた倒れた木はもう
片付けられちゃったみたい。そこにはなんもなかった。
木が立ってたあとに、黄色いヘルメットをかぶったおじさん
が一人しゃがんでて、残ってる木の根っこをものさしで測っ
てた。
「こ、こんにちはー」
何してるのかなーと思って、声かけてみた。
「ほい、こんにちは。この近くの子かい?」
「はい。昨日の雷、それに落ちたんですかー?」
「そう。ちょっと珍しいよ。ここにあった木より背の高い木
も、先のとんがった木もあったのに、これがやられるなんて
ね」
そっか……。
おそるおそる、おじさんが調べていた木の根っこに近付いて
みた。
「わ……やっぱ焦げてる。黒焦げだー」
「そうだね。雷の電気が木を通る時に、その電気が熱に変
わっちゃうからね」
「うう」
「それでもね」
おじさんは、作業服の膝の泥を叩いて落としながらゆっくり
立ち上がった。
「もし、この木がもっともっと大きな木だったら。木が雷で
死んじゃうことはなかったかもしれない」
え!? そうなの?
「雷がぶち当たったり、その電気が走ったりするのは点や線
なの。だから、そこはやられても、他が生きてれば死なない
んだ」
「知らなかったあ……」
「公園や大きなお屋敷のでっかいシンボルツリーには、雷撃
を受けても生き続けてるやつがいっぱいいるんだよ」
「うわ、すごーい」
おじさんは、かぶっていたヘルメットを外して、ふうっと大
きな深呼吸をした。
「そういうのはね、ちょっと君たちに似てるかもね」
「え? どういうことですかー?」
「大人はね、黒焦げになるくらい酷い目にあっても、なんと
か生き延びるチャンスがある。でも、子供はそうはいかない
んだ」
「……」
「きっとね。いいことばかりじゃないよ。雷が……いつ落ち
るかは誰にも分からないんだ。そのダメージで黒焦げになる
のがほんの一部で済むように。君がそれでだめにならないよ
うに。がんばって、大きくなってね」
おじさんは、わたしに言うっていうより自分に言い聞かせる
ようにして、そうつぶやいた。
わたしが、どう返事したらいいか分かんなくてまごまごして
たら。
かぽっとヘルメットをかぶったおじさんが、すたすたと歩き
出した。
「じゃあね」
わたしが、なーんとなくフクザツな気持ちで家に帰ったら。
ママから、いきなりでっかいカミナリがどっかあん!
「ゆかりっ! 知らないおじさんと親しげに話をしたらダメ
でしょっ!」
いいじゃん! マジメな話だったんだからっ!
なんかむかついて。そして……さっきのおじさんの顔がふっ
と浮かんだ。
そっか。
こういう……ことか。
Burnt Letters by Taylor Henderson
『黒焦げ』
「おねえちゃん、昨日すごかったよねー」
「めっちゃやばいよー」
わたしと妹のゆいかは、二階の部屋の窓から、すぐ近くにあ
る児童公園の倒れた立木をこわごわ見ていた。
−=*=−
もう冬の足音が聞こえてるっていうころなのに、昨日はすっ
ごい雷と雨で、家の中で一日中耳を押さえてびくびくしてた
んだ。わたしも妹も雷大っ嫌いだから。
稲光でぱっと窓が明るくなるたびに。
ばしーんとかずしーんとか、大きな雷鳴が聞こえるたびに。
きゃあきゃあ言いながら身をすくめてた。
冗談抜きでこわくて、こわくて。
いつもは雷が収まったらほっとして忘れちゃうんだけど、昨
日の夜は一生忘れられないと思う。
そう……落ちたの。それもうちのすぐ近くに。
爆弾落ちたのかと思った。
それぐらいすっごい揺れと音と光で。
いつもは二段ベッドの上と下で別々に寝るのに、昨日は二人
してくっつき合って寝た。
こわくて、一人で……いられなかったんだ。
次の日の朝。
雷がひどかったことなんか信じられないくらいの、いい天気
になった。
でもわたしたちの目は、うちからちょっと離れたところで倒
れてる木に釘付けになってた。
それは、わたしやゆいかがよく学校帰りに寄る児童公園の入
り口に立ってた木。
そんなに大きな木じゃなかったけど、でもひょろひょろの
木ってわけでもない。
それが根元からぼきっと折れて倒れてて、下の方が黒焦げに
なってた。雷……あれに落ちたんか。
「……も、もう、こわくてあの公園に行けないー」
ゆいかが、半べそかきながらリビングに走って降りた。
わたしも公園に行くのはまだこわかったけど。
あの木がどうなっちゃったのか、近くで見てみたかった。
ママとゆいかがなんか話してる間に、サンダルはいて外に出
て。お化け屋敷のぞくみたいに公園に近付いて行った。
「あれ?」
わたしが行った時には、さっき窓から見えた倒れた木はもう
片付けられちゃったみたい。そこにはなんもなかった。
木が立ってたあとに、黄色いヘルメットをかぶったおじさん
が一人しゃがんでて、残ってる木の根っこをものさしで測っ
てた。
「こ、こんにちはー」
何してるのかなーと思って、声かけてみた。
「ほい、こんにちは。この近くの子かい?」
「はい。昨日の雷、それに落ちたんですかー?」
「そう。ちょっと珍しいよ。ここにあった木より背の高い木
も、先のとんがった木もあったのに、これがやられるなんて
ね」
そっか……。
おそるおそる、おじさんが調べていた木の根っこに近付いて
みた。
「わ……やっぱ焦げてる。黒焦げだー」
「そうだね。雷の電気が木を通る時に、その電気が熱に変
わっちゃうからね」
「うう」
「それでもね」
おじさんは、作業服の膝の泥を叩いて落としながらゆっくり
立ち上がった。
「もし、この木がもっともっと大きな木だったら。木が雷で
死んじゃうことはなかったかもしれない」
え!? そうなの?
「雷がぶち当たったり、その電気が走ったりするのは点や線
なの。だから、そこはやられても、他が生きてれば死なない
んだ」
「知らなかったあ……」
「公園や大きなお屋敷のでっかいシンボルツリーには、雷撃
を受けても生き続けてるやつがいっぱいいるんだよ」
「うわ、すごーい」
おじさんは、かぶっていたヘルメットを外して、ふうっと大
きな深呼吸をした。
「そういうのはね、ちょっと君たちに似てるかもね」
「え? どういうことですかー?」
「大人はね、黒焦げになるくらい酷い目にあっても、なんと
か生き延びるチャンスがある。でも、子供はそうはいかない
んだ」
「……」
「きっとね。いいことばかりじゃないよ。雷が……いつ落ち
るかは誰にも分からないんだ。そのダメージで黒焦げになる
のがほんの一部で済むように。君がそれでだめにならないよ
うに。がんばって、大きくなってね」
おじさんは、わたしに言うっていうより自分に言い聞かせる
ようにして、そうつぶやいた。
わたしが、どう返事したらいいか分かんなくてまごまごして
たら。
かぽっとヘルメットをかぶったおじさんが、すたすたと歩き
出した。
「じゃあね」
わたしが、なーんとなくフクザツな気持ちで家に帰ったら。
ママから、いきなりでっかいカミナリがどっかあん!
「ゆかりっ! 知らないおじさんと親しげに話をしたらダメ
でしょっ!」
いいじゃん! マジメな話だったんだからっ!
なんかむかついて。そして……さっきのおじさんの顔がふっ
と浮かんだ。
そっか。
こういう……ことか。
Burnt Letters by Taylor Henderson