《ショートショート 0834》


『カプセル』 (なみだのいろ 2)


魂を格納しておくカプセルは、魂一つに付き一個と厳密に決
められている。

それは出荷の前に何度もチェックされ、過不足は生じないよ
うになっているはずなんだが、ミスってのはどんなにチェッ
クを重ねても起こるし、カプセルの性質上不具合を放置する
ことが出来ない。

私は、不具合のアフターケアをするのが仕事なんだよ。
つまり、魂が封入されなかったカプセルを引き上げ、間違っ
て一つのカプセルに魂が二つ入ってしまったものは、その一
つを回収する。

いいかい? 私は間違っても死神などではない。
私には個々のカプセルへの生殺与奪の権限などなく、ただ
粛々とカプセルや魂の回収と再配を行っているに過ぎない。
その私を、まるで極悪非道な人非人であるかのようにこき下
ろすのは、どうか止めていただきたい。

もっとも、カプセルと魂がきちんとセットで揃っている場合
は、カプセルが私を視認することは出来ない。
だから私は、カプセルによる想像の産物に過ぎないってこと
になってる。
まあ……そこらへんは私の方から深く追求する気はないんだ
けどね。



sz1
(センナリホオズキ)



と言うことで。
私は、今日久しぶりに下界に降りてきた。

私が始終こっちに来なければならないってのは、間違いなく
異常事態で。そうでない今は、たまあにしか仕事がない。
私は暇で仕方ないんだが、世の中的にはその方がずっといい
だろう。

私に決まったコスチュームってのはないんだけど、今日は工
員の格好をしている。訪問先のカプセルに合わせたってこと
ね。さて、と。

私はそのカプセルが住んでいる部屋に入り込み、帰宅を待っ
た。

「ふう……」

疲れた様子で、カプセルが仕事先から戻ってきた。
無人のはずの部屋に見知らぬ男がいるのを見たカプセルは、
大声を出した。

「誰だ、おまえは! 人の部屋に勝手に入りやがって!」

その怒りはごもっともだが、こっちも仕事なもんでねえ。申
し訳ない。

「ああ、お留守の間に上がらせてもらいました。すみません
ね。回収に来ました」

「回収だあ!?」

カプセルが、慌てて部屋を見回す。

「いや、違います。あなたに重複して入っちゃってるものを
引き上げに来たんです」

「&!%#*ー^$%〜#>¥:+?」

何が何やらって感じで絶句してる。

「ちなみに。私の姿が見えるのは、不良品のカプセルだけで
ねえ。もしあなたが誰かを呼んできても、私はそいつには見
えませんので」

「……」

「まあ、お座りください」

私に促されるまま、カプセルが床に腰を下ろしてあぐらをか
いた。

私には特に説明義務はないんだが、回収をスムーズに進める
ために若干の事情説明をすることにした。

「ボディアンドソウルってのをご存知ですか?」

「歌……か?」

「いえ、概念です。肉体と魂」

「あ、ああ」

「普通はね、一つのカプセルに一つの魂なんですよ。でも、
ごくまれにではあるんですが、不具合を抱えたまま出荷され
てしまうことがあるんです」

「俺がそうだっていうのか」

「そうです。あなたの意識の中では、もう一人の自分がいる
という実感はないはずです」

「ああ、そんなこと、感じたことも考えたこともねえ」

「でも、事実として、あなたに二つ分入っちゃってるんです」

「……。それは……まずいんか?」

「まずいですよ。秩序が狂う。あなただけでなく、カプセル
に封入されてるもう一つの魂もカプセルに収まりきらなくな
る。壊れてしまいます」

「なるほど。そっちは……なんとなく分かるな」

このカプセルは、努力しているにも関わらず人生がちっとも
うまく行かいないことに疲れているんだろう。
さもありなん。魂が二つあったんじゃ、無意識のうちに互い
の足を留めてしまうからな。

「あんたがダブってるのを回収してくれれば……少しはうま
く行くんかな」

ほら、やっぱり予想通りだ。

「それはあなたの努力次第だと思いますけど、今までよりは
確実に好転するはずです」

「はず……か」

「いえ、いい加減なことを言ってるわけじゃないんです。私
の仕事は過不足を解消させることだけですから、それ以外は
何も出来ないんですよ。あなたというカプセルが、正常な状
態に戻りますよと言えるだけ」

「うん、そっか」

目の前のカプセルが、腕組みをしてじっと考え込んだ。

「あのよ」

「はい?」

「ダブってるのがあるんだとすれば、入れもんだけってのも
あるってこと?」

「そうですね。あなたの重複を解消したあとで、そっちのケ
アに向かいます」

「ふうん……でもよ。魂を持たなくても、ボディだけで生き
られるもんなのか?」

「魂は、意識や意思みたいなものとは違いますから」

「そうなのか! 知らんかった……」

「心とか精神、意思ってのは作るもの、そして変化するもの
です。でも、魂ってのは最初から『ある』もの。不変不滅の
存在ですから、他では替えが効きません」

「うわあ……」

「ははは。ちょっと口が滑りました。まあ、回収が終わった
時には私を視認出来なくなりますし、私が何を言ったかも覚
えていないでしょう。もし覚えていたとしても、もう意味が
ありませんし」

「そうかー。ボディだけのやつってのは、全部回収しちまう
のか?」

「ケースバイケースですね。回収後の処理がものすごく面倒
なので……」

「ふうん」

さて、そろそろ……。

「それじゃ、回収させていただきますね」

「ああ」

ふっ。



sz2



飲んで帰ってきたってわけでもねえのに、昨日部屋に戻って
からの記憶が……ぷっつんだ。
でも、寝起きの気分はものすごく良かったんだ。

朝によええ俺にしては珍しく鼻歌混じりで出勤したら、早速
マツにいじられた。

「よう、サク。朝からご機嫌じゃん」

「まあな。なんかこう、すっきりしたっつーか」

「なんだなんだ、貯めるならゼニにしろや。クソなんざいく
ら溜めたって、いいこたあなんもねえぞ」

「おいおい、朝っぱらからその突っ込みかよう」

「ぎゃははははっ! それよか、事務の姉ちゃん、代わっ
たってよ」

「えー? スミちゃん、結局寿退社かー」

「まあな。工場長もアタマかてえし。不倫だなんだって中が
ばたつくのがイヤなんだろ」

「そっかあ……」

俺らが着替えて持ち場に出たら、庶務課長が新しい事務の子
を連れて挨拶回りに来た。

「炭田さんの後任で、今日から庶務に配属になった寺岡さん
だ。よろしく頼むな」

「……」

よろしくもへったくれもなかった。
一度も会ったことのねえその姉ちゃんを見た瞬間に、俺の涙
腺がぶっ壊れていた。
そして、その姉ちゃんも俺を見て、同じように泣き喘いでい
た。

「お、おい。おまえら……なんかあったのか?」

「なんも……ないっす」

「でも」

「ないっす」



sz3



一つのカプセルに二つの魂。
あってはいけない事態が起こってしまった時には、いろいろ
な不具合が発生する。

魂同士がなじまなかったり反発し合った場合はカプセルごと
壊れてしまうし、引き合った場合は現実との整合性が取れな
くなる。

あのカプセルの場合は、カプセルの興味が外に向いていたか
ら辛うじて並存が可能だったんだ。
でも、カプセルが現実に絶望した時点で互いしか見えなくな
り、二つの魂が溶融してカプセルに収まり切らなくなる。
タイミング的にぎりぎりだったな。

そして私は、あのカプセルから回収した魂を持ち帰らず、魂
を欠いてさまよっていた他のカプセルにそれを収めた。

二つの魂の再会。
それは運命でも偶然でもないんだよ。
もともと一つになろうとしていた魂は、今度こそ正常な形で
一つに溶け合おうとするだろう。

まあ、いいじゃないか。

まじめに仕事している私が一方的に死神呼ばわりされるの
は、本当に不本意なんだよ。
たまには、私にもこういうご利益がないとね。





Dreamin Dreamin by Capsule