《ショートショート 0832》


『光の形』


物に食われた残りが光の形になる。
すなわち、物に食われない限り光には形がない。

形を持たされた光は、全き存在から退いて不幸か?

さあ。
それは光に聞いてみなければ分からない。
そして、光が私の問いに答えることはないだろう。

決して……ないだろう。



itd1
(イタドリ)



「佐山先生、悔しいですね……」

最後のゼミを終えて、意気消沈したスタッフがぞろぞろとゼ
ミ室を出る中、准教授の樋口くんが最後まで残っていた私に
声をかけてくれた。

「まあな。今夜は潰れるまで飲むさ」

先行研究を入れれば10年以上営々と続けてきたプロジェク
ト。
それを、今年度限りで終了せざるをえなくなった。原因は、
研究資金が枯渇したから。

……表向きはね。実際は違う。

私が長年温めてきた認知症改善薬のアイデア。
最初は単なる思いつきでしかなかったものが、臨床に出せる
ところまで徐々に研究が進んで、もう少しで日の目を見そう
なレベルまで到達していた。

ただ……私はプロジェクトリーダーとしてはいささか慎重で、
地味すぎたんだろう。
もっとも大きなスポンサーだった製薬会社が、プロジェクト
の途中から海外の有名大学を共同研究者に引き入れ、いつの
間にかリーダーがそっちに付け替えられた。

地方の小さな医科大学の教授がどんなにオーソリティを主張
したところで、資金、人材、研究環境の整っている先進大学
には敵わない。

試行錯誤を続けていた頃の、私たちの初期業績は巧妙に過小
評価され、途中から入ってきた外様の連中が派手なアドバ
ルーンを上げるようになって、私は次期プロジェクトから外
されてしまった。

それを研究業績の剽窃だと騒ぎ立てることは容易いが、長く
プロジェクトに籍を置いてしまった私を見る世間の目は、泥
棒野郎どもを見る目以上に冷たいだろう。
ああ、なんだ、負け犬の遠吠えかってね。

認知症改善薬の開発者が、世間から忘れられる……か。
皮肉なもんだ。

プロジェクトから外れても、自発研究として続ける道は残さ
れている。だが私は、ライフワークにするつもりだったこの
研究を打ち切ることに決めた。

研究室のスタッフにそれを伝え、私はその責任を取る形で職
を辞すことにした。
定年までは何年か残っていたが、はっきり言って資金以上に
私の研究意欲が枯渇してしまった。そんなやる気のない教授
がてっぺんにいたんじゃ、スタッフを巻き添えにして沈没さ
せちまうからな。


           −=*=−


私以外誰もいなくなったゼミ室。
プロジェクターが、ただの陽光をスクリーンに投射している。

私は、その光の前に手のひらを差し出した。



itd2
(ワラビ)



光には。
真理というものには、もともと形がない。

私たちはそこに手を突っ込んで、光ってのがどんな形なのか
を確かめようとする。
手を突っ込んだところだけ光が欠け、それを見た私たちは光
に形があると錯覚してしまう。

そうさ。
真理を探求するっていうことは、同時に真理でないものを量
産するってことでもあるんだろう。

だが私たちは光ではないし、光にはなりえない。
決して……なりえない。

開いていた手のひらを握ると同時に。
ぷつっと音がして、プロジェクターの電源が切れた。

途絶えた光は。
私の形まで連れ去って、向こう側に行こうとしている。

「さて……退任の挨拶をしてくるか」





Run Through The Light by Yes