《ショートショート 0815》


『実り』


「今か、先か」

取るに足らない小さなもの。
でも、それは今すぐ手に取ることが出来る。
手にして……終わりになる。

切り花というのはそういうものだから。

先の実りを期待するのなら、今は手折らずにじっと見守らな
ければならない

手折るか見守るか。
どちらかの利益がはるかに大きければ、それは比べるまでも
ないんだろう。

だけど。
今利益を得ようとすれば僅かで、先の実りを待つとその間に
私が衰えるとしたら。
私はどちらを選べばいいの?

いずれにしても。
私が欲しいものを手に入れることは……出来ないんだ。

「今も、この先も」



wt1
(ヤブミョウガ)



「船、出たよ?」

「うん」

私は、妹に小さな声で返事をした。

フェリーと呼ぶには頼りない錆だらけの渡し舟は、海面に歪
んだ波紋だけを残してどんどん遠ざかっていく。

船の甲板に出ている人は誰もいない。
だから、私もただじっと見つめているだけ。

もたれていた鉄柵から体を起こして、ゆっくり周囲を見回
す。
今日は、私と妹以外に誰も見送り客はいなかったみたい。

ここは小さな波止場。
船で来た客は、船で帰る。それが当たり前。
そして、客でない私は船には乗らなかった。
島から出ることを真剣に考えたけど、結局残ることにした。

たぶん。
私の欲しい幸福は、この島にはない。
あの船に乗って去った旅人に付いていけば、私は一時の幸福
を手に入れることが出来ただろう。

でも、あの人は島にいる私だから興味を示しただけ。
もっと大きな町での快適な暮らしの中に私を置けば、小さな
私はすぐにくすんでしまう。

私があの人を手に入れようとしたように。
あの人も、島にいる私に安易に手を出した。

すぐに手に入る幸福は、手折れるほど小さい。
私も彼も、それには決して満足出来ないだろう。

そして、彼は私がいなくなっても何も変わらないけれど。
私は彼だけでなく、島を失ってしまうんだ。



wt2
(ナンテン)



私は、取るに足らない小さな花に過ぎない。
いつ咲いたとしてもね。

だから、私はここで実りを待つことにする。
それが、小さな花に見合うくらいのささやかな実りでしかな
くても。

船影が視界から消えて、私は海に背を向けた。
そして……小さな実りの入った自分のお腹を。

……そっと両手で押さえた。





As I Roved Out by June Tabor






 二日ほど家族旅行で不在にします。m(_"_)m