$いまじなりぃ*ふぁーむ-pp53



《まい_すぺーす》

[ラストシーン まい_すぺーす]


ふう……。
今日もバイトはきつかった。
せやけど、すっごい充実してた。

もうすぐバイトは終わりや。
わたしをこれまで支えてくれたバイトに感謝して。
これまでとは違った気持ちでバイトに向かえたから。

わけ分からん高校の時。
リョウとのことでぐちゃぐちゃになってたわたしを立て直し
たんはバイトやった。

厳しい店長にどやされどやされ、忍耐力と体力がきっちり鍛
えられた。
何があっても諦めへんで前へ進むガッツとタフネス。
それも、あそこでもらったと思う。

店長はスケベやったけど、なんだかんだ言ってもしっかりわ
たしをサポートしてくれはった。

わたしは。
ほんまに恵まれてるなあと思う。

わたしはシャワーを浴びてから、缶ビールを開けて口に含む。

「ふいーっ! うまあい」

いつもより豪華な賄い飯を食べながら、ノーパソを立ち上げる。

おとつい。
久しぶりに自分のブログを更新した。

わたしの中でこれまでのことを整理して。
きっちり制作に向かうために。


           -=*=-


この夏。
わたしの夏はもやもやから始まった。

就職、卒制、友達との関係、カレシのこと。

自分ではどうにもならへん苛立たしさが、わたしをヘコませ
てたと思う。

自分ではわたしの場所が見つからへん思てるのに、周りはど
んどんわたしを『わたしの場所』に追い込んで行く。
『わたしの場所』が勝手に作られて、わたしを閉じ込めてく。
……そんな感じやったな。

隙間は。
そんなわたしをほんの少しずらした。
めまいは余計やったけど。

ベルトコンベアーのように、規則正しくわたしを押し流して
いく時の流れ。
それをほんのちょっと狂わした。

それ自体には何の意味もあらへん。
せやけど、そうやってできた小さな渦にみんなを巻き込んだ。

アッコ。クリ。野崎センセ。しげのさん。そして……マギー。

それはみんなにどう影響したんやろ?
わたしはどう影響されたんやろ?
分からへん。

せやけどあそこがなくなるまでのわずかな間に、心がいっぱ
い揺れて、動いた。
それは……あそこがなくなった今でも、わたしの中に強く焼
き付いてる。

わたしは、自分の描いたイメージ図を前に腕組みする。

まい_すぺーす。
わたしの場所。

それもまた。
わたしの中で揺れ動き続けた。

作ろうとして。
それは在るもんや、作れるもんやあらへんて思って。
でも、出来てしまうって悩んで。
それを壊すためにあがいた。

今でもまだ、わたしの中でそれは定まってへん。
でも、それでええんやろうと思う。

わたしの場所。
それはわたし『だけ』の場所やない。
わたしがわたしを閉じ込めてそれを作ろうとすれば、そこに
はわたししか入らへん。
つまらん。

わたしの場所。
それは新しい『わたし』を創造する場所やと思う。
いつでも自由にいろんなもんと重ね、吸収し、吐き出し、畳
めるもんや。
せやから、それはこんなんやと決めつけることができひん。

クッキーの警告が重い。
『抽象から具象引っ張るのはしんどいで』

せやな。
その形を決められへんものに、形を与えなあかん。
それがわたしを縛るもんやないってことを、イメージさせな
あかん。

クリやマギーの突っ込みもそこに集中した。
どうやってそれを見せるんやって。

悩んだ。
いっぱい悩んだ。

わたしの出した結論。
それが破壊と創造やった。
自他が固めてしまった自分の形を壊して、新しい自分を創る。
それを諦めずに繰り返すこと。

古い自分や外からわたしを縛ろうとするものを枠で象徴させ、
それを破って飛び立とうとする鳥を、自己創造のシンボルに
する。

鳥は解放とか非束縛をイメージさせてくれる。
マグリット。ダリ。エルンスト。ルソー。
わたしにたくさんの示唆を与えてくれた先人からの、インス
ピレーション。

せやけど、鳥かて必ず羽を休める場所が要る。
しかも、そこに留まって楽してしまえば翼をなくす。
そこを飛び立つ勇気。いつも新しい自分をこさえる勇気。
それがなければ、鳥であり続けることはできひん。

そして。
飛ぶ鳥の悲しさは孤独や。
飛んでる間は独りで羽ばたかなあかん。
誰にも助けてもらえへん。

せやから、飛ぶ目的が分かるようにしたい。
それは現実から逃げるためやない。
わたしと世界を繋げるためや。

創造された自分が多くの人と繋がるように。
それらの人たちが、自分に羽を休める場所と再び飛び出す勇
気を与えてくれるように。
そして、自分がたくさんの人たちに夢を届けられるように。

そうやって。
わたしの場所は無限に広がってるって、いつでも思えるように。

まだまだ全然煮詰まってへん。
せやけど、これが今のわたしの精いっぱいや。

わたしは。
描き上げたイメージ図を。

……ブログにアップした。


           -=*=-


自分のブログを見る前に、しげのさんのブログを見に行く。
最近それがわたしの日課になってる。

しげのさんのそっけないブログは、きちんと体裁が整えられ
てプロフも埋まった。

トップページに掲載された写真。
カラフルなオブジェに囲まれて、センセと二人で肩を並べて
笑ってる写真。
わたしはそれが見たくて、毎日そこを訪ねる。

不思議やなあと思う。
センセとずれてしまった八年間。
先にトシを取ったしげのさんの方が、なぜかセンセよりも
ずーっと若く見える。

まるで20代の頃に戻ったみたいや。
恋がオンナをきれいにするっていう意味がよく分かる。

そして、センセは逆にぐっと貫禄が出たように見える。
もう何があってん絶対俺がなんとかするさかい、任しとき!
そういう自信と責任感。

もう二人は何があってん、二人で力を合わせて自分たちの場
所を創っていけるんやろう。
それを確信させてくれる。

ああ。
わたしも、こんなんなれたらなあと。
溜息が出る……。


           -=*=-


さて。

自分のブログを開く。

しげのさんはアドレス知ってるから、なんかコメくれてるか
もしれへんなー。

わたしはイメージ図をアップする時に、短い文章を付けた。


  『まい_すぺーす。わたしの場所

  そこは、在って、ない場所

  こさえると、消える場所

  入れるけど、出るのがしんどい場所

  そして独りやなく、誰かといられる場所

  場所は、わたしが創る

  いつでも

  わたしが、わたしである限り』



コンペの時には、説明文は付けたない。
作品そのものが訴えるようにしたい。
まだ素案だからできることやね。

「さあてと……」

コメ欄を見る。
目が点になる。

「なんやて?!」

コメ100やと?!
いたずらかぁ?!

ったあ……。
どっかのアダルト業者のサーチにヒットしてもうたかなー。
アダルトだだ漏れやと、この後がしんどい。
はあ……かなん。

がっくり来ながら、コメ欄を開ける。

「えっ?!」

そこには。
たっくさんのコメがずらーっと並んでいた。
みんな、それぞれオリジナルの。
きちんとしたコメ。

励ましがあり、批評があり、感想があり……。

わたしは、それを順番に見て行く。
すご……。

しげのさんや野崎センセ、クッキーがコメくれるのはまだ分
かるけど、他の子からもコメが付いとる。
造形科だけやない。CG科や設計科、音響科の子まで。
クッキーが、みんなに見れゆうてくれたんかな。

それに、中村さんや棚倉さんとこのみんな。
プロらしい、しっかりした助言が付いてる。
野崎センセやしげのさんが知らしてくれたんかしらん。

ええっ?! 店長までぇ?!
こ、これはどこのルートやろ? ぶ、不気味や。

コメ見ているうちに、じわじわじわっと涙があふれて来た。
嬉しくて。
どこまでも嬉しくて。

そうやな。
これが……見せるゆうことか。
棚倉さんが言ったこと。
見られるんやない、見せなあかん。

自分の創ったもんを見せる。
これがわたしやって胸張って見せる。
それで初めてつながっていく。

こうやって……つながっていく。

わたしの場所が。
みんなに。
つながっていく。

コメ欄の最後に目が留まる。
いっちゃん最後にコメ付けとったんはマギーやった。
あいつ制作室に籠っとったから、アクセスが遅れたんやろ。


  『でんでん。
  ごっついな。俺もぐずぐずしてられへん。
  おまえが飛ぶんやったら、俺も目いっぱい追っ掛けん
  と間に合わん。ほならな』



うん。せやね。
もうすぐ離陸なんよね。
わたしらはよたよたしながら、それでも自分の翼で必死に羽
ばたくしかあらへん。

カレシカノジョで甘ったるいこと考える前に。
お互い本気でど突き合えるように、きっちり自分の足元固めて。

……お楽しみはそれからやね。


           -=*=-


ものごっつ嬉しかったけど。
とっても全部に返コメなんてできひん。
わたしはコメ欄の最後に、気合いを入れてまとめの返コメを
書いた。


  『みんな、おおきにーーーーーっ!!!
  でんでん、こないにいっぱいど突いてもろて、もう
  ぼっこぼこですわ。(wwwwww

  せやけど、このまんま行ったらわたしらしない。
  コンペに出すまでに、こいつをどこまで化けさせら
  れるか。

  なんや、あれがこないにごっつくなりよったんかっ
  て、そう思ってもらえるように。
  全力でがんばりまっす!


     応援よろしくぅ!(^O^)ノシ   』




        *** fin ***






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