$いまじなりぃ*ふぁーむ-pp41



《まい_すぺーす》

[シーン41 接点]


「さて。今の段階やとこんなもんやな。それぞれ自分の計画
をも一度見直して、だいたいでええからスケジュール組んで
持って来い」

「就職固めたやつはええが、そうでないやつは就活と並行や。
きつくなるから、余裕かましてへんでさくさく進めろよ」

先生は椅子から立ち上がろうとして、またぽんと腰を下ろした。

「せや、でんでん。おまえこの前来た時に、色彩関係、朽木
さん以外のアドバイザ見つけた言いよったやろ。誰や?」

あ、そうそう。
この前はクリが乱入してきたから、言えへんかったんよね。

「えーと。クリの就職先で事務やってた女の人なんですけど。
今度そこ退職してペイントアートの工房始められるそうなん
で、色使い教えて欲しいってお願いしたらおっけー出ました」

「はっはっは。さすがでんでん、飛び込みかあ。ガッツある
よなあ」

「へへへ」

「なんちゅう人や?」

「杉谷さんです」

センセが顔をしかめた。

「あれ? どしたんすか?」

「さっき言うた俺の彼女と同じ姓や。なんか、いややなー」

むぅ。

「でも、センセよりはだいぶ年上ですよ。あらふぉですから」

「そうか。名前の方はなんちゅうねん」

「しげのさん、です」

飛び上がるように椅子から立ち上がったセンセが、わたしの
胸ぐらを掴んで揺すぶった。

「なんやて?! もっぺん言ってみ?!」

ひ、ひぃ。

「せ、せんせ、手ぇ放してくださいー」

「あ、す、すまん」

「杉谷しげのさんですけど」

「どんな字ぃ書く?!」

「え、えと……」

わたしはバッグの中からしげのさんの名刺を出した。
漢字で書いてある方。

わたしの手からひったくるようにようにして名刺を取り上げ
た先生が、呆然とそれを見てる。

「シゲや。シゲやないか。なんで……」

「なんで俺に居場所知らしてくれへんかってん。は、薄情や
がな……」

見る見るうちに、くたくたに萎れていくセンセ。

でもわたしには、そんなセンセの様子を気遣う余裕はこれっ
ぽっちもなかった。ものっすごいショックを受けてた。
ばらばらやと思ってたピースが、こない形でつながるなんて。

「つながった。つながったんか……。なんてこと。なんてこ
となんやろ。信じられへん……」

クリが不思議そうな顔をする。

「なんのこと?」

……。

わたしは隠すのは嫌いや。秘密を持つのは嫌いや。
自分の心を見せへんようにして、それで潰れてしまいそうに
なるのはイヤや。
今まで、何でもオープンにしてきたやないか。

わたしが抱えていたもやもや。
就職のことや、卒制のこと。
見通しがつかない自分の将来のこと。

もがいて。
もがいて、もがいて。
センセや友達にも助けてもらって。
やっとそれが晴れてきたとこや。

でも、最後のもやもや。
あの隙間に関わってしまったこと。それとしげのさんの謎。
それらだけが、どうしてもわたしの中で濁って、どろどろ
になって、へばりついててどうしても取れへん。
それが気持ち悪ぅて、わたしの意欲の邪魔をする。

イヤや。
そんなん抱えて、中途半端に制作に向き合いたない。

わたしは。
明日自分のもやもやをどうしても晴らしたかった。
カギを握ってるのはしげのさんや。
だから、どうしてもしげのさんの口からあの謎のことを聞
き出したかった。

「センセ、みんな」

センセが、ショックを隠し切れへん青ざめた顔を上げる。
クリはきょとんとしてる。
アッコやマギーもわけ分からんて表情や。

「わたしね。ちょっと変なことに絡んでしまったんよ。でも、
ここでそれ説明してん、たぶんアホちゃうかって言われるだ
けやと思う。でもね……」

わたしは、アッコとセンセを指差す。

「アッコもセンセも、もうすでにそれに絡んでるの。クリも
わたしの異変は知ってると思う」

三人が、顔を見合わせる。

「センセもアッコもわたしも。最近調子悪なったこと、ある
でしょ。センセは救急車で病院行きになってもた。アッコは
酔っぱのせいやと思ってたかもしれへんけど、あのぐでんぐ
でんの翌日は二日酔いどころやなくて、むっちゃしんどかっ
たはずや」

アッコが思い出したような顔。

「あ! そうだ! 二日酔いと違って、すっごいめまいが……」

「せやろ? センセもせやったでしょ?」

「尋常じゃなかったな。死ぬかと思ったで」

「わたしもそうなの。そして、そうなった共通のきっかけが
リプリーズのすぐ近くに……あるの」

センセとアッコはなんとなく感づいたと思う。

「それだけやったら、しょうもない怪談で終わりやったんや
けど、それにしげのさんが絡んでしもたんよ」

クリが聞き返す。

「えと。どんな風に?」

「……」

わたしは。
それには答えなかった。

しげのさんから真実を聞き出すこと。
それに合わせて自分に起きた出来事もオープンにして、心を
整理しよう。だから、それまでは事態をこじらせたない。
今手の内は明かしたないねん。

「センセ。わたしね。明日色使いのことでしげのさんにレク
チャー受けよう思って、午前中にアポ取ってます。センセも
行かれませんか?」

「……そやな」

「クリもアッコも。マギーもよければ会ってみぃひん? わ
たしは、そこで全部オープンにしたい。えげつないヒミツを
抱え込んどくのはイヤや。アッコやクリなら、わたしの気持
ち、分かるやろ?」

二人が顔を見合わせてうなずいた。
わたしがあけっぴろげなキャラや言うことは、充分分かって
るはずやもん。

明日。
しげのさんの口からどんなことが語られても。
わたしのもやもやは消えると思う。

もししげのさんが何も話せへんゆうたら、わたしはそれで諦
めるつもりやった。
しげのさんの暮らしや想いを傷つける権利は、わたしにはな
いから。

せやけど、野崎センセが絡んでもた。
野崎センセは、わたし以上に抱え込んでるものが重ったるく
て、ごっつしんどいんやと思う。
わたしはセンセから棚倉さんゆうチャンスをもらった。
せやから、どうしても恩返ししたいねん。

しげのさんがリプリーズを知ってたこと。
そして、しげのさんのコメの時間のズレ。
たぶん……。

あの隙間でわたしが体験したんと同じことが。
しげのさんにも関わっているんやと思う。

だから明日しげのさんとこ行ったら、まずわたしがこれまで
のことを整理して話そう。
せやったら、しげのさんが話しやすなると思う。

「それは……明日」

センセが、思い詰めた顔でわたしに聞いた。

「でんでん。しげのんちはどこや? 市内か?」

「いえ、かなり田舎やと思います。電車は本数が少ないん
で、明日は6時には部屋を出ようと……」

「住所見せてくれ」

センセが先走って行ってしまわないか。
わたしはそれが心配やった。
その気配を察したのか、センセが手を横に振った。

「俺が抜け駆けして電話したり会いに行って、もし別人やっ
たら大騒ぎや。心配せんでもいい」

そやね。

あのカラフルな名刺を見せる。
食い入るように、それに見入るセンセ。

それから、ほっと一つ溜息をついてわたしたちに言った。

「俺が車を出す。行くやつは8時に専門の入り口で待っとっ
てくれ」





I Have The Touch by Heather Nova