《第十四話 まほうのこいん》

(2)



「みゆー、ばいばーい。また明日ねー」

「あずさ、ばいちゃー」

バス停であずさと分かれて、しょんぼりうちに帰る。

今日は、あのコインのいたずらだけ。
ずいぶんかわいらしくなったねい。

いや、それはいいんだけどさ。
結局遠野さんには連絡できんかったし。
あ、そうだ。
忘れてた。

わたしは、カバンから携帯を出して電源を入れた。
んで、メールを確かめようとして、ぶっこけた。

どてっ!

「ちょ、なによこれーーーーーーーーーーーーーっ!」

同じ電話番号のところから、すっさまじい数の着信履歴。
前は男の子からのメールだったけど、今度は直電だ。
その番号に、見覚えがあった。

「これ……遠野さんのだ」

わたしのかけたのはキョヒったくせに、なんなの?
キブン悪ぃなあ。

でも……。
わたしは歩きながら考える。

気になることがある。

わたしは、中村さんから遠野さんの携帯の番号を聞いて、
ガッコの公衆電話からかけた。
それは、ふつー公衆電話からの着信って出る。
わたしの携帯もそーだもん。

だから、向こうからはわたしにかけ直せない。
中村さんはわたしの携帯の番号を知ってるけど、わたし
に断りなしで、遠野さんにそれを教えるとは思えない。

だいたいさあ。
わたしの着信をキョヒった遠野さんが、中村さんにわた
しの携帯の番号を聞く?

そんなんおかしい。

それよりなにより。
電源切ってある携帯に、なんで着信履歴が残るの?

前に男の子がわたしの携帯にアクセスしたみたいに。
今度は、誰かが遠野さんの携帯を操ってる。
わたしがあのコインでかけた電話。
それを通じて、誰かがわたしと遠野さんの携帯をい
じってる。

わたしは……直感でそう思った。

しっぽの狙い。
それは、遠野さんにわたしと話させるってことじゃない。
それだったら、こんなにかけ続けさせる必要ないもん。

わたし以外にはかからない電話。
遠野さんは、すっごく困ってるはず。
仕事にしても、プライベートにしても、リダイヤルで
ずーーーっとわたしにかけ続けてたんじゃ、使いたくて
も使えない。メールの返事すら出来ないかも。

しっぽは、遠野さんが携帯使うのをじゃましてるんじゃ
ないかなー?
つまりぃ、わたしじゃなくて遠野さんにいたずらしてる。

それが……気になる。

そして。
もう一つ、気になること。

いたずらが、急にしぼんできてる。

おとつい時間を止める大技を出したあと。
昨日はドアだけ。
今日はコインだけ。
しみったれ。

どうして?
わたしがメールで、止めてよって文句言ったから?

おかしい。
なんかおかしい。

わたしは、背中がざわざわしだした。

「ただいまー」

考え込んだままカギを開けて家に入ったわたしを、兄貴
と中村さんが並んで待ってた。

「あ、みゆちゃん、お帰り、待ってたの」

「え?」

「遠野さんに電話した?」

「うん、昼に。でも、即切りされたんですけど……」

「あ、それでか。先輩からわたしに電話がかかってきて。
みゆちゃんに、謝っといてくれって。なんかすごい慌て
てる感じだったけど」

分からん。
ちーともわけが分からん。
でも……。

「中村さん、それ、携帯からでした?」

「いや、公衆電話だったみたい。うっかりして携帯持っ
てくの忘れたのかなあ」

中村さん、ないすぼけ。
携帯のを即切りしてんのに、携帯忘れてるわけないじゃ
んか。
兄貴も笑いをこらえてる。げはは。

つーことわ。
遠野さんの携帯は、しっぽに乗っ取られたままだにゃ。
しっぽも、なんでそんなことしてるんだか。

「あ、そーだ。中村さん、落ち着きました?」

「うん。みゆちゃん、ありがとー」

兄貴の隣で、わたしのパジャマ着て微笑んでる姿が。
ちょっと切ない。

でも、ほっとする。
兄貴との距離も、これでぐっと近くなったんじゃない
かなーって。

「じゃあ、わたし着替えてきます」

部屋で着替えて。
携帯を開こうとしたら、いきなり着メロが鳴り出した。
遠野さんだな、きっと。

「はい、石田ですけど」

「あああーーっ!! やあっとつながったーーーっ!」

なんか、絶叫してる。

「すみません、もしかして石田未由さんですか?」

「あ、はい」

「ふう、やっぱりそうなんだ」

やっぱり?
どゆこと?

「お昼はごめんなさい。お電話いただいたんですけど、
弟の容態が急に変わったので、動転してて」

どっきーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!

心臓が……止まるかと……思った。

ようだい?

いや、その前に聞かなきゃ。

「あの、弟さんて言うのは、もしかして真人さん……で
すか?」

「え? なんでご存じなんですか?」

そうか。この人は、最初に彼がわたしにメールを投げて
来たことを知らないんだ。

でもその話をする前に、急いで確かめとかないとならな
いことがある。

「ええとですね。遠野さんが落としたしっぽのストラッ
プ。遠野さんは、そのいたずらでメイワクしてませんで
した?」

「……」

しばらく。
向こうで、じっと何かを考え込んでる雰囲気があった。

それから。
小さな吐息といっしょに。
確かな事実が。

わたしに告げられた。

「そうか。あなたが拾ったのね。どこで落としたかなー
と思ってたんだけど。あなたも真人のいたずらに巻き込
まれたのね」

あなたも、か。やっぱりかー……。
でも遠野さんは『しっぽ』じゃなくって、『真人』って
言った。
わたしの知らないしっぽのことを知ってる。

「じゃあ、これもそうだってことか……」

「これって、なんですか?」

「わたしが自分の携帯でどこへかけても、みんな決まっ
た番号のところにかかってしまうの」

「しかもそこにはつながらない。それがあなたの携帯の
番号だったのね」

つながんないのは、とーぜん。
わたしはガッコにいる間は、ずっと電源を切ってるから。
メールと違って、電話じゃ着信履歴以外のものが残んな
いもんね。

でも、あの山のような着信履歴は、遠野さん自身がかけ
たもんじゃないと思う。あまりに多過ぎ。

しっぽいこーるマサトだとすれば、マサトがやったって
こと?
じゃあ、なぜマサト自身がわたしにかけてこないの?
わけが……分かんない。

黙り込んでるわたしが、怒ってると思ったんだろか。
遠野さんのテンションが、めっちゃ下がった。

「あの……気持ち悪いでしょ? 本当にごめんなさい。
止めさせたいだけど、わたしにはどうにもならないの」

「ええと。どうしてですか?」

遠野さんの答え。
わたしは予想してた。
そして、それが外れてくれればいいと。

本当に。
ほんとーーーーーに。
そう願ってた。

でも……。

『容態が』

うん。
たぶん、マサトは病院にいるんだろう。

だから、遠野さんの答えは……。


     「真人ね、意識がないの」


        -=*=-


わたしは。
椅子に座って、ぼんやりとコインをいじってる。

今日、マサトは本当に危なかったらしい。
お姉さんは、両親を呼ぶのに携帯を使おうとして、出
ないわたしの携帯にしかかからないことにイライラし
てた。

だから、わたしの電話はぶっちされたんだ。

お医者さんの必死の治療のかいがあって。
マサトはぎりぎりで踏みとどまった。
危ない状態だってことは変わらないけど、小康状態に
なったって。

遠野さんには、お仕事が休みの金曜日にお見舞いさせて
もらうことにした。

……。

このコイン。
コインがつないだ電話。
それから話せたこと、話せなかったこと。

これは。
魔法のコインだろうか?

ううん、違う。
これはマサトのSOS。
助けてくれっていう、必死のお願い。

僕とのつながりを切らないで!
僕は何回でも戻ってくるから、だから!
お願い! 切らないで! 離さないで!

急に弱くなった、いたずらの力。
そして、このままならいたずらは消えてなくなるのかも
しれない。
それが意味すること……。

わたしは、コインをぎゅっと握る。
お姉さんの話を聞こう。

いたずらに関わるいっぱいのなぞ。
田丸さんがアドバイスしてくれたみたいに、それを解く
カギを持ってる人は、わたしの前にまだ現れてなかった。

でも、中村さんの記憶の扉が開いて。
メールの男の子とつながって。
わたしはマサトにたどりついた。

それが何を意味するのか。
わたしには……まだ分かんない。

だから。
今日はもう寝よう。

そのコインを握ったまま。
わたしは、ふとんにもぐりこんだ。


「お休み、マサト。がんばるんだよ」





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