《第十話 おおあめけいほう》

(3)



2時間目が終わりそう。
今なら3時間目には間に合うけど、ここまで関わったん
だから最後まで付き合おう。

「と、まあ。上の方はあずさに任せるにしても」

「は?」

きょとんとした顔の南雲さん。

「えび女王への落とし前はちゃんと付けとかないと、状
況は変わんないと思う」

ビーバーのクエスチョン。

「石田さん、落とし前って、どういうこと?」

「せんせー、抵抗しない相手をいじめるって、いっちゃ
ん楽なんですよ。やられたら、やり返す。そしたら、向
こうもそうそう手を出せなくなる」

「でも……」

南雲さんの気持ちは、よーーーっく分かる。
たぶん、女の子たちからはずーっとハズされてきたんだ
ろうから。

「そういうょゎょゎのところは、男子からは同情を集め
るけど、女子にはぶりっ子に取られちゃうの。悪循環で
しょ?」

「……」

「言わないと。押し返さないと。南雲さんの中身は分か
んないよ? わたしもこの前トモダチにそう言われたの。
ちゃんと自分出せって。あんたはおもしろいんだからって」

ビーバーが笑った。

「あらあ。石田さんも、ずいぶんタフになってきたわねえ」

「ええー? わたしは元々タフですよう」

「こら。自分をごまかしちゃダメよ」

ちぇー。
さすがビーバーだなー。

南雲さんが、顔を伏せたままで小声で聞いた。

「あの……どうやって?」

「ああ、今日は強い味方がいるから、しっかり使いまそ」

「味方……って?」

「さっきの雨雲」

ずどん!

ビーバーと南雲さんがこける。

「南雲さんが泣けば、その上から大雨が降るよね。その
土砂降りを相手よりも長く我慢できれば、腕力なくても
勝てますよん」

「へえ。なるほどねえ」

ビーバーがくすくす笑った。

「確かに、石田さんはおもしろいわー」

せんせ。
ほめられてる気がしましぇーん。


        -=*=-


2時間目が終わって。
スカートの代わりにジャージを履いた南雲さんが、教室
に戻った。

わたしは自分の教室には戻らないで、廊下にヤモリみた
いに貼り付いて、こそーりと様子を伺った。

「あらー、南雲さん、スカートどーしたのー?」

えび女王、さっそく絡む。
南雲さん、いつもはずーっと嫌みを聞き流して我慢して
るんだろう。

でも、さっきわたしに言われたことを、勇気を出して切
り出した。

「海老島さん、わたしに嫌がらせするのはもう止めてっ!
あなただって、こんなことされたら嫌でしょ?!」

切り裂かれたスカートを、女王様の顔に投げつけた。

む。
いいぞー。

「わたしがやったっていう証拠がどこにあんのー?」

さすが女王様。
抜かりはない。
でもねい。今回はいつもと違うのよー。

ビーバーが、切り札で南雲さんにわたした証拠写真。
学校側は、一応裏を取って注意していたわけだわさ。
南雲さんは、それを女王様の顔の前に突きつけた。

「これでも、やってないって言うの?」

顔色が変わる女王様。
でも、言い逃れようとする。

「そんなん、どうにでも合成できるでしょー。陰湿ねー」

どっちが。

「とにかく、止めてっ!」

それ以上は突っ込まずに、南雲さんが席に戻ろうとした。
足を引っかけようとした取り巻きの足。
いつもなら避けて歩くんだろう。
でも、南雲さんはそれを踏んづけた。

ぐしっ!

戦闘開始。

うん。南雲さん。
ちゃんと覚悟したんだね。
すごいよ。

踏まれた子がいきり立つ。

「なにすんのよー!」

「いつもわたしにしてることでしょ? なんで怒るの?」

反撃を食らったことのなかった女王様が、ぷっつんした。

「クソあまぁっ! 下手に出てりゃいい気になりやがっ
てぇっ!」

南雲さんに向かって突進する。

お行儀指導のセンセ。
ちゃあんと、ああいう方を指導して差し上げないと、お
給料もらえませんことよ。おほほのほ。

よっしゃ、発動っ!

南雲さんが、抑えてた感情を爆発させて泣く。

「あんたなんかに、わたしの何が分かるっていうのよーっ!」

来たっ、来たああっ、来たあああああああああっ!!!!

どっぱああああああああああああああああああああっ!!

これまでの降り方とはケタが違います。
長期熟成してますね。たっぷり年季が入ってますね。
気象台観測史上、さいっこーの降り方でしょー。
いじょー、ゲンバからみゆがお送りいたしましたぁ!

いきなり自分を襲った激しいスコール。
それにもびっくりしたんだろうけど、10センチ先が見
えないようなとんでもない土砂降りの中、顔を伏せずに
自分をぎっとにらみ続けるその姿に。

女王様は、敗北を認めざるを得なかった。
だらしなく、ばたばたと四つん這いで離れていく。

勝負ありましたねい。


        -=*=-


お隣の教室は。
何があったのか分かんないくらいの水浸し。
膝下まで水位が上がったみたいだから。

うっひゃあ、って感じだけど。

わたしは、これで流れが変わるだろうなあと思った。
勝手に作られた南雲さんのイメージ。
それは、あの大雨で崩れたと思う。

そして。それで無くすものよりは、雨上がりのまぶしい
日差しの下で見えるものの方がずっと多いと。

わたしは、そう思うよ。

ねえ、南雲さん。





A Hard Rain's Gonna Fall by Edie Brickell