《第十話 おおあめけいほう》

(1)



ぴーかん。
ガラス拭きが終わったでっかい窓みたいに。
ぺきっとした青空がぐいーーーんと広がってる。

今日は、いっちゃん最初っから体育だん。
しかも。

しかもだよ。

男子は体育館なのに、女子はグラウンドだってさ。
どーいうことよ!

まあ、霜柱が立つほど寒くはないし、今日は天気もいい
から、そこそこぽかぽかしてるし。

しょーがない。
勘弁してやる!

……とか、えらそーに言ってみる。
にゃはは。

体育は2クラス合同でやるから、昨日の美術で顔を合わ
せてる子たちとも一緒になる。

美術室で騒ぎ起こしたわけじゃないから、わたしはあれ
だけど、南雲さんはしんどいだろなあ。

……と思って、そっちを見ると。
やっぱ元気がない。

二人一組での柔軟体操でも、南雲さんの相手はいない。
でもそれは、昨日のこととは別の理由のような気がする。
女の子は、嫉妬が絡むとおっかないからにゃあ。

南雲さんがどんな性格の人だったとしても、男の子なら
最初から50%アップ、女の子からは50%ダウンの査
定でしょ。

まあ、どっちからもダウン査定しか出ないわたしよりゃ、
ましかもしんないけどさ。

手加減しないわたしを嫌がって、あずさがさっさといい
んちょと組んだ。
くぅ、きゃつもツメタいのぉ。

体育はクラスはあんまかんけーないので、南雲さんに肥
え掛ける。
あ、もといっ、声掛ける。

「南雲さん、組もうよ」

いきなりわたしから声が掛かって、びっくりした風の南
雲さん。
でも、うれしそうな返事が返ってきた。

「あ、ありがとー」

「でも、わたし荒っぽいから、そりは勘弁ね」

「ひえー」

わたしの運動神経は、もともとよろしくない。
特に、球技系がぼんぼろりんじゃ。

でも、今日は走る、跳ぶ系なので、まだなんとか。
運動不足でひーふー言うだけ。
前にビーバーのあとを追っかけさせられた時は、しんど
かったよなあ。
心臓爆発するかと思ったもん。

400メートルを軽く流して、その後走り幅跳びの記録
を取ることになった。

腹が重いわたしは、人間が跳ぶというより、ウシガエル
が跳ぶっていう感じになんの。

でも、腹の重心をうまく軌道に乗せれば、それなりに跳
ぶのよー。
……って自分で言ってて泣きたくなってきたわん。

あんま助走で勢い付け過ぎると、跳ぶ前にこけて潰れる
し。かなぴー。

まあ、それでも2メートル台の記録。
わたしには上出来。

お、南雲さんが跳ぶ。
顔だけでなくてプロポーションもいいから、結構いい記
録出るんちゃうかなー。
そう思ったわたしの予想は、きれいさっぱり裏切られた。

助走のスピードがとろっとろで、助走になってないしぃ。
じぇんじぇん踏み切りのタイミングが合ってないしぃ。
えいっていう掛け声はいいんだけど、両足揃えて跳ぶの
はないでしょ。
それは立ち幅跳びっしょ?

記録。1メートルに届かにゃい。
アマガエルでも、それよか跳ぶぞ。

むーん、見事な運痴だにゃあ。
変な話だけど、わたしはなーんとなく安心する。
天は、そうそう二ブツも三ブツも与えないってことだよね。
あっはっは。一ブツもないわたしの言うこっちゃないけ
んどさ。

昨日のアレじゃないけど、はめられちゃったイメージで
振り回されると、こういうんももしかしたらツラいのか
もなあ。
わたしは、大変だろなーと逆に同情しちゃったりする。

「みゆー、おつー」

「あずさぁ、ごるあ、逃げよったなあ!」

「だってえ、みゆってば、柔軟の時に手加減しないんだ
もん」

「ちっ。あずさもちったぁ肉付けんと。いつまでも二次
元のままじゃあ、風で飛ばされっぞ」

「にゃにおう?」

更衣室で着替えながら、あずさと突っ込み合う。

「ほほん、今日はキャラパン?」

「つーか、基本キャラパン。昨日はたまったま清楚な白
でよござんした」

「ぐへえ」

「にしてもなあ、昨日はヤバかったよなー」

「うに。変だなあーとは思ったけどさ」

「でしょ? みょーににやけてなかった?」

「それは、いっつも」

「ごるあ!」

着替え終わって出ようとした時に、更衣室に南雲さんだ
けがぽつんと残ってることに気が付いた。

「あれえ、南雲さん、どしたー?」

あずさがすぐに気付いた。

「ひっどいことするなー」

「え?」

あずさが指差したのは、南雲さんが手にしてたスカート。
それは、カッターかなんかで、ざっくりと切り裂かれて
いた。

「うげ! ちょっとぉ、なんぼなんでもこれは……」

それをじっと見ていたあずさが、わたしに言った。

「みゆー、ちょっと付いててあげて。わたし、先生に
言ってくる」

「あ……」

止めようとした南雲さんを残して、あずさがさっと更衣
室を出て行った。

むーん。
気まずい。

「ねえ。南雲さん。こんなんいっつもなの?」

黙ってうつむいてた南雲さんが、ゆっくりうなずいた。
ぼろぼろ涙をこぼして。

「あれえ?」

泣き出した南雲さんの涙に合わせるように、すごい雨が
降り出した。

ちょ、さっきまで雨雲なんかどっこにもなかったぞー?
どゆこったあ?

そこに。
めっちゃ変な表情のビーバーとあずさが来た。

「なに、これ?」

「へ?」

「この更衣室の上だけ、すんごい雨なの。5メートル四
方だけだよ。真四角に降ってる」

「わたしに理由が分かるわけないじゃん。律儀で、し
みったれた雨降らしの神様でもいるんちゃうの?」

「どーいう神様よ!」

ビーバーが、やれやれって表情で南雲さんに声を掛けた。

「南雲さん、とりあえず保健室に移動しましょ」

ぐすぐす泣いてる南雲さんを取り囲むようにして、四人
で保健室に移動した。
付いてくる雨雲。

「やーな雲だなあ。こっちに付いてきたよ」

「まあ、校内までは入れないからいいんちゃうの」

能天気なあずさ。

「そっかなあ……」

わたしの直感、嫌な予感は、よーく当たる。
テストのヤマとか懸賞とかは、ちぃとも当たんないのにさ。
ぶちぶち。





Summer Song by Matt Bianco