《第八話 がんこなごみばこ》

(2)



わたしと西野さんとで、のびちゃったいいんちょを保健
室に連れってってから。
もう一度実験する。

西野さんが、ノートの切れ端を持って来た。
それをゴミ箱に放り込む。
でも、それはゴミ箱の中には入ってない。

もう西野さんの机の上にある。

わたしは。
自分のパンのビニール袋がお化けではなかったというの
が分かって、ほっとした。
で、それを他のゴミ箱に捨てに行った。

何も起こらない。

西野さんがゴミ箱を指差して言った。

「つーまーりー」

「うん」

「このゴミ箱がおかすぃ」

「んだんだ」

わたしは、西野さんと顔を見合わせた。

聞こう。

「ねえ、西野さん、どうする? みんなに言う?」

腕組みして、がっちりゴミ箱をにらんでいた西野さんが
宣言する。

「黙ってよう」

「どして?」

「昨日みたいな騒ぎになるのはイヤだ」

もっともだ。

「そだね。まあ、単なるゴミ箱だし。でも、誰かがあそ
こにゴミ入れたら、それ戻っちゃうからすぐばれるよね
え」

「む!」

西野さんが、青筋立ててゴミ箱をにらみつける。
ぷしーっとか言って、血管切れるんちゃう?
こわ。

「よし!」

なにかすっごい決心した感じで、西野さんがそのゴミ箱
を持ち上げた。

「どうすんの?」

「隣の視聴覚室のと取り替える!」

「おおーっ! なるほどっ!」

「ふふふっ!」

西野さんが、どだって感じで勝ち誇る。
ゴミ箱に言い渡す西野さん。

「おまいのわがままもそこまでじゃ。さばらっ!」

びゅん。

うん、知らんかったけど。
西野さんのキャラ。
けっこう濃ゆくて、おもろい。

今までは、怒りっぽいとげとげした人って印象だったの
にね。

西野さんが、ゆうゆうと空のゴミ箱を持ってきて、それ
を定位置に戻した。

「一件落着ぅ」

「おつ!」

「おぬしもな」

「はははっ」

うん。
なーんかいい感じ。


        -=*=-


1時間目が終わって、ひっくり返っちゃったいいんちょ
を見舞いに行こうとした。
視聴覚室のと取り替えたゴミ箱が目に入る。

「なにいっ!?」

それは……いつの間にか、また元のゴミ箱に戻っていた。
入ってるゴミの量も変わんない。

わたしが呆然とそれを見てたら、西野さんが走り寄って
くる。

「ちょ、もしかして……」

「うん。戻ってる」

「ぐぎぎっ……」

西野さんのアタマの中には、もうこのゴミ箱が気味悪い
とかたたられてるとか、そういうんはないんだろー。

アンタ、アタシにケンカ売るのね!
上等じゃん! 買ったるわい、そのケンカ!
とことんやったろうじゃないの!

わたしわぁ、しみじみ思うのぉ。
世界がどんなに広いっていっても、ゴミ箱相手に力いっ
ぱいケンカ売るのは、西野さんだけだろうなーって。

ゴミ箱をにらみつけてたところに、いいんちょがよろよ
ろと戻ってきた。

「いいんちょ、だいじょうび?」

「ううー、ちびっとダメージでかいー。相変わらず?」

西野さんが、ゴミ箱から目を離さないで答えた。

「視聴覚室のと取り替えて、これで一件落着かと思った
んだけどさ。こいつ、予想以上にしぶといっ!」

しゅーっ!
頭から湯気立ててる。

いいんちょは西野さんのその様子を見て、少し元気に
なったみたいだ。

「騒ぎになるのはやだから、使用禁止にしとこうか」

わたしは確認する。

「どやって?」

いいんちょがノートの紙をちぎって、それにマジック
で黒々と書いた。

『使用禁止』

西野さんが呆れる。

「いいんちょ、どこまでも直球だねえ」

「だって、それしか浮かばないんだもん。取り替えても
だめだったんでしょ?」

「ううー、そりゃあ、確かに」

いいんちょはその紙切れを持っていって、ゴミ箱の上に
テープでぺっぺっと貼った。

「これで様子見よー」

紙でフタされたゴミ箱を教室の隅に戻して。
わたしたちは自分の席に戻った。

これで収まってくれるといいんだけどなー。

2時間目しゅうりょー。

いいんちょが、珍しく細い目をむりっくり開けて、怒り
を示そうとしてる。

「あったまくるなー、このゴミ箱!」

いいんちょが握ったこぶしの中には、かっちんかっちん
に固く丸められた紙が入ってた。
さっきの張り紙の変わり果てた姿。

それは、さっきの張り紙に対するゴミ箱の返事だよね。
だーれがおまいの指図なんか受けるもんかー、べっかん
こー。

西野さんの青筋は、めっちゃ太くなった。

「こいつー、ゴミ箱のぶんざいで!」

いいんちょが、ゴミ箱をぺんと叩いて言い渡す。

「月に代わっておしおきよ!」

そりはちと古いと思うけどにゃあ……。

ゴミ箱を持ち上げたいいんちょが、それをくるっとひっく
り返した。

なるほどー。
その手があったかー!

ゴミ箱の底をぺんぺんと叩いたいいんちょが、不敵に笑う。

「少しは反省することね。ふふん」

西野さんも、笑う。

「ふっふっふ。ながしめ屋。おぬしもワルよのお」

「いえいえ、お代官さまほどではございませぬ」

西野さんといいんちょがわたしを見た。
こりゃあ、ぼけないと。

「おらたち百姓に罪はねえだあっ!」

わははははっ。

気分よく3時間目に突入。

でも、3時間目が終わって振り返った時。
わたしたちは、ずっしり敗北感を味わうことになった。

「ちょっとぉ……」

西野さんの顔が、怒りで真っ赤になってる。

ゴミ箱は。
中に入ってたごみ一つ散らすことなく。
お澄ましモードで、元通りになっていた。

「しまいにゃ焼き入れっぞーーっ! わりゃあっ!」

「どうどうどう」

いいんちょも、口調は静かだけど相当アタマにきてるみ
たい。
その細い目の隙間から、鋭い視線を送ってる。

「ねえ、みゆ、にしやん。今はわたしたちがこやって
ガードしてるから、ゴミ箱は使われてない。でも、4時
間目終わって昼になったら、みゆみたいな売店組のゴミ
がたくさん入る」

「うん」

「そだね」

「そこが勝負だね。でさ」

三人で顔を寄せ集めてひそひそ。

「このゴミ箱の中身って、全部紙ゴミでしょ?」

確かにそうだ。
ティッシュとか、メモ紙とか、丸めた小テストの答案とか。

西野さんが、いいんちょに聞く。

「そだけど、それが切り札になんの?」

「うん。このゴミ箱ね。中のゴミがはらわたなの」

「ほっほー、そういう考え方もあんのか」

「だから、みゆやにしやんの入れたゴミは自分じゃない
からキョヒした。吐き出した。ぺって」

「む」

「はらわたえぐり出しちゃえ。ずたずたにしちゃる!」

ごわあっ!
わたしも、西野さんも、カゲキないいんちょの発言にの
けぞった。

いいんちょ怒らすと、怖いかも。
もしかしたら、西野さんより怖いかも。
ひええっ。

えと。

「いいんちょ、どやってやんの?」

いいんちょがにやっと笑った。

「燃やす」





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