《第六話 おもいで》

(2)



ぐわーーーーっ!

こ、こ、腰痛ぇーーーっ!
中腰で屈んで何かやるって、全然経験ないもん。

泥はすっごく重いし、慣れてないからおばあちゃんたち
よりもへたっぴ。
植えてる列はぐにゃぐにゃ曲がるし、スピードも遅いし。
わたしは、あんま役に立ってなかったと思う。

すっごいきつい作業だけど、みんなは文句一つ言わずに、
黙々と植えてく。

何か所めかの田んぼに苗を植えたところで、一番年配の
おじいちゃんが腰を叩きながら言った。

「昼にすべえ」

他の人たちも一斉に体を起こして、腰を叩いた。

わたしは、注意深くその人たちを見回した。
おばあちゃんやおばちゃんたちは、さっさと田んぼから
出てフミおばあちゃんの家に歩いてく。

あ、そうか。
お昼ご飯の準備だ。
手伝わなきゃ。

わたしも慌てて後を追う。

おっきな網見たいのがかかってるおぼん。
そこに山のようにおにぎりが並んでた。
それを持って、縁側に持ってく。

おばちゃんたちが、お漬け物を洗って切って。
川魚の佃煮が、かめから出て来る。
わ! かまどだ。
木が燃えてる。

わたしはお味噌汁をよそうのを手伝いながら、周りを見る。

そっか。
なんか違うなーと思ったのは……。

電気がないんだ。
だから冷蔵庫も、洗濯機も、テレビも、電灯も。
なーんもない。

料理がそろったところで、にぎやかに話が始まった。
わたしはめっちゃ浮いてると思うんだけど、みんなそれ
を気にしない。

ひたすら近所のうわさ話とか、家族の話とかをぺちゃ
くちゃしゃべってる。

「なあ、善造さん。あんたんとこの息子は復員したんだ
べ?」

「ああ、ありがてえことにな。生きて返ってきたで。で
も、さっさと町に出ちまってよ。百姓の方が、食いっぱ
ぐれねえんだけんど」

「まあ、水飲み百姓のしんどさ知っちまうとな」

「で、両次郎さん、仕事はなんにしたんだ?」

「警察に勤めるってよ」

「ほー、大したもんだべ」

わたしは。
その会話になーんか引っかかるものを感じた。

お父さんは、おじいちゃんの影響で警察官を目指したけ
ど、おじいちゃんに止められた。
ありゃあ、とことんしんどい仕事だ。止めとけって。

あきらめ切れないお父さんは、粘って警察に入った。
ただし、事務職として。
頑固なおじいちゃんと妥協するためだって聞いてる。

おじいちゃんの名前は両次郎。石田両次郎。
もしかして……。

フミおばあちゃんが、漬け物の入った丼をわたしの方に
押してよこした。

「あんたもしっかり食べんと、いい子産めないよ。そー
んな細っこい体して」

わたしが細いと言われたのは、生まれて初めてかもしれ
ない。
なんか……めっちゃうれしい。

「ありがとうございます!」

わたしは、お漬け物も佃煮も嫌いなはずなのに。
すっごくおいしく感じた。

お味噌汁のお豆腐の味が濃い。
お味噌も、匂いが強いんだけど、わたしの好きな味。
わたしの和食好きは、お父さんの影響だもんな。

にぎやかに話をしてたおじさん、おばさんたちが、急
に静かになった。

ごーーーーーーーーううううううん。

あ、飛行機が飛んでる音か。

みんなが静かにその音のする方向を見上げてる。

「善造さん、もう戦争は終わった。飛行機が飛んどっ
ても何も落ちてこんべ」

「ははは、そうよな」

でも……みんな、それからしばらく何もしゃべらなかっ
た。

善造さんが、膝をぱたんと叩いて立ち上がった。

「さあ、もう一仕事すべえ」

「おう」

おじさんたちが田んぼに向かう中、昼ご飯の後片付けを
おばさんたちとやる。
わたしは一番若いから、井戸の水汲みをすることにした。
水の入った桶を引っ張って上げるのは大変だけど、腰を
伸ばしてできる仕事だから。

少し、楽な姿勢でできる。

それからまた田んぼに行って、田植え。
みんな黙々と。

わたしがここに来た時には、ただの泥の海だったところ
に、そよそよと苗がそよいでる。

腰は限界に近かったけど、わたしにはその景色がアタマ
の中に強く、ものっすごく強く焼き付いた。
それは、絶対に忘れちゃいけない景色のような気がして。

夕方。

へとへとになって、フミおばあちゃんの家に戻る。
おばあちゃんが、靴と靴下をきれいに洗ってくれてた。
わたしは、その気遣いがとってもうれしかった。

服を制服に着替えて。
わたしは、おばあちゃんにお礼を言った。

「おばあちゃん、おいしいご飯をありがとう。すっごく
楽しかったです」

「そうかいそうかい。そりゃあよかった」

フミおばあちゃんが、深い皺の中に目をうずめて笑った。

「また機会があったら手伝うとくれ。今日はありがとう
ね」

一度奥の間に行ったおばあちゃんが、何か持ってくる。

「手伝うてくれた駄賃が渡せりゃいいんだけんど、何も
ないんでねえ。昨日作った飴だけんど、持ってきな」

新聞紙で無造作に包まれた白いアメを手渡される。

「ありがとう、おばあちゃん!」

傾く日差しの下。
あかね色に輝く田んぼを見ながら。
わたしはおばあちゃんの家を出て、あぜ道を歩いていった。

さて……。

「どうやったら、帰れるんだろ?」

おじちゃんたちが歩いてきた方向に行ってみる。

どろどろに疲れてたんで、どっかで座って休みたいなー
と思った。

バスの待合室みたいな小屋が見えたので、そこの扉を開
けて中に踏み込んだら……。

ビーバーの声が、前から降ってきた。

「あら、石田さん。おはよう。どうしたの? こんなに
朝早く」

……。

朝から再開すか。
勘弁してくらはい。
一日48時間は、しゃれになりましぇん。

ああ、先生。
わたしね、一大決心して来たんですけど、それはちょっ
と延期します。

根性がもちまっしぇーん。

わたしは、かろうじて先生に笑顔だけ見せて。
ばったり倒れた。





Miss America by The Big Dish