《第一話 おんなじ》

(2)



じいちゃん数学教師のかったるい声が、頭の上を通り越
して、教室の後ろに綿ゴミと一緒にたまる。

授業に集中出来んくらいの、ジャニ系イケ面教師をそろ
えんかーとは言わんけどさあ。
お達者クラブ貸し出し中のじいちゃんを、よりによって
大っ嫌いな数学に配置するのは、いかがなもんかと思う。

それがうちの学力向上の足を引っ張ってるってことは、
間違いないっ。
わたしのことは、さて置いといて。

だいたいさ。
なんでわたしがここにいるのかってのが、学園七不思議
の一つだよね。

公立激やばで、ランク落ちの私立もボーダーで、ここは
ずぇったいわたしには無理のとこだった。

受験日がいっちゃん早かったから、練習代わりに受験し
たのだん。
結構鉛筆サイコロころころやったと思う。

んで、ふた開けたら。

公立。……沈。まぢ、激ぺこ。
私立滑り止め。……沈。どまぢに、完ぺこ。
中浪かあ? とほほー。
わたしゃ、インスタントラーメンで首吊ろうかと思ったよ。

それが、なに?
富士山に後ろ向きに登るより難しいと思ったここだけが
合格だと?

わたしゃ、とことん問い詰めたい!
受験つーのわなんぞやと、とことん問い詰めたい!

ここ。
まがりなりにも進学校。
そこになぜわたしがいるのか。
ちょー分からーん。

でも、だな。
入ってみて。
にゃるほろ、と思ったことがある。

この高校。
元はしにせのおじゃうさん学校だったのね。
共学になってから、まだ10年もたってない。

んで。
昔のなごりなんか、やたらめったら校則が厳ひぃ。
バイトはもちろん禁止だしぃ。
チャリ通でけんしぃ。
服装や言葉遣いにもいちいちうるさいしぃ。
放課後の行動にも細かーくチェックが入るの。

今時ねえ。
こんなかっちんこっちんのとこに行きたがる子なんか、
そうそういないよー?
しかも、進学校としてはちと中途半端だしさー。

だから、受験者数が募集定員そこそこだったってこと。

わたしゃ、入ってからシンジツを知ってもた。
でも、無邪気に喜ぶお母様の前で、ちゃぶ台ひっくり返
す元気はなかったっす。
まあ、うちにはちゃぶ台そのものがないけどさ。

んで。
入ってみれば。
みんな、それなりにかいくぐってやってる。

こっそりバイトしてんのもいるし。
こっそり眉毛抜いてんのもいるし。
こっそり子作りして、ひっそり退場すんのもいる。

学校は、イエロー(停学)は気軽に出すけど、レッド
(退学)は簡単には出さないから、まあ上手にやって
ちょうだいってとこなんでしょ。

わたしが上手かどうかは分かんないけど。
潜りでバイトする度胸はないし。
男子生徒はいっぱいいるけど、ガキかお手つき。
べんきおに目覚めるほどマゾではなく。
スポ根系クラブに燃えるほどのこんじょはないと来るわ
けっす。

まんまと学校側のおもわくにはまってる感じなのが、い
やあんではあるけどさ。
しゃあないよね。

うふ。
そろそろチャイムだ。
メシだっ。メシだぞーーーっ!

心の中で思い切り叫ぶ石田未由、16歳の冬であった。
ちゃんちゃん。


        -=*=-


「でさ」

「なに?」

売店で買ってきたコロッケパンを口に押し込んで、あず
さの方を向く。
けっ! 生意気に弁当かよ。

「今朝の話」

「ああ、そういやなんかヘコんでたね。どしたん?」

「とって付けたように聞きよったなあ?!」

「いや、別に聞かんでもいいんだけど」

「聞いてぇ!」

「どっちじゃ」

「キイテクダサイ」

「なら、最初っからそう言わんかい」

「言ってますけどぉ」

「さよか。ほいでなに?」

「恋のお話」

「ああ、鯉の餌なら麩がよいぞな」

「誰が魚の話をしてる!」

「違うの?」

「ラブよ! ラブ!」

「ああ、あれはお腹に優しい」

「誰か調整牛乳の話をしてるーっ!」

くけけ。
いつもはいじり倒されるてるからねい。

「どうせ、どっかの面だけいいオトコにどつぼったんで
しょ?」

「なぜそれを!」

「あまりにいつものパターンやん」

「ぐうう」

「あずさも懲りんのー。熱上げまくって、最後は玉砕で
こっぱみじんこ」

「ぐうう」

「なーんもリサーチしないで、いきなし全力で好きやー
言われたら、わたしでも引くよ」

「あんたがなんぼ引いてもかまん」

「だいたいがさ。面だけが基準てあたりがゆがんどる」

「どのくらい?」

あずさのほっぺを両手で引っ張る。
ぐにー。

「こんくらい」

「いへへ、やへれー」

「うけけ。どんな面のいいオトコも、しばらくしたら崩
れるんだからさ」

「したら、新しいの見っけるからいいもん」

「あんたの方が先に崩れるって。今だってじうぶん勝率
悪いのにさ」

「ひ、ひっどー!」

「事実をちゃんと見たまい。0勝11敗でしょん?」

月一で玉砕を繰り返すこんじょも、見上げたもんだけど。
こんじょの無駄遣いだよねー。

「な、なんでー? わたし、こんなに美少女なのにー」

「正面から見りゃな」

そ。
あずさは顔は悪くないんだけど、ぼでーががりがりくん
なんだよねー。

「ちょ、ちょっとぉ!」

「アリスのトランプの兵隊じゃないんだから、もちっと
立体化しないと。どんな二次元フェチでも引くぞー」

「ぐがが……」

ひーひーひー。
こういう時にいじっとかんと、いつもはいじられっぱな
しだからにゃあ。

「ま、がんばりたまえぼ」

「えー? 手伝ってくんないのー?」

「わたしがまともに手伝うと思ってか?」

「ううん。一人でやるー」

ち。
もちっと引っ張りゃよかった。

ぶつぶつ言いながらあずさが自分の席に戻る。

「みゆー」

「んんー?」

いいんちょのナガシメ姉ちゃんが、すっとこすっとこ
寄って来た。

お気の毒に。目ぇがほっそいもんだから、長島なのに
『流し目』って言われちゃって。
目玉がどこにあるか分かんないから、流し目どころか
どこ見てっかすら分かんない、きぼちわりぃ姉ちゃん。

でも、頭はいい。
性格もいい。
面倒見もいい。
ぢつに頼れるいいんちょである。

そのいいんちょが、問題児のわたしに何の用デスカ?

あ、誤解のないように言っときたいのね。
わたしは口と顔は悪いけどぉ、腹は黒くないの。
出てるけどさ。

問題なのは、わたしの行いやコトバじゃなくってぇ。
どたまなのだん。
しゃあないやん。あほーなんだもん。

「ビーバーが、放課後補習室に来いって言ってたよー」

「へぇへぇ、ありがとさん」

「定例?」

「んだ」

わたしがしゃあないと開き直ってみても、学校は開き
直ってくれないわけ。

脳みそに立派にすが立ってるわたしは、とっくの間に
ガッコをどろっぷあうとしてるはずだったのに。
ぜにこ払ってくれる学生を逃がしたくにゃいガッコが、
特別たいぐーしてくれる。

はい。そーです。
課外授業でーす。

それ系の本になるようなぁ、甘美ぃなもんじゃなくて。
赤点救済の補習と小テストで、わたしのアタマに十円禿
げを作らせようとゆーたくらみさ。

け。
まんまとその手に乗るもんかー。
頭皮のお手入れは欠かしてないわー。
あ、枝毛見っけ。

ぴんぽらぱんぽろりーん。

あーあ。
のり突っ込みしてる間に、昼休み終わっちったよ。

コロッケパンじゃ足んねーぞーって、腹が泣く。
泣きたいのはこっちだよー。とほほー。

ちぇ。
補習かあ。たりいなあ。





Wonderful To Be With You by Mari Wilson