《第五季 二度目の冬 決心》

[二日目 午前]


誰も許さない。
誰もここからは出さない。
誰もここに立ち入ることは出来ない。

誰かがそう絶叫するかのように。
海は猛烈に荒れ狂っていた。

塔を押し潰そうとでもするように、激しく風が吹き付け
ている。

たった一日。
天候が落ち着いた昨日だけ。
僕らは食料と宝物を拾い上げることができた。
本当に幸運だったな。

ダグが我慢できなかったこと。

『誰かが俺の運命をいじっている』

確かにそうだ。
僕らの運命はもてあそばれている。
でも、それに逆らったところで時は流れ、僕らは変化する。

僕らの望んだ未来は、島にいてもいなくてもそのまま叶
えられることはないんだろう。

僕らは運命の波間に浮かんで、その時々の幸運と不運を
ついばんでいる。

さあ、起きようか。


$いまじなりぃ*ふぁーむ-sim



「おはよう、リファ」

「クーベ、おはよう。なんか体の節々が痛いわ」

「運動不足だよ。あんなんで筋肉痛起こしてたら、先が
思いやられる」

「なによー」

むくれるリファ。

「おはよー、クーベ、おねえちゃん」

お、トマスも起きてきたな。

「顔洗ったか?」

「うん、いずみの水がつめたいよう」

「まあ、冬はしょうがないよ。あれでも、海の水よりは
ずっと暖かいんだから」

「そっかなあ」

「さあ、座って。朝飯を食っちまおう」

三人で、台所との間をうろうろして朝食の準備を済ませる。
ダグと違って、トマスはよく手伝ってくれるからありが
たい。

外の大嵐の轟音で、なんとなく落ち着かない。
会話も弾まない。

トマスは椅子の上で足をぶらぶらさせて、食事が終わっ
ても、しばらくスプーンをいじり回していた。
それから、僕に確かめた。

「ねえ、クーベ。きょうは外に出ちゃだめ?」

「出る気がする?」

「しないけど」

「吹き飛ばされるよ。今日は塔で大人しくしてて」

「そうだよね……」

がっかりしたように溜息をついたトマスが、皿を台所に
片付けに行った。

きれいに空いたテーブルの上に肘を乗せて、三人でぼん
やりする。

部屋の中に響く暴風の音と、窓枠のがたつく音。
そして、時々甲高くはぜる薪の音。

声が。
途絶える。
嫌な沈黙だ。

がたつく窓をじっと見ていたリファが、突然振り返って
僕の顔を見つめた。

「昨日の夜の話。続きは?」

トマスも椅子を寄せて、僕の顔を見つめた。

「……ねえ。リファは僕がここを出たあと、どうするの?」

トマスがいきなり泣きそうな顔になった。

リファは俯いてじっと考え込む。
僕がこの話を振るのは初めてじゃない。
ダグが出て、トマスが来た時に、話を切り出した。

その後も、僕の方から何度かリファの意向を聞いてる。
リファは迷ってる。
ダグみたいな強い意志は、まだリファにはないから。

この島での暮らし方を覚えた。
非力だけど、素直でよく手伝ってくれるトマスが来た。
もしかしたら、僕がいなくてもなんとかやっていけるか
もしれない。

まだ結論を出したくない。
怖い。

うん。
気持ちはよーく分かる。
これまでの住人は、みんなそうだったから。

失った過去以上のものを、未来に見いだす自信がない。
だから淡々と今を積み重ねる。

僕だって、時間制限がなかったらそうしていたい。
今まで、そうやってきたんだし。

でもね……。

「ねえ、リファ。現状を維持するって言うだけでも、す
ごく大変なのは目に見えてる」

「……どうして?」

「不確定な要素が多すぎるからさ。難破船、島の動植物。
どっちも当たり外れがある。僕がいる間は、何かあって
もできるだけやり過ごせるようにって、備蓄してきたけ
ど。これからもそれが出来るっていう保証は、どこにも
ないよね」

「……」

「前にやってみせたけど、アザラシやアシカを仕留める
のは、リファには無理だ。あれは大人の男が二人以上っ
てのが前提なんだよ。そうすると、毛皮や肉、脂が手に
入らない。食べ盛りのトマスのペースに合わせると、こ
れから食料が足りなくなってくる」

「僕は、トマスに釣りや篭罠の使い方を教えてきたけど、
まだトマスには修理が出来ないし、漁のコツを知らない。
海に出られない日が多い冬に、それを教え込むのは無理
なんだ」

しゅんとしちゃうトマス。
おまえのせいじゃないよ。

リファが下を向いたまま、小声で僕に問いかける。

「……じゃあ、わたしはどうすればいいの?」

ふう。

「それは、リファ自身が考えて」

「……」

リファは、また黙ってしまった。
今までも、ずーっとそれの繰り返し。

まだ時間がかかるのかなあ。
僕に残された時間は、どんどんなくなっていくのに。

でも、僕が導いたんじゃ意味がないんだ。
リファが自分で考えて、自分で決心しないとならない。

選択肢は二つしかない。
残るか。
出るか。

それだけだ。

僕は、リファがどっちを選んでも構わない。
さっき僕が言ったこの島に残る困難さよりも、この島を
出て、何も予想できない、約束されてない世界へ旅立つ
不安の方がずっと大きいんだと思う。

今までも、そうして時間切れになって、絶望だけを背
負ってここを出た住人が多かったのかもしれない。

でも僕は、それに口を挟める立場にはない。
だから選択への示唆を求められても、それには答えられ
ない。
だって、僕はリファの人生の責任を取れないからね。

トマスには、まだ自分の生き方を選ぶ権利がない。
リファの選択に、自動的に付いていくことになる。
だから、心配しなくていいよ。
リファは、そういうところはしっかりしてるから。

「僕は、昨日言ったよね。選択の幅が広がったって」

「うん。でも意味がよく……」

「ダグの時は、船があった。でも、リファとトマスには
船がない。島を出るって決めても、その手段がなかった
んだよ」

「あっ」

リファが小さく叫んだ。

「これまでは、みんな一人で島を出てる。ダグでさえそ
うだ。船が……支障だったのさ。みんなが乗れる船がな
かったのが、ね。それがこの島の意地悪いところ」

トマスが首を傾げて聞いた。

「いじわるなの?」

「そりゃそうでしょ。僕らを取っ捕まえて離さない。そ
うして、ばらばらにして突然放り出す」

「うー」

「偶然か、島が油断したのか、それとも島が仕組んだの
か。そんなのは僕には分かんない。でも、僕らが少し大
きな船を作る材料は手元に来た。あとは。リファがどう
考えるか、だけさ」

膝のところで手を握りしめて、リファがじっと考え込ん
だ。

「まあ、よく考えて。これまでも考えてきたんだと思う
けど、僕の残り時間は確実に短くなってる。時間切れに
なっちゃったら、僕はもう手伝えないから」

僕は立ち上がる。

「地下倉庫を整理してくる。昼ご飯支度する時呼んで」

そう言って。
黙って俯いてるリファと、おろおろしてるトマスを残し
てダイニングを出た。


$いまじなりぃ*ふぁーむ-sim



倉庫の整理をしていて埃塗れになっちゃったので、泉に
降りて体を洗う。

ごしごし。
ごしごし。
ごしごし。

前にリファと作った石けんが役に立ってる。
肌のくすみが取れて、地肌がきちんと見える。

僕は、それをじっと見つめる。

変わってきた。
僕は変わってきた。
僕は、今までの僕でないものに変わりつつある。

見逃さないように、これまでも注意深く見つめてきた変化。
今までは、大きな変化はなかった。
だから僕は安心できた。

でも、今は違う。
僕は、毎日変わって行く。
その時に向かって、変わっていく。

「あれ?」

背後でリファの声がした。

「どうしたの?」

「いや、倉庫の整理で埃かぶっちゃったから、体洗いに
来たんだけど」

「その割には、うっとりと自分の体を見つめて」

リファが半ば非難するようにそう言って、服を脱ぎ始めた。

「そんなんじゃないよ。リファこそ、どした?」

「昨日、汗をかいたから体を洗おうと思ってたんだけど、
疲れて寝ちゃったから」

「ああ、そうか」

「後で、トマスも洗ってあげないと」

「あいつは、寒いのはやだって逃げそうだな」

「全く、こらえ性がないんだから」

ぶつくさ言ったリファが、僕の横で桶の水を被った。

ざばっ!

僕と同じように、石けんで丁寧に髪と体を洗っていく。

さて、僕は昼ご飯の準備をしよう。

タオルで水を拭き取っていたら、顔を上げたリファに聞
かれる。

「あれ? クーベ。なんか少し丸くなったんじゃない?」

「……そうかもね」

「太ったの?」

「いや、そういうんじゃないと思う」

「……」

リファはまだ何か聞きたそうだったけど、僕はそれを振
り切って階段を上がった。

「先に、ご飯支度してるから」





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