《第四季 秋 星替わる》

[三日目 午前]


ダグが……行っちゃった。
心にぽっかりと大きな穴が開いた。

悲しくて、悲しくて、悲しくて。
何もする気が起きない。

わたしの面倒を細かくみてくれるのはクーベなのに。
ダグは、わたしになにかしてくれたわけじゃないのに。
なんで、ダグがいなくなったことがこんなに悲しいん
だろう?

……。

潮騒の音がわたしの頭を掻き回す。
今日は、それに雨音まで混じってわたしをなぶる。

ふう……。

窓を開けて、鉛色にくすんだ海と空を見やる。
秋なんて名ばかりで、もう冬の気配が辺り一面を支配し
てる。
顔に当たる雨粒が冷たい。

また一筋。
涙が頬を伝って落ちた。

「ダグ……」

ががん! がん! がんがんがん!

わたしの感傷を木っ端微塵に打ち砕くように、派手な音
が階段で響いた。

びっくりして、階段に飛び出す。

クーベが手に何かいろいろなものを持って、階段を下り
かけているところだった。
さっきの派手な音は、持ちきれずに落ちた何かだろう。

「おはよう、クーベ。それ、なに?」

「ダグの部屋のがらくたさ。あいつがこの島で見つかっ
た時に近くに落ちてたものを、あいつが回収して木箱に
放り込んでたらしい」

「忘れたのか、持って行く気がなかったのか知らんが。
じゃまだ」

最初は、それ見て何か思い出せると思ったのかしら。
でも興味なくしたんだね、きっと。

「それ、どうするの?」

「何に使うものか分かんないから、捨てようと思ったん
だけど」

「どこに?」

「……」

クーベは、時々そういうところがぽっかり抜けている。

「もともと物はそんなに多くないんだし、何かに使える
かも知れないんだから、地下倉庫に入れといたら?」

「おお! それは名案だ!」

足取り軽く、クーベが地下に降りていった。

なんとなく気が削がれたというか、紛れたというか。

まあ、いいや。
泉で顔を洗って来よう。


$いまじなりぃ*ふぁーむ-sim



ダイニングで、わたしとクーベが朝ご飯の支度をしてい
る間。

トマスは、不安そうに周りを見回していた。
わたしも最初の何日かは、不安で不安でしょうがなかっ
たんだよね。

こどもだと……もっと辛いだろうなあ。

退屈なのか、テーブルの上のラジオに手を伸ばした。
壊されたらいやだなあと思うけど、クーベはとがめるつ
もりはないみたいだ。

「トマス。ちょい手伝ってくれ」

クーベがトマスに声を掛ける。

「うん……」

ラジオに触ろうとした手は慌てて引っ込められ、わたし
は少しほっとした。

クーベはトマスに皿を渡して、それをテーブルに並べる
ように言った。

そうか。
もう、訓練は始まってるのね。

鍋を持ったクーベが、それをテーブルの真ん中にどすん
と置いて。

「さあ、食べようか」

素っ気なく言った。

お腹が空いていたらしいトマスは、見ていて気持ちがい
いくらい、がつがつと食べた。
トマスの食べっぷりを、クーベは目を細めて見ている。
ダグは大食漢だったけど、トマスも変わらなそうね。

「腹が膨れたかい?」

「うん!」

トマスは、わたしやクーベの雰囲気に慣れてきたらしい。
昨日よりは少し落ち着いてる感じがする。

「さて。じゃあトマス。僕らが自己紹介するから、名前
を覚えて」

「うん」

「僕はクーベだ。この島にはもう四年くらい住んでる」

「ふうん」

「わたしはリファよ。この島に来て、もうすぐ一年ね」

「ええと、クーベと、リファおねえちゃん」

指を差して、確認する。
なんでわたしは『おねえちゃん』付きなの?
なんとなく、違和感があって苦笑する。

クーベが、柔らかい笑みを浮かべてトマスに話し掛ける。

「なあ、トマス。この島には一つしか決まりがない」

「え? それはなに?」

「島には三人しかいられないんだ」

「ええと、いま三人だよね?」

「そう。今はぴったりさ。だけど、誰かが来たら、この
三人の誰かが島を出ないとならない」

トマスが泣きそうな顔になった。

そうか。
考えてみたら、ダグの代わりに来たということで、最初
の免除はもう受けられないんだ。
次に誰か来たら、トマスが島を出ることもあるんだ。

「トマスが来るまで、この島にはダグっていうおっさん
がいた。ダグは昨日島を出た。君はその代わりにこの島
に来たんだよ」

「あのう。ぼくはここにいられるの?」

「いられるよ。ただし、自分のことは自分でしないとな
らない。僕もリファも、そうやってここで暮らしてきた。
何をしたらいいかは教えてあげる。分からなかったら、
なんでも聞いて」

「うん!」

トマスは必死の形相だ。

「まあ、そんなに緊張しないで。これからしばらく冬支
度が忙しくなるから、それを手伝ってね」

「うん、わかった」

わたしとクーベの顔をかわりばんこに見ていたトマスが、
とんでもないことをわたしに聞いた。

「ねえ、おねえちゃんは、クーベのおよめさんなの?」

どてっ!

クーベがずっこける。

「違うわよ」

「じゃあ、おねえちゃんは、クーベのこども?」

「それも違う」

「じゃあ、おねえちゃんは、クーベのなに?」

「うーん。友達なのかなー」

「ともだち?」

わたしを遮ってクーベが答えた。

「そう。トマスだって、僕にとっては友達だよ。僕はト
マスのお父さんでも、お兄さんでもない」

「……」

トマスが急に萎れて俯いた。
クーベはこういうところがダイレクトで、デリカシーが
ない。

「でも、そうでなくても、仲良くすれば一緒に暮らせる
だろ?」

クーベの穏やかな語りかけに、トマスはほっとしたんだ
ろう。
ちょっとはにかんだ様子で顔を上げて、かぶりを振った。

「うん!」

わたしは……。
ぼんやりと想像する。

もしダグじゃなくて、クーベがここを出て行っていたら。
この子はおかしくなってしまうかもしれない。

ダグは、自分自身のことで頭がいっぱいだったから。
人の心の中にまで入り込むことは決してなかったし、自
分がそうされることも嫌がってたように思う。

リロイが感じ続けていた強い孤独感。
その原因の一端は、実はダグにあったのかもしれない。

じゃあ、なぜわたしは平気だったんだろう?
クーベの姿勢は一貫して変わらない。
親切だけど、ドライ。
ダグは、ほとんどわたしを構ってくれなかった。

わたしとリロイとの間に、何も条件の違いはない。
男と女の違いも関係してないだろう。
だって、ダグもクーベもわたしを女扱いしなかったから。

しばらく考えて。
わたしは一つの結論に行き着いた。

そうか。

眼、だ。

リロイは自分しか見ていなかった。
ダグやクーベに、寂しい自分を慰めて欲しいとすり寄っ
た。そして、それを拒絶された。
甘えるな、と。

リロイの居場所はなかったんじゃない。
リロイが自分の居場所を作らなかったんだ。
そういう努力をしなかったんだ。

わたしは。
二人に受け入れて欲しかった。
だから自分のことは後回しで、クーベやダグの視線を
追った。

クーベの、今を見つめる眼。
ダグの、未来を追う眼。

それがわたしを外に引っ張り出し、新しいわたしが出来
てきたんだと思う。

そうよね。

ダグがいなくなったことを、ぐちぐち嘆いている場合
じゃなかったね。

わたしがクーベやダグに助けてもらったように、今度は
わたしがこの子をしっかり導いてあげないとならない。

それは、この島での暮らし方を教えるってことだけじゃ
ない。

ダグに最後に言われたこと。

『自分の生き方は自分で決めろ』

自分のことだけじゃないんだ。
トマスの分もある。

それを……手伝ってあげないと、ね。

わたしは、トマスに話し掛けた。

「トマス。これからね、いろんなことがあると思う。で
も一緒に乗り越えて行こうね。手伝ってあげるから」

トマスは弾けそうな笑顔でわたしを見て、頷いた。

「うん! ありがとう、リファおねえちゃん!」

うわ。
かっわいいーっ!





Cloud Factory by June Tabor