《第四季 秋 星替わる》

[二日目 午後]


僕らは、ダグが塔を出て船に行った後何をするわけでも
なく、ぼんやりと椅子に座り込んでいた。

開け放った窓から時々風が迷い込んでは、呆然としてい
るリファの金髪を揺らす。

太陽が、一番天空高く上り詰める頃。
いきなりラジオが野太い声を出した。

「おーい、クーベ! リファ!」

ああっ! ダグの声だ。
思わずラジオを引き寄せる。
リファもすっ飛んできた。

「出る! 元気でな。あばよ!」

その声が終わるか終わらないうちに。

どんっ!

大きな音が外で響いた。

今度は慌てて窓に駆け寄る。
窓枠に手をかけ、身を乗り出し、今にも飛び降りそうな
格好でリファが絶叫する。

「ダグーっ!! ダグーーーーーーーーーーっ!!!」

僕はリファの肩に手をかけて引っぱり戻す。

窓の外では、船が銀色の船体を光らせ、下から真っ赤な
炎を吹き出していた。

そして。

その船体が徐々に宙に浮き始めた。

「空を飛ぶ……船……だったのか……」

赤い炎は徐々に鋭く輝く白い炎に変わり、やがて船体は
少し斜めに傾いて。

どおーーーーんっ!!!

激しい音とともに島のかなたへと飛んで行った……。

空に残る一筋の煙。

それだけを残して。
ダグは僕らの前から消えた。

他には何も。
何一つ残さずに……。

僕が白煙の筋をじっと見つめている間。
リファは床に突っ伏して泣き崩れていた。

たぶん。
リファにとって、ダグは父だったんだろう。
ダグにはそのつもりはなかったかもしれないが。

大きな心の拠り所を失った喪失感。
リファだけではない。
僕も、これからそれと戦っていかなくてはならない。

握りしめていた窓枠を離して、僕はふと気付いた。

涙を流していることに。

ペーターの時も、シエロの時も、リロイの時も。
別れは悲しかったけど、僕は泣いたことはなかった。

ここへ来て。
初めて僕は泣いた。
そうして、泣ける自分に驚き。
泣ける自分にほっとしている。

ダグ。
ありがとう。
僕は、そいつをもらった。
それで充分だ。

ありがとう。


$いまじなりぃ*ふぁーむ-sim



リファがひどくショックを受けていることは分かる。
本当だったら、少しそっとしておいてあげたい。

でも。

僕には気になることがあった。

ダグの後に、誰かが補充されるかどうか。
僕はペーターの口伝をそのまま覚えている。

『島の定員は三名。それ以上増えれば誰かがいなくなり、
定員を割れば補充される』

記録上、今まで欠員が出たことがないとは言え、口伝に
残っているということは、そうなるということなんだろう。
二人しかいないという状態が、長期間続くとは思えない。
あくまでも勘だけど。

船のあった場所の状態を確認した後で、島を見回った方
がいいな。

昼飯も食べずに、部屋に引きこもっていたリファを無理
に引きずり出す。

「なによっ! 今日くらいそっとしといてよっ!」

「そうもいかん。船が出た後に火が残っている」

リファの顔がさっと青ざめた。

「燃え広がると死活問題になる。きちんと見回って消し
とかないと」

「……分かった」

ダグがいなくなっても、僕らのすること、出来ることは
変わらない。
それをきちんとこなしていかないと、僕らの明日を考え
ることもできないんだ。

落ち込んだ様子のリファを急き立てるようにして、船の
発った跡を見回る。
まだ、そこここに火が残っていたが、幸い延焼の危険は
なさそうだ。

くすぶっているところを踏んで完全に火を消し、水をか
ける。

作業が済んだところで、篭罠を見回りに行く。
海から吹き付ける風がすっかり冷たくなった。
これから、一雨ごとに海が荒れるようになるだろう。

今年の冬は、難破船は出るのか、出ないのか。
一喜一憂する日々が、すぐ近くまでやってきている。

篭罠にかかっていたカニや魚をリファに渡して、僕は湾
まで足を伸ばした。

塔の外に積み上げてある薪(たきぎ)がだいぶ残り少な
くなっていた。
暖炉やかまどの燃料を確保しないとならない。

普段ものぐさなダグも、こういう力仕事の時には本当に
よくやってくれた。
リファはその点、まめではあるけど、力仕事には向いて
ない。

これからきつくなりそうだな。

湾内を漂っている流木を回収して、束ねて背負う。
篭罠の中身を処理したんだろう。
リファが走り寄ってくるのが見えた。

リファにも拾わせようと思って、湾の取っ付きまで戻る。

「ああ、リファ。薪がだいぶ減ってきたから、流木の回
収を手伝って」

僕の方を見たリファが、左手で口を押さえ、震える指で
僕の背後を指差した。

「なに?」

何気に振り返る。

と。
そこに。

不安そうな顔をした男の子が一人。
僕の服の裾を掴むようにして立っていた。

年は十歳前後だろうか。
黒い髪、黒い瞳、浅黒い肌。
服装は整っている。

ああ。
やっぱりね。
補充はあったわけだ。

それにしても……。
よりにもよって、こども……か。

「ああ、ここだと足元が危ないから、塔まで戻ろう。着
いておいで」

僕の話しかけに、男の子は素直に頷いた。

「あ、名前を聞いておこうか。思い出せるかい?」

首を傾げてもごもご言ってた男の子が、顔を上げてはっ
きりと言った。

「トマス」

「トマスか。いい名前だ。さあ、行こう。リファ、何を
ぐずぐずしてる。行くぞ」


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トマスは、これまでの住人と同じように。
これまでの記憶を完全に失っていた。

違うのは、母親を探そうとしたことだ。
でも、自分の母親の名前も顔も思い出せない。
トマスは大混乱して。

激しく泣いた。

まあ、泣きたい気持ちは分かる。
でも、僕らも泣きたいよ。

この島の住人は、独立した大人の集団だった。
少なくとも僕が知る限り。

リファは女だけど、僕らは大人だと思っていたし、そう
扱ってきた。
リファもちゃんとそれに応えている。

だけど……。
トマスは大人じゃない。
体もまだ小さいし、知識も、精神力も、まだまだ発達途
上だろう。

こどもがこの島にいる意味なんかない。
なんでそんなことをするんだろう?

でも、ダグならきっと言うんだろうな。

『このくそったれの島に、もともと意味なんかないよ』

と。

とりあえず、トマスに夕飯を食べさせて。
ダグの部屋で、眠るまでリファに付き添ってもらって。
トマスを休ませた。

明日。
全ては明日だ。

僕は自分の部屋の窓を開けて。
漆黒の闇に向かって呟いた。

「ダグ。やっぱり三人で暮らせとさ。厄介なことだな」

顔に水滴がぱたりと当たった。
これから、雨か……。





Six Degrees Of Separation by The Script