《第四季 秋 星替わる》

[一日目 午後]


午後。
俺は船に食料と水を運び込んだ。
数日分あればいい。
あとは着いた先でどうにかなるだろう。

クーベやリファから準備を手伝うと言われたが、断った。
手伝ってもらうほどのことは何もない。

俺は、船を出て海原を見渡す。
この島以外は、何もない一面の海原。

だが、それも俺にとっては最初から奇妙なことだった。
難破船が度々流れ着くほどの海の要所。
それならば、他の島影や船の往来が見えてもいいはずだ。
こんなにもまるっきりの孤島という風情は、ありえない
ことだろう。

外からはこの島が見え、この島からは外が見えない。

外から見えることの意味。
聖域としての顕示。

中から外が見えないことの意味。
秘密の保持。

サンクチュアリ(聖域)か……。

この島は禁忌の島。近寄ってはならぬ。
禁忌を破った船は必ず難破し、乗員は全て海の藻くずと
消える。
難破船の荷は流れ着いても、乗員の死体の破片すら見ら
れないのは、そういうことなのかもしれない。

リファは?

皮肉なことだが、生け贄として捧げられるはずだったリ
ファ以外の乗員が、全て生け贄となった。
リファはそれに護られたということなのだろう。

この島の住人は、神官という扱いなのかもしれない。
穢れを避けるために過去の生々しい記憶は封印され、
聖なる『三』という数を維持するために、ここで飼われる。

なぜ入れ替えるか?
人である以上、ここで暮らす間に過去の記憶が作られ、
それが穢れを呼ぶから。

俺は足元の石を思い切り蹴飛ばした。

かんっ! かんかん、かん……。

斜面を落ちていく石を見ながら。
俺は溜息をつく。

まあ。
こんな風にいろいろ想像力逞しく考えたところで、それ
が何を変えられるわけでもない。
俺のこんな見立てをクーベやリファに話さなかったの
も、それが俺たちの生き方を変えられないからだ。

俺にとっての、島での二年ちょっとの生活の意味。
一つ一つ考えてみれば、それは俺にとっては悪くないこ
とばかりだった。

だが、それが俺を変えたかと言えば、それには否と言わ
ざるを得ない。
失ったものを取り戻せない喪失感は、最後まで俺の足を
引っ張った。

そして。
それは今でも変わっていないし、これからも変わらない
のかもしれない。

一つだけ言えること。
俺は、この島で休ませてもらった。
失ったものを取り戻すことはできなかったが、それ以上
に失うことはなかった。

俺は崩れずに、前を向いてこの島を去ることができる。
シエロ、リロイ、クーベ、リファ。
俺が俺でいることを認めてくれた住人たち全てに。
俺は感謝したい。

深く、深く。


$いまじなりぃ*ふぁーむ-sim



結局、いつも通りの作業を済ませて、少し早めにクーベ
とリファが戻って来た。

二人ですぐ夕食の支度にかかる。
ちょっとは豪華な晩飯になるかと思ったが、いつも通り
だった。
このあたりは、クーベのドライさが垣間見えておもしろい。

何か言おうとしても、言葉が見つからない。
そんな感じで、静かに淡々と夕食が終わった。

リファが台所で皿を片付けている間。
クーベが隣に座った。

「なあ」

「ん?」

「ちょっと教えてくれるか?」

「なにをだ?」

「ダグが行った後、補充はあるんだろうか?」

「補充されると言ったのは、お前だぞ?」

「そうだけどさ」

クーベが腕組みして首を捻る。

「記録を見る限り、これまでに一度も欠員がないっての
が引っかかるんだよ」

「はっはっは」

珍しく、クーベが苛立った様子を見せた。

「笑えることか!」

「まあまあ、落ち着け」

リファも来て、俺のもう一方の横に座った。

「補充は、たぶんあるだろうよ。俺がルールを決めてる
わけじゃないから、絶対とは言えないだろうけどな」

クーベがむっすりと黙る。

「クーベ、おまえが心配してるのは、リファのことだ
ろ?」

クーベが下を向いたままゆっくり頷いた。
リファがうろたえる。

「え? わ、わたしのこと……って? わたしは大丈夫
よ。ちゃんと生活出来るように、クーベにしっかり教え
てもらってるから」

「そういうことじゃないさ」

「は?」

俺の顔をしげしげと見るリファ。

「おまえは女だ。俺もクーベも、おまえを年頃の女とし
ては扱わなかった。だが、これからそれが保証されると
は限らない」

リファがしょぼんと下を向く。

「リロイの時は、リファの拒絶が怖くてリロイが思い切
れなかったんだろう。時間も限られていたし。でも、あ
あいうのが今後ないとは限らない」

「う……」

「補充があろうが、なかろうが。これからは住人の意味
が変わる。それは……仕方ないよ。新たな覚悟が要る」

リファが、ゆっくり顔を上げて俺を見た。

「ダグは……その……わたしに、そういうのを感じな
かったの?」

俺は笑う。

「はっはっはっはっはあ。おまえはがりがりだからなあ」

リファがぷうっと膨れた。

「冗談だよ。おまえに魅力がないってことじゃない。俺
の事情さ」

「事情って?」

首を傾げるリファ。

「今まで誰にも言ってなかったが、俺はここに来る前は、
たぶん兵士だったんだろう」

「兵士?」

「そう、殺し合いが仕事だ」

リファが驚く。

「そ、そんな……」

「俺には兵士としての記憶はないよ。だが、体は傷だら
け。思い出す事実としての記憶は気象や船の特徴。そし
て、俺だけがラジオの言葉を理解出来る。船や機械を操
れる。客観的な事実が全て、兵士としての俺を裏付けて
るんだ」

俺は一度口をつぐんで、リファを見た。
リファが俺に向ける、穢れのない真っ直ぐな視線。
俺は……。

それに溜息が出る。

「兵士は心が弱いと役に立たん。俺は、たぶん徹底的に
そういう訓練をされてきたんだろう」

「気安く女を抱く。気を許す友人を安易に作る。それは
自分に隙を作ること。兵士にあるまじきことだ。だから
記憶は封印されても、体に染み付いたものがそれを拒絶
させてきたんだよ」

クーベとリファが、黙って俺の顔を見ている。

「クーベ。おまえ、リファが来た時に、俺がなんと言っ
たか覚えているか?」

「ああ、なぜ女かって」

「そう。実は、俺が自力で島を出るって以前に、すでに
慣例は崩れてるんだよ」

「確かにな。それまでは全員男だった」

「なぜ女を入れなかったか。俺が思うに、島の中で家庭
が出来ることを避けるためだ」

「……」

「定員三名の入れ替わりの時、それを淡々と運命として
受け入れられるようなやつはいない。他人同士の寄せ集
めであっても、だ」

「ああ」

「それが血の繋がった家族になったら、そこに悲劇が生
まれちまう。住人が耐えられん」

「……なるほどな」

「だから、この島では本来女性は禁忌だったんだろう」

「じゃあ、なぜわたしがいるわけっ?!」

リファが叫んだ。
俺は思わず笑う。

「はっはっは。島の考えることなんか、俺たちには分か
んないよ。だがな……」

俺はリファを指差す。

「おまえにはチャンスが出来た。おまえ自身が例外だし、
俺も慣例をぶっ壊して行く。俺は人の生き方に指図した
くない。だから今まで黙っていたが……」

「リファ。おまえも自分の生き方は自分で決めろ。その
方が後悔しなくて済む。俺の数少ない置き土産だ」

じっと何事か考え込んでいたリファが顔を上げて、俺の
頬にキスをした。

「ダグ、ありがとう。お休み」

「ああ、よく口を洗っておけよ。俺の面は汚いからな」

俺に向かって思い切りのしかめ面を見せたリファが、階
段を上がっていった。

「まあ、素っ気ない置き土産だ」

クーベが嫌みを言う。

「何もないよりゃ、マシだろ」

「そんなもんかね」

「そんなもんだ」

「僕にはないのか?」

「俺がクーベに言えることなんか、何もないよ。俺は
クーベには最後までもらってばかりだ。感謝しか置いて
いけるものはないな」

「ははっ。そりゃあ、食いでがないな」

クーベらしい言い回しだ。

俺は。
クーベに手を差し出した。
クーベが俺の手をがっちり握る。

「世話になったな。俺がここを出た後で、ここのことを
覚えていられるかどうかは分からない。だが、俺が島の
ことを忘れたとしても、クーベやシエロ、リロイやリ
ファがくれた暖かい気持ちは、必ず俺の中に残るだろう」

「……」

「それが。明日以降、俺が生きていく力になる。約束す
るよ」

クーベは、それに何も答えなかった。
でも、じっと俺を見つめたまま笑みを浮かべ。
しばらくして、そっと手を離した。

「じゃあな、ダグ。お休み」

「お休み、クーベ」





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