《第二季 春 予告》

[三日目 午後]


昼ご飯を食べる頃、わたしはやっと二日酔いから解放さ
れた。
やれやれ。

まだ惰眠をむさぼっていたかったけど、クーベに急かさ
れるようにして、篭を持って外に出る。

「うわ、あったかーい」

「やっと春らしくなった感じだね」

クーベが指差した斜面は、おとといよりもずっと華やか
になっていた。

赤、ピンク、黄色、紫、白、水色。
色とりどりの花が咲き乱れ、とても幻想的な光景が広
がっている。

そっかー。
お楽しみって、これのことかあ。
まるで花に包まれるようにして、草を摘むって感じ。
どの花からかは分からないけど、甘い匂いが密やかに
漂ってる。

「一日、二日でここまで変わっちゃうんだ。だから、収
穫できるものは収穫しておかないとね」

でも、どこまでも実務的なクーベ。

「今度は何を採るの?」

「アマナとカンゾウを採る」

クーベが上って行く後に付いて、斜面を上り詰める。

「下のは、もう伸びちゃってて採りにくいからね」

そう言って、地面から少しだけ伸び出た芽を指差した。

「その細いのがアマナだ。開いた葉っぱも食べられるけ
ど、採るのは球根ね。束ねて干しておく。長持ちするん
で、貴重なんだ」

「扇のように葉っぱが開いてるのはカンゾウ。ねじるよ
うにして採って。根っこを残しておけばまた生える」

二種類だけか。
今度は覚えるのが楽だ。

せっせと作業をしていると、頭上を何か黒いものが横
切った。

ぴゅいーっ。ぴゅいーっ。

「な、なにっ?」

「ああ、来たな。第一陣だ」

立ち上がったクーベが、手をかざして青空を見上げる。
さっきまで、ただ茫洋とした空が広がってるだけだった
のに。
いつの間にか何羽かの鳥が、鳴きながら飛び交っていた。

「鳥?」

「そう。この島では一番早くに到着する海鳥だね。ウミ
スズメ」

「……」

「このあと、どんどん鳥は増えるよ。それに合わせて、
僕らも鳥や卵を獲りに行く。これまでは魚。今は野草。
そして今後は鳥とアザラシ」

「アザラシも?」

「もちろん。肉や油、毛皮、骨。捨てるところなく全部
使える。僕らがこんな小さな島で生きていけるのは、一
年を通して何かかにか採れるってことと、難破船のお陰だ」

「でも、難破船はあてにならない。ちゃんと島で採れる
ものを食料として備蓄しておかないと、生きてなんかい
けないよ」

そうだよね。

わたしは、鳥やアザラシを獲っている自分の姿が想像で
きない。
でも、それはここで生きていかなくてはならない以上、
避けて通れないんだ。

「ウミスズメも獲るの?」

「いや、ウミスズメはコロニーが小さいし、卵も少ない。
しかも、雛が孵ったらすぐに、親子で海に出ちゃうから
ね」

なんとなく、ほっとする。

「カモメやアジサシが、群れで来るようになってからさ。
まだ先だよ」

頭上を飛び交う鳥を時折見上げながら、わたしとクーベ
は草を摘み続けた。

「ふう。今日はこんなところにしておくか」

おとといのと違って、今度は結構重くなった篭を背負っ
て、慎重に斜面を降りる。

ダグは、見つけた『船』のところで何をしているのだろ
う?

「ねえ、クーベ。ダグの様子を見に行っていい?」

「構わないよ。僕は、カンゾウの下ごしらえをするのに、
お湯を沸かさないとならないから、先に戻ってる」

「分かったー」

篭を塔の入り口に置いて、わたしはダグが作業している
らしい斜面に走っていった。

「わ!」

おとついは全く周囲と見分けが付かなかった斜面。
一見、岩のように見えていた部分。
そこの土や草が剥がされ、何かが剥き出しになっていた。

なにこれ?

縦長の巨大な蓋付き鍋みたいなもの。
それが斜面ににょっきりと生えている。

その陰からダグがのっそりと出て来た。

「ダグー、それが船なの?」

ダグは、鍋もどきをぽんぽんと叩きながら答えた。

「そうだ。だいぶ傷んでるがな」

「ふうん……」

船っていう感じじゃないね。
帆はないし。
櫂も出せないし。
どうやって進むんだろう?

わたしは、よほど変な顔で船を見つめていたんだろう。
ダグが含み笑いをしながら言った。

「まあ……たぶん、リファが考えてるものとはかなり違
うと思うぞ。ただな……」

その笑顔をすうっと消して。
船を見上げたダグがぽつりと呟いた。

「こいつは、図体はでかいが一人乗りさ」

「来る時も一人。出る時も一人……か」

それは。
わたしが初めて触れた、ダグの心の一番奥底の声だった
のかも知れない。

わたしは。
それ以上何も言えなかったので。
そっとその場を離れた。


$いまじなりぃ*ふぁーむ-sim



「おいっしーっ!」

いや、本当にお世辞抜きに最高においしいっ!

「だろう? 干しちゃうと味が変わるけど、フレッシュ
なやつだからな。この時だけのご褒美さ」

クーベもご機嫌だ。

クーベが仕掛けた篭罠に入っていた大きなカサゴ。
いっぱいのエビとニナ貝。
今日採ったアマナの球根とカンゾウの若芽。
大きな鍋は海と陸の春の幸で溢れ、それにノビルの緑が
散ってて、とてもきれい。

それに、汁が絶品だ。

「こんなの今まで飲んだことなーい!」

悪戯っぽく笑ったクーベが種明かしする。

「昨日のリファの二日酔いの元が入ってるんだよ」

げえっ……。

「大丈夫さ。酔う成分は、煮立てると飛んで消える。お
いしいところだけが残るからね」

「へえ、そうなんだー」

「まあ、滅多にできない贅沢さ」

ダグはいつものように、むっつりしたまま料理を口に運
んでいた。

クーベがダグに話を振った。

「ダグ、船はどのくらいで出られそうなんだ?」

相変わらず、回りくどいことは言わない。
真っ直ぐ、だ。

「……」

フォークを持った手を止めて。
ダグはしばらく何かを考え込んでいた。

そして、ゆっくり口を開いた。

「分からん。まず、船がかなり地面にめり込んでしまっ
ているのを、掘り出すところからだ」

「ふうん?」

「それが済んだら、船の損傷具合と機能をチェックして。
燃料の残り具合を確認して」

「ねんりょう?」

わたしとクーベが同時に声を上げた。
聞いたことのない言葉。

それに気付いたダグが苦笑いしながら説明する。

「帆とか櫂とかが、推進力じゃないんだ。船を進ませる
もとだよ」

それが、ねんりょう?
うーん。分かんない。

ダグは口ひげを手の甲で拭うと、ふうっと太い息を吐い
た。

「まあ、時間をかければなんとかなると思うんだが、一
番問題なのは、その『時間』だな」

えと。

「どういうこと?」

「船が直る前に次の来訪者があれば、そこで俺が終わり
になる可能性があるってことさ」

ちん。
思わず、持っていたスプーンを取り落としてしまった。

皮肉っぽい笑いを浮かべて。
ダグが声を絞り出す。

「俺は。誰かがこの世の中を支配して回しているなんて
ことは信じない。全ては偶然のもたらす所作だと思って
る。だがな。……いや、だからこそ。次に誰かが来れば、
俺が終わりになるかも知れないってのも、回避出来ない
んだよ」

しばらく。
沈黙がテーブルを支配した。

フォークを皿に置いたダグが、静かに話し始める。

「この島にいた連中は。この前去ったリロイも含めて。
みんなそれに悩まされていた。突然来る終わり。旅立ち。
その意味が掴めないまま。急き立てられるように」

うん……。

「それに抵抗しようとすると、リロイのような結末にな
るかもしれない。俺は……」

両手の拳をテーブルの上で堅く握りしめて。
大きな声でダグが怒鳴った。

「その『時間』に負けたくないんだよっ!」

顔を真っ赤にしたダグ。
その顔を静かにクーベに向けて。
ダグは問いかける。

「リファが来た時に、おまえさんはリファに言ったろ?
定員は三名だけど、それが割れたことはないって」

「……ああ」

「そいつが、俺的にはどうにもしゃくに障るのさ」

「そうか」

「定員を割る。この島から、時限前に自分の意志で出る。
そういう前例を作りたい。俺自身の手で、馬鹿げた慣習
をぶっ壊したい」

みりみりみりっ。
握りしめたダグの拳から音がした。
額に青筋が浮いている。

怖い。

「俺は! リロイの時のような思いを、二度としたくな
いんだっ!」

はあはあはあ!

荒い息を吐いて。
汗を流して。
ダグはぶるぶると震えていた。

それが怒りなのか、恐怖から来るものなのか。
わたしには分からなかった。

クーベは。
ダグの豹変に驚くことなく。
淡々と聞いた。

「手伝いは要るか?」

「今は要らん」

ダグははっきり答えた。

「あれは俺の船だ。俺の運命は俺が決める。だが、時間
が俺をくじきそうになったら……」

ダグがすうっと頭を下げた。

「その時は手伝ってくれ」





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