《第二季 春 予告》

[三日目 午前]


ずっきん、ずっきん、ずっきん!

とんでもない頭痛と吐き気。
わたしの目覚めは最悪だった。

ダグの的確な警告。

『一時の快楽の代償が、ひどく大きいこともあるからな』

こういうことだったのね。

いい香り。
甘い口当たり。
口に含むと、ふわっといい気分になって。
全ての悩みが霧散する。

でも、そういう幸福な時間は短い。

意識を失って、いつの間にかベッドに寝かされていた。
はっと気付いて体を起こしたら……。

ぐっ。うえっ!

わたしは塔を駆け出て、真っ暗闇の中で、自分をえぐり
出すみたいに何度も吐いた。

何度も、何度も、何度も。
もう自分なんかなくなってしまえばいいと思うくらいに。

もう。
ダグも、クーベも。
よくこんなものを平気で飲めるなあ。

自分自身に対する情けなさで、気分が滅入る。
きっと。わたしがあんな衝動的な行動に出たのは、ダグ
の宣言のせいだろう。

「この島を出る……かあ」

リロイも感じてたんだろうけど、自分を失っている喪失
感が、どうしてもわたしを後ろ向きにさせる。
生活することの忙しさに紛らわせてるけど、ふと自分一
人になった時に、それに押し潰されそうになる。

ダグは。
それに耐えられなくなったんだろうか?

ダグはここから出て何を探すんだろう?
探すものが分からないうちに、ここを出るのは怖くない
んだろうか?

ああ、頭がぐるぐる回る。
だめだ。
今は何も考えちゃいけない。

もう少し休もう。


$いまじなりぃ*ふぁーむ-sim



「りーふぁー」

ん?

「リファ、もうそろそろ起きてメシを食ってくれ。片付
かん」

わたしの枕元に、少し困った顔のクーベが立っていた。

「ううー」

「くっくっく。やっぱり二日酔いになったか」

意地悪く、クーベが笑った。

「これが二日酔いって言うの?」

「そう。頭痛とか、吐き気とか、そういうのね。飲み過
ぎるとそうなるのさ」

「クーベはなったことあるの?」

「僕も最初酒を飲んだ時にはそうなったよ。加減を知ら
なかったからね」

「ダグは警告してくれなかったの?」

「その時は、まだダグはいなかったんだ。ペーターもシ
エロも、酒には底抜けに強かったからね。僕は巻き込ま
れたんだよ」

そっか。
わたしはペーターもシエロも知らない。
クーベが来た時に、彼らがクーベに何を教え、何を残し
たのかを全く知らないんだ。

わたしを起こしに来たクーベは、さっさとわたしの部屋
を出て、階段を下りていった。

その背中をちらっと見て。
わたしは溜息をつく。

クーベは、まめで親切なんだけど、どうも対応がドライ
なんだよね。
血が通ってる感じがしないっていうか、人形みたいだっ
ていうか。感情が見えない。

ダグは無口で怠け者なんだけど、よーく人を見てる。
皮肉屋ではあっても、視線に毒がなくて。
わたしやクーベの深いところを見通そうとする。

動のクーベ、静のダグって感じかなあ。

そして、二人に共通していること。
リロイと違って、二人ともわたしを女として扱わない。
でも、これもクーベとダグでは意味合いが違う。

ダグは、わたしが女だということを、あえて見ないよう
にしている感じがする。
でもクーベの中では、男女と言う区切りが最初からない
ように見える。

これも実に奇妙だ。

リロイがわたしの部屋に忍び込んだ時に、部屋を訪ねて
きたクーベが皮肉を言ってるから、そういうのを知らな
いということではなさそうだ。
でも、色ごとにまるっきり関心がないっていう風に見える。

それは、地下の泉で沐浴をする時によく分かる。

ダグは、わたしやクーベに一切自分の肌を見せない。
まるでそれが禁忌であるかのように。
わたしたちが揃って外に出ている時以外は、沐浴しない
みたいだ。

クーベは逆だ。

わたしが裸で沐浴をしていようがいまいが、さっさと服
を脱いで体を洗う。
そのこと自体に没頭して、わたしなんか目に入らない。
そんな感じ。

わたしも最初のうちはびくびくしてたけど、すっかり慣
れちゃった。

ああ、いけない。
またクーベに急かされる。
そろそろ起きよう。


$いまじなりぃ*ふぁーむ-sim



まだ痛む頭を押さえながらダイニングに入ると、ダグが
いなかった。
どきーっとする。

台所でごそごそ音がしてるから、クーベはいるんだろう。

「クーベ、ダグは?」

ひょいと頭を上げたクーベが答える。

「船を見に行ったよ。午前中いっぱいはかかり切りにな
るんじゃないかな?」

「手伝うの?」

「要請があればね。でも、ダグのことだから自分でやる
と言うと思うよ」

そんなものなのか。

吐き続けたわたしに配慮してくれたのか、スープではな
くて、薄味のおかゆが用意されていた。
ほっとする。

テーブルじゃなくて、暖炉の前にお皿を持って行って。
ゆっくり、ゆっくり食べた。

ふう。

「クーベ、ごちそうさま」

「ああ、お皿はこっちに戻しといてね」

わたしが暖炉の前でぼーっとしている間に、クーベは手
際良く台所を片付けて、手を拭きながら窓際に歩いて
行った。

「うん、これで二、三日は凪いで、暖かくなりそうだな」

「また草を摘むの?」

「続けるよ。今のうちじゃないと出来ないし。それに他
にも楽しみがあるしね」

「えと。それってなに?」

「外に出てみれば分かるよ」

「?」

なんだろ?
分かんないけど。
なんとなく、クーベが嬉しそうだ。

昨日の、厳しい表情のダグとは対照的。

ばたん!

急に扉が開いて、びっくりする。

「お? リファ。大丈夫か?」

「ええ、おかゆもらって、少し元気になった」

「ははは。二日酔いはきついからなあ」

「ダグは酔わないの?」

「あれっぽっちじゃね」

ダグは、ずかずかとダイニングを横切って、いつもの席
にどすんと腰を下ろした。
ラジオのスイッチはつけない。

窓際に立っていたクーベがダグに聞いた。

「船はどんな様子なの?」

「うーん……」

ダグが首を傾げる。

「まだよく分からん。だが、動かせるようになるまでは
相当かかるな」

「動かせるの?」

わたしも聞いてみる。
ダグはわたしたちを見ず、窓の外の海を見下ろしながら、
はっきり言い切った。

「動かす。意地でもな」





Un Piano Sur La Mer by Andre Gagnon