「ベティ!!」
その姿を見て、ミンティは悲鳴に近い声で少女の名を呼んだ。
昼間買ったばかりのワンピースがボロボロになっている。そんなになるまで、一体何をされたのか……
ミンティはブライムを睨みつけた。
「あなたベティに、何したの!? イルザくんは…?」
「……貴様が、ミンティという女か……」
質問には答えず、一人ごちるブライム。ラズルはさっきの態度とは一転して、姿勢を正し直立している。
「ご苦労だったな」
「は。しかし、鼠は取り損ねました。すみません」
「かまわん。きっとその鼠は、畑の外れでぐっすり眠っているだろう。あとは、私に任せたまえ」
「はい」
鼠、というのがイルザのことだと、ミンティには分かった。
眠らされたということは、殺されてはいないのだろう。そう、信じたかった。
ブライムは、少女を放り出すように手を離した。そのまま地面に座り込む少女。
そしてゆっくりと、ミンティの前に立つ。
「ベティ…!」
「初めまして。ブライム・ハーバーだ」
無表情のまま、一方的に話し始めるブライム。
「私の娘、レイスがお世話になったようだな。礼を言うぞ」
「娘…!?」
彼の発言に驚いたのはミンティだけではなかった。彼の背後に控えているラズルすら、驚愕の表情を隠せないでいる。
「そうだ。だから引き取りに来た。……しかし、レイスはお前の事が気に入っているようだ。そこで相談なのだが、我々に協力する気はないか? 協力すれば、レイスと一緒にいられるぞ?」
ブライムの眼光が怪しく光る。
もちろんミンティは、素直に応じるつもりはなった。
「協力って……一体、あなたはベティとわたしをどうするつもりですか?」
「話したら、協力してくれるのかね?」
「何も知らなければ、協力もできないわ」
ミンティは強気に発言する。今の状況を把握してないわけではないが、どうせ殺されるならば真実を知りたいという思いが強かった。
そんな彼女の態度にブライムは、
「……まあ、よかろう。それで協力しないのならば、殺すまでだ」
言い放ち、煙草を取り出す。火を付け、煙を吐く。
「レイスの力は、知っているな? 何人たりとも寄せ付けない、消去の力。しかし、お前には何の影響もなかった。それは、何故か――」
煙草を吸い、ミンティの目を見据える。
「お前は、この村の出身ではない。違うか?」
「…!」
唐突に真実をつかれ、動揺するミンティ。
「両親はなく、孤児として育ち、やがてこの村で一人暮らしをはじめた」
「ど、どうして…?」
心拍数がどんどん上がっていく。もしかして、この人は……
「私は、お前の正体を知っているからさ」
「!」
思わず、目を見開くミンティ。
「…わたしの、正体――?」
「なんだ、やはり無意識だったのか。偶然とは、恐ろしいものだな」
薄笑いを浮かべ、ブライム。
「ちょ、ちょっと待って。さっきから、何を言ってるの? わたしが、何――?」
「お前もまた、レイス同様、人ではない」
「―!!」
人ではない。その言葉に、ミンティは今度こそ言葉を失った。
「おそらく、天使の眷族に連なる精霊族の末裔だろう。人との間に生まれたのか、純粋な精霊族かは知らんが、人に近いという意味では、レイスとは大きく違うがな」
精霊族――それは、人とは違う世界に存在しているが、自然のバランスを保つため、人や動物、さまざまな形になってごく稀に現れる種族である。しかし、出身が不明だったり、やや変わった能力があるなどない限り、はっきりとした特徴もないため、実際に確認されている精霊族はほとんどいないに等しい。今現在、精霊族を見分けるための研究がなされているという噂は聞くが……。
本当に、本当だろうか? ミンティは動揺する心を抑えつけるかのように、疑いのまなざしをブライムに向ける。
「確たる証拠があるわけではない。が、証明できるものならある」
言うなり、左手首の蒼い宝石がついたバッチを見せる。
「これは、ティアーズ・サファイアと呼ばれる宝石だ。数少ない精霊族の涙を特殊な技法で凝固・圧縮させて造られた物だ。レイスの力を相殺することができる。お前がレイスの側にいても平気な理由、これで分かったんじゃないか?」
再び煙草を吸い、煙を吐く。
「レイスが着ている服を見ても分かる。お前の力が及ばないものには、レイスの力がダイレクトに現れる。しかもお前自身だけではない、村全体に与えていたレイスの力をも押さえつけ、復興させるほどの能力だ。これ以上ない、証明になるだろう」
「……」
ミンティは、何も言い返せない。本当に、自分が精霊族なのか、信じることができなかった。
ちらっと、ブライムは座り込んだ少女に目を向ける。
「我が娘とはいえ、あの力には手を焼くのでね。レイスが持つブラッディ・ルビーを介して、このティアーズ・サファイアでコントロールできなこともないが、限界がある。だから、お前に協力してほしいのだよ」
「…あの、ペンダント…」
「あぁ、あれはティアーズ・サファイアと対象の宝石だ。レイスの意識に反応し、力をコントロールする役割がある。狂った研究者が何千万という人間の血を圧縮・精製して作り上げたものだ」
ミンティのつぶやきに、恐ろしい説明をさらっと答えるブライム。
「な、何千万……」
「精霊族の涙を無理やり絞り取るのも悲惨だがな。どっちも狂った宝石には違いない」
自嘲気味に口をゆがめ、残り少なくなった煙草を吸うと、足元に吸い殻を落とし、踏みつける。
「そろそろいいだろう。答えを聞こうか」
「…ベティの力をどうするつもりなの?」
「大きな力を欲するのに、理由は一つしかないと思うが?」
それを聞き、ミンティは大きく深呼吸した。覚悟を決める。
「なら……協力できません」
体中が強張るのを感じた。手が、足が、小刻みに震える。
「そうか……残念だよ」
ブライムは静かにつぶやくと、数歩下がり、距離をとる。
ゆっくりと、腰に携えている剣を抜いた。
「悪く思わないでくれ。レイスの力の脅威となる存在は、消しておかなければならなのでな」
おもむろに剣を構えた、その時――
ヒュッ
風を切る音と共に、
「させるかぁ!」
キィイィン!
激しい鍔迫り音が響く。
「…ラズル…貴様…」
背後から切りかかったラズルに、気配で察したブライムは、振り向きざまその剣を受けたのだ。
「レイスの捜索協力にミンティちゃんの捕獲。依頼された仕事はここまでだ。彼女を殺すことは内容に含まれていないぜ」
「だから、邪魔をするというのか? ふん、愚かな奴め!」
押し返し、その勢いで離れ、体勢を立て直す。
「私に従っていれば、それなりの地位を与えてやったというのに」
「もう世界を取ったつもりかよ? 気が早えなあ!」
言い終える前に、切りかかるラズル。
臆せず、ブライムは軽く受け流す。
「そういうお前は、女を守るナイトのつもりか?」
「悪いか! 俺にとっちゃ世界なんざどうでもいいね!」
絶えず攻撃を続けがら言う。
「だが、彼女を殺すって言うんなら、話は別だ!」
カキィン!
ラズルの剣が、ブライムの甲冑をかすった。
「むう…っ!」
ブライムは、ラズルからいったん離れ、間合いを取る。
荒々しい攻撃だが、的確に繰り出してくるその腕前は、雑魚のそれとは比べ物にならない。やや圧倒されているかのように見えるブライムだが、その表情にはまだ余裕があった。
「レイスを連れて、俺とミンティちゃんの前から消えてくれませんかねぇ?」
「無理な相談だな。この女はいずれ邪魔になる。今のうちに消しておきたいのでな」
「なら……」
ラズルは、隙を見せぬまま、スッと剣の構えを解く。
「お前の野望を断つまで!」
言うなり、少女へ剣を向け、振り下ろす!
「――だめぇぇぇぇ!」
ミンティの悲鳴が響く!
しかし、ブライムは慌てた様子もなく、
「…ふっ、バカめ」
にやりっと笑うと、左手の蒼い宝石が光を放つ。
「――ア、ア……アアア――」
少女の胸元にも、同時に赤い光が宿る。
ぶうぅぅぅぅん!!!!!!!
鼓膜まで震えるような、振動音が響いたかと思うと、
「う、ぐ、うああああああああああああああああ!!!!!!!!」
少女の周りから、蜃気楼のように歪んだその力が広範囲に広がる。
近くにいたラズルはあっという間に飲みこまれた。身体がどんどん、溶けるように消え始める。
「い、いやあ!」
その光景をまともに見ることができず、ミンティは目をそらした。ぽろぽろと、涙が落ちる。
「ふ、ふふふ……はははははは! すごい! これはすごいぞ!」
ブライムは歓喜に満ちた表情で、ラズルが消えていく様を最後まで眺めていた。
――続く――