少女はゆっくりと目を覚ました。
――また、か――
そんな思いが頭をめぐる。こうやって目覚めるのは何度目だろうか。次に起こる出来事が分かる。いつものことだ。一体、何度繰り返せば終わるのだろう。さすがに、飽きてきた。
「おはよう。気分はどう?」
幻聴? こんな明るい声が聞こえてくるとは、相当……
「っ!?」
ガバっと、少女は勢いよく身を起こした。目の前には、女性の笑顔。
「!」
思わず身を引く。少女は目を見開いて、今の現状を必死に把握しようとしていた。
「安心して、ここは私の家よ。私以外誰もいないから、ゆっくり休んでいくといいわ」
言われて、周りを見渡してみる。決して広いとは言えない部屋だが、木を基調としたその内装はいたってシンプルで、使いやすいように整理されている。少女はベットの上に寝かされていた。
「私は、ミートリット。ミンティって呼んでね」
ミンティは少女のそばを離れ、テーブルにお茶を用意し始める。
「……?」
――おかしい。いつもと違う。
そんな戸惑いが、少女を襲っていた。違和感が気持ち悪い。
「聞いてもいいかな?」
カップを少女に差し出し、ミンティ。思わず受け取る。気持ち悪さを洗い流すように、お茶を一口含む。
「キミ、名前は? どこから来たの? 一人? 旅してきたように見えるけど、両親はいないの?」
立て続けに質問をする。少女は黙って、ミンティを見つめた。
「……――」
やがて口を開く。しかし、言葉は出てこない。それを見て、
「もしかして、話せないのかな? 言葉、分からない?」
少女はうつむき、再びお茶を口にする。
「そっか。うーん」
ミンティは考えるそぶりで、少女を見つめた。
その視線に耐えきれず、少女は思わず目をそらす。お茶のおかげか、気持ち悪さが少しずつ抜けてきてる。
「よし、決めた!」
ミンティは立ち上がり、戸棚から裁縫セットを取り出した。椅子に腰かけ、
「しばらく、キミを預かることにするね」
「!?」
笑顔で言うミンティに、思わず身を乗り出す。ベットから落っこちそうになり、慌てて体制をもどした。
「気にしなくていいよ。何にも分からない状態で、キミを追い出すなんて、私には出来ないもの」
布を型紙にあて、印をつけながら言う。
「もし両親がいるなら、そのうち訪ねてくるだろうし。あ、もしかして行く宛てあるのかな?」
聞かれて、少女は複雑な表情をした。言葉は分からないが、言っている意味は何となく捉えているからだ。
「……それも、なさそうね。まあ、どっちにしても疲労が激しそうだから、すぐには発てないでしょ」
手際良く布を裁断していく。シャキシャキと、ハサミの音が心地いい。
「キミが何者で、何の目的があって、何をしにこの村に来たのかは分からないけど、食事もできてない状態でいるより、マシだと思うわ。ここにいれば、衣食住に不自由はないしね」
針に糸を通し、生地を縫い合わせていく。
「もちろん、タダって訳にはいかないけど……そうね、家事を手伝ってくれれば、それでいいわ。それで、少しずつ言葉を覚えてって、いつか私に説明してくれると、嬉しいかな」
「……」
不思議だった。いつもと違うこの状況と、明るく話しかけてくるミンティという女性が。
目が覚めると、そこに人がいたことはなかった。いても屍だったり、生きていても、恐れおののき逃げ出すものばかり。いつも自分の周りにはなにもなかった。吹きすさぶ風、荒野、乾燥した空気……。
「はい、出来た!」
ジャンっと見せてきたのは、ワンピースだ。緑にかわいらしい白い花柄の生地。
「かわいいでしょ? 絶対に似合うよ! あ、着替える前にお風呂しなきゃね」
嬉しそうに少女の世話を始めるミンティ。戸惑いを隠せない少女に構わず話す。
「なんか、妹ができたみたい。私、ずっと一人だったから、嬉しいなぁ。あ、そうだ名前。本名分からないから、勝手につけちゃってもいい?」
じーっと少女を見つめるミンティ。名前…?
「せっかくだから、姉妹っぽい名前がいいよね。私がミンティだから……ベティってのはどう?」
パチッとウィンクをして
「よろしくね、ベティ!」
複雑な表情のまま、ベティと名付けられた少女は、小さく頷くしかなかった。
こうして、ミンティとの生活が始まった。
――続く――