OUT of HARMONY (1) | 水穂の小説置き場とひとりごと

水穂の小説置き場とひとりごと

ファンタジー小説を執筆中……のはずw

 乾燥した空気。すべての水分を奪おうとするかのように吹き荒れる、乾いた風。

 荒野にせんとばかりに、木々が枯れていく。空はどんよりと暗く、淀んでいた。

 そんな日が何日続いたのだろう。もう忘れてしまった。

 今まで、こんな不安定な状況は経験したことがない。まるで生気を無くしていくかのように、村の人々も元気がないようだ。

 しかし、彼女は違った。普段通りに起きて、朝食を作って食べ、お皿を洗って仕度し、

「いってきま~す!」

 誰もいない家、部屋。しかし誰かがいるかのように明るくそう言って、家を出た。

 すらりとしたスタイルに、背も高い。村でも人気の彼女は、近くのレストランでウェイトレスをしている。

 ゆるく一つにまとめられた長い黒髪が、彼女の美しさを一層ひきたたせている。

「おはようございます!」

 淀んだ空気を吹き飛ばすかのように、明るい声で店に入る。

「……あぁ、ミンティか。おはよう」

 厨房から顔を出し、声の主を認めると、不機嫌ともとれる低い口調で言ったのは、ここのオーナー兼シェフのルドだ。

 彼女――ミンティは構わず厨房に入っていく。

「ルドさん、今日は天気がいいですね。少し暖かくなるかもしれませんから、氷を多めに作っておきますね」

 そう言うと、エプロンをつけて作業に入る。

 彼女はウェイトレスだけでなく、開店準備の仕込みもやるようだ。

「天気がいい、か。こんな状態が毎日続くと、天気の良し悪しなんか、わかりゃしないよ……」

「あら? また奥さんと喧嘩でもしたんですか?」

 カラカラと笑う彼女。しかし、ルドは無反応だ。

「……ふぅ、仕方ないなぁ……」

 小さくつぶやいて、空いてるグラスを手に取り、氷を入れる。

 ミンティも、現状を把握してないわけではない。でも、それにのまれていても仕方がないのだ。

 無理に元気を出せ、と言ってもそれは本人次第で、意味のないこと。

 それに、何か病気にかかったかのように、村全体がみんなこんな状態なのだ。

「はい、ルドさん」

 そう言って、ミンティはグラスをルドに差し出した。

「ん?」

「ミンティ特製ドリンクです。これ飲んで、今日を乗り切りましょう!」

「……ありがとう。いつも、すまないね」

 今日初めて、ルドは小さな笑みを見せた。ミンティはニコっと笑うと

「それじゃあ、そろそろ看板出してきますね」

 テキパキと仕事を始めた。


 数時間前。村の外れに、激しい風が集まっていた。

 木々をなぎ倒し、巻き上げ、落下しては、舞い上がる。

 その中心に、一人の少女。黄金に輝くはずの髪はくすんで、引きちぎられたかの様に痛み、激しい風に抵抗することもなくはためいている。その眼は閉じられ、眠っているかのようだ。

 身にまとっているものは、一枚の布。もとはワンピースか何かだったのだろうか。原形をとどめておらず、わずかに肌を隠している程度だ。

 胸元にはペンダントが一つ。赤く輝きを放つ石が妙に目につく。

 やがて、少女はゆっくりと目を開けた。

 とたんに風が止み、少女の身体がしっかりと地面に立ち尽くす。

「……」

 周りを見渡す。少女のあたりにはただの地面。草もない。

 舞い上がっていた木々たちは、かなり遠くに飛ばされてしまったのか、全く見当たらない。

 そして見えたのは、小さな村。

 少女はゆっくりと、その村に向かって歩き出した。


 お昼時。お店が一番忙しくなる時間。

 ミンティが働くお店では、今日もたくさんのお客さんでにぎわっていた。

「おーい、ミンティちゃん。今日も来たぜ~」

 まさに屈強と呼ぶにふさわしい、筋肉質たっぷりな身体の大男が数人、店に入ってきた。しっかりした防具を身にまとい、その腰には剣を携えている。

「いらっしゃいませ。いつもお疲れ様です」

 水を差しだして、ミンティが笑顔で言う。

 彼らはこの村の警護隊である。外敵から村を守るのが仕事だが、いたって平和なこの村で活躍することはあまりない。むしろ土木作業がメインとなっている。

「今日も異常なし、ですか?」

「おう。この変な雰囲気以外は、なんも異常ねえな」

 つまらなさそうに、大男――警護隊の隊長が言う。

「ちょっと前みてぇに明るい村なるよう、原因を捜してんだがな……」

「大丈夫ですよ。少しずつですけど、天気も良くなってきてますし、みんなも元気になりつつあります」

「そりゃあ、ミンティちゃんの笑顔があれば、誰でも元気になるってもんだ」

 ガハハ、大口で笑う。ミンティは少し照れながら、

「ありがとうございます。今日は何にしますか?」

「そうだな、いっつもA定食だから、たまには違うのにするかな」

「じゃあ、オススメがありますよ。珍しくお魚が手に入ったんです」

 この村は、内陸の奥に位置しているため、めったに魚が手に入ることはない。近くの川にいないこともないが、取れても小魚である。

 ここでいう魚は、海でとれたものである。

「お! いいねぇ! じゃあ、それ頂こうかな」

「はい! 少々お待ち下さいね」

(よかった……)

 厨房に戻りつつ、ミンティは少し安堵した。

 というのも、常連の隊長があのように笑ったのを見たのは、かなり久しぶりだったからだ。

 本人はきっと気付いていないだろう、昨日までの無気力さを。

(私の感は当たってるんだわ。きっともっとよくなる)

 普段から元気なミンティであったが、今日はいつも以上に明るさを増して接客ができそうだ。

「うわあ!」

 突然の悲鳴が上がったのは、ミンティが食事をのせたトレイを持って、ちょうど厨房から出てきた時だった。

「く、くるなぁ……!」

 一人の男性が、恐怖に顔をひきつらせながら叫ぶ。その目の先は、店の入り口――

 ガシャアァァァン!

 激しい音ともに、窓ガラスが粉々に砕ける。

「キャア!」

 誰かの悲鳴。それを合図とするかのように、まだ若い新米警護隊員の一人が入り口に向かって走りだした。

「なんだ貴様はぁ!」

 剣を抜き、飛びかかる!

 むわぁぁん…っ

 耳障りな音が聞こえたかと思うと、男の剣が“それ”に届く前にゆがみ、消える――。

「な……っ」

 危険を察知したか、素早く後ずさる。

 誰も言葉を発することができず、見ているものが現実のものかも理解できないくらい、立ち尽くしていた。

「……ちょっと、何?」

 声を発したのは、ミンティだった。持っていたトレイを近くのテーブルに置き、スタスタとフロアに出る。

 店内の客が一点に見ている入り口――そこに目をやると、一人の少女が立っていた。

「あら、小さなお客さんね。いらっしゃい」

「おいおいおいおい!」

 変わらずの明るい声で言うミンティに、常連の隊長が慌てる。

「見てなかったのか? ガラスを割ったり、剣をいきなり消したりしたのはこいつだぞ!?」

「……でも、女の子ですよ?」

 キョトン、とミンティ。

「いや、しかし……この雰囲気に、この力は……」

 彼の言うことなど気にせず、ミンティは少女に近づく。

 一瞬、店内がざわついたが、誰もミンティを止める者はいなかった。

「キミ、お腹すいてるんじゃない?」

 少女の前にしゃがみ、話しかける。

「事情は後でゆっくり聞くから、とりあえずこっちに来て座って。今、食事出してあげるからね」

 ミンティは少女をうながし、席に着かせた。そして先ほどのトレイを少女のテーブルに置く。

「あぁ! 俺の魚!」

 後ろで大男の抗議の声があったが、ミンティはウインクひとつで黙らせた。

「遠慮しなくていいよ。私がおごってあげるから」

 少女の身なりを見てわかる。お金など持っているはずがない。分かってて彼女は食事を出しているのだ。

 その様子を見ていた店内の客たちは、こそこそとお金を置くなり店を出て行った。

「もー、みんなどうしちゃったのかしら?」

 不思議がる彼女に、大男が近づき、腕を引っ張る。

「ちょっと、何ですか?」

「ミンティちゃん、悪いこと言わない。そのこ、食事させたらすぐ店から……いや、村から出てってもらえ」

「え? なんでですか?」

「それは、その……」

 言い淀む彼に、ミンティはむっとして、

「人を見た目で判断したら、いけないと思います。こんな身なりしてますけど、だからこそ助けあいは必要です」

「いや、そういうことじゃない」

 今度はピシッっと言い放つ。

「この子は……何かわからんが、不思議な力がある。それは、決していい力じゃない。この店の状況見て分かるだろ?」

 確かに、彼の言うとおりだ。触れずにガラスを割ったり、剣を消したりなんて、普通は出来るものではない。

「なにか、危険なにおいがする。関わらない方がいい」

「……ご忠告、ありがとうございます。でも私、この子ほっとけません」

 そう言うと、ミンティは少女のもとへ戻って行った。

 すると、少女はきれいに食事を終えていた。その顔に表情はない。

「残さず食べてくれたのね。ありがとう」

 にっこり笑ってミンティが声をかける。少女は振り向いてしばらくミンティの顔を見つめていたが、やがて立ち上がり、出口に歩き出した。

「あ、ちょっと、どこ行くの?」

 ミンティが慌てて追いかけると、少女は出口のところで立ち止まり――

 崩れ落ちるように倒れ、気を失った。



――続く――



OUT of HARMONY (2)