インテルがバルサに守備的なサッカーで勝ったことについて、オシムが批判している。

良い選手を集めてあのような守備的なサッカーをするものではない、と。

まあ、たしかにお金をかけて良い選手を集めて守備的なサッカーをするというのはどうかと思うよね。

でも、男にはどうしても負けたくない戦いっていうのもあると思うから、たとえオシムの台詞でもこれは納得できない。

モウリーニョがバルサを相手に美しく散ればよかったとでもいうのかな? まるでバルセロニスタの言い草だ。

オシムともあろうひとがモウリーニョの心中を察せられないわけではないと思うし、かといってバルサと打ち合いをすれば大概のチームは、インテルといえども負けるはず。

オシムはそう思っていないのだろうか? まあ、自分が指揮すればバルサと打ち合って勝てるとでもいいたいのかも知れないね…

今回のインテルのサッカーが弱者の智恵の範囲内かどうかは難しいけれど、美しく負けよというひとたちには地位も名誉もあるひとたちが多い。

全チームが攻撃的サッカーをやって、より良いサッカーをやったところが勝つ? 理想を語りすぎだね。

仮にそうなればそうなったで、たくさんお金があるチームがよりよい選手を集めて勝つようになるに決まっている。ならなければそれもおかしな話だ。

今シーズンのチャンピオンズリーグが始まった時点で決勝がこの対決になると誰が考えていただろう。

ファン・ファールは試合後に「効率的なサッカーをやったチームが勝った」と語っている。

その通りだね、

しかし、リバウドをサイドに閉じ込めて夢も希望もないサッカーをやって、シーズン始めはリベリーと諍いを起こしたのに、結局はリベリーに頼って勝って、しかし、リベリー不在では勝てない。そういう自身のサッカーの限界を露呈したとは思わないのだろうかね。

効率的でもなく、スペクタクルでもない窮屈なサッカー。古典的オランダサッカーの限界だと感じた。

バルサのサッカーはオランダサッカーを手本にできたわけだが、クライフ時代からファン・ファール時代まで、コの字にボールが回ることが多くて非常に退屈な時間が多いサッカーだった。

まあ、地元のひとたちは「オーレ、オーレ」で喜ぶんだろうけれどね。

右サイドハーフ、右サイドバック、ラインチェンジ、左サイドバック、左サイドハーフ。

で、ボールの行き着いた先にロッベンとリベリーのドリブラー。昔ならオーフェルマルスにリバウド。リバウドのドリブルは前に進まないからダメな選手というのがファン・ファールの評価だった。

そこにロナウジーニョやメッシが入って新たな要素が加わった。

古典的なウインガーではない仕事をやれる選手が変化を生み出す。本当はリバウドもそういう選手だったのにファン・ハールはリバウドにタッチラインに張り付いているように要求してチームはめちゃくちゃになった。

いちはしの評価では今日のファン・ハールのサッカーは前時代のサッカー。リベリーがいれば違っただろうけれど、それは監督の手柄とも思えない。今日の試合を見ていれば彼の考えは古いままで硬直していると感じた。

まあ、弟子に負けて悔しいのは師匠の方だろうから、このふたりの試合後のプライベートの会話を聞きたいね。

もうひとつ、噂されているようにモウリーニョがレアルに行ったら、こんな守備的サッカーはオシムでなくともサポーターに許されないだろうからどのようにチームを作るのか、興味津々だね。

一説では補強の権限も自分に寄こせとモウリーニョが言っていると書いている新聞があるので、話がどう収まるのか注目したい。