一般医も緩和ケアを習熟すべきだ→それが無理なら... | がん治療の虚実

一般医も緩和ケアを習熟すべきだ→それが無理なら...

---この記事は「近藤誠氏への批判③がん治療の専門化が近藤理論に利する理由」の番外編です。

誰でも専門医に診てもらいたい。
これは異存が無いことだろう、チャンスがあれば。

自宅あるいは公共の場で突然意識を失って倒れた場合、特にそれが窒息や心血管系の致死的不整脈で起こった場合、最初の5分間の対応が死命を制する(脳は5分の低酸素でだめになるから)。

こういった場合循環器専門医や救急専門医がその場にいるケースは稀だろう。つまり医師不足がどうのこうのというレベルではないことは誰でもわかる。
その場に居合わせる人は医療とは関係の無い一般人が普通だからだ。

BLS:一次救命処置(Basic Life Support)
http://www.acls.jp/ipn_bls_what.php
というものがあり、救急隊や医師に引き継ぐまでの応急処置を指す。

これは講習を受ける必要があるが、手順としては薬剤や(後述のAED以外の)専門器具を使う必要が無い。

つまり一般人でもできる救急処置で、かつあとでどんな高度な救命処置をおこなっても取り戻しがつかない、貴重な発症直後の時期におこなわれる。

最近では致死的不整脈に対するAED(自動体外式除細動器)が至る所に設置されていることを知っている人も多いと思う。
一般人であっても講習さえ受ければ、発症直後でないと間に合わない救命処置ができるこの装置は画期的な発想だと思う。

ひるがえって、がん緩和療法について考える。
実はこのBLSに近い発想が必要ではないかと個人的には考えている。

つまり、緩和療法は一般の方々もある程度知っておいてほしいということだ。

その昔、緩和療法という言葉が無いに等しく、マスメディアを通じてホスピスという言葉だけがかろうじて知られていた時期があった。
抗がん剤のイメージが悪く、モルヒネは最終末期に使うものとされていた時代だ。

自分が医師になったばかりの時、がん終末期の患者さんの状況に疑問を持ったことがある。
大学の医局に在籍していると、若いときは定期的に勤務病院が変わるだけでなく、しょっちゅういろんな病院に当直に行く。
当直先の病棟医から引き継ぎの説明を受けるが、気になる言葉があった。

「このがんの患者さんはend stage(最終末期)で、もうする事はありません」

医療者間で何気なく使い、よく聞かれる言葉だ。

最初の頃は何気なく聞いていたが、次第にそれは違うだろうと思うようになった。

終末期に近づくにつれて、患者さんの苦痛はひどくなり、それを見届けなければならない家族の苦悩はいかばかりか。

もともと医師というのは、病気を治して患者さんに喜んでもらいたいという意識は強いのだが、苦痛緩和に関してはやや敏感とは言えない人もいる。

これは検査値のように明確な指標がないこと、日本人の患者さん自身が我慢して、医師にあまり伝えない傾向があるためかもしれない。

また治療とは「病気が改善する」ためにあると思い込んでいると、回復の望みがなくなったがん終末期の患者さんにやれることはないとつい表現してしまうのだろう。

がんの進行を押しとどめることができず、どんどん病状が悪化してくると、辛そうにしている患者さんの部屋に行ってもあまりできることがない主治医は、だんだん病室から足が遠のく。

主治医自身もそういう状況を見るのが辛いからだ。
モルヒネを代表とする医療用麻薬は事務処理の煩雑さと、使用するのは最期の時にという偏見から、なかなか使ってもらえず、患者さんと家族は窮地に追い込まれるという場面が少なくなかった。

これは15年ほど前までは、がん告知の問題も絡んで、がんの終末期医療は特殊なものと思われていたためでもある。

さすがに今はこんな状況は少ないと思われるかもしれないが、例によって

・「専門化」が著しいため、緩和療法は専門外だからと敬遠する
・抗がん剤治療も緩和療法も最近でこそ、有用なことが知られているが、15年以上前に医師になった人はがん終末期の古いイメージから抜けきれない

という問題が生じている場合がある。

がん治療が進歩したのは良いのだが、高齢化に伴い、がん患者総数は増えている。

そうすると緩和ケア病棟の絶対数が少ない上に、高齢化による認知症や糖尿病、心疾患、脳血管障害などを持った終末期がん患者さんが、がん専門病院にたどり着けないことも珍しくはない。
在宅で治療継続するケースも多い。

となると一般病院、診療所全てが、緩和ケアに精通しておく必要があるのではないだろうか。

先にがん患者さんの状況が悪くなると主治医は病室に足が向かなくことがあると記載したが、逆にそういう状況こそ、苦痛、不安緩和のためにして上げられることがたくさんあるはずだ。

「もうする事がない」という言葉は、病気を治す一辺倒の考え方の弊害であるが、苦痛緩和の重要さをわかっていても、その武器がある事を(専門外だから)知らないと医師は病室に入るのが辛くなるわけだ。
前回: PEACEプロジェクトhttp://www.jspm-peace.jp/about/index.html
について書いたが、これは「すべてのがん診療に携わる医師が2日間の研修で、緩和ケアについての基本的な知識を習得する」ことを目標としている。

しかしこれはあくまでも自主的な研修だから、実際のがん患者さんがかかっている病院、診療所の医師が緩和医療に詳しいとは限らない。

無論緩和ケア専門施設に紹介してもらえたら良いのだが、諸般の事情でそうはいかないときはどうするか?

それは患者さん本人とその家族が緩和療法を学習することが近道だ。

そんな難しいことができるはずが無いと思われる向きもあるだろうが、自分のがん種、症状の範囲だけ学習すれば良い。

むしろ、痛みなどのがん身体症状は主治医より患者さん本人が最も敏感であるはずだ。しかし医療側になかなか伝えづらく、対処してもらえない事もある。

そんなときは自分の症状に対してどんな薬剤を使う事ができるのかを自分で調べて主治医あるいは看護師に要望してみると良いだろう。

そのための学習に役に立つ書籍を紹介する。

間違いだらけの緩和薬選び ―世界一簡単な緩和薬の本/中外医学社

¥3,150
大津 秀一 (著)
著者自身の紹介ブログ
刑務所で緩和ケア 賛否両論 要はこういうこと 第三の、容易ではないけれども、最高の道
http://ameblo.jp/setakan/entry-11554859607.html#main
文字も大きく、実戦的な薬剤の使い方のエッセンスを紹介してくれているので、自分の該当する症状に有効な薬剤をメモして要望してみても良いだろう。
また緩和ケアはがんと診断された直後から併用されるべきものなので、どんな段階のがん患者さんでも参考となるはずだ。

患者さんから医師に薬を要求するなんてと思うかもしれないが、死ぬほど辛い苦痛を少しでも和らげるためには何でもやる覚悟が必要だ。

主治医は緩和ケア医でもない限り、この本に書いてある緩和薬の使い方を全て知っている事も無いだろうから、該当ページのコピーを渡しても良いだろう。
やり方としては

「○○の症状が辛いようなのですが、この本に書いてあるこういった薬剤とか試してもらう事は可能でしょうか?」

という感じで伝えると良い。

出所や根拠不明な代替医療を要求するのとは違い、簡単そうでも専門書からの要望を主治医も無視するわけにはいかないはずだ。

※このブログを見ている活動性の高い方々は、苦痛緩和がこんなに不自由な状態の病院が今時あるのかと思われるかもしれない。しかしネットを使うこともできない高齢者のがん患者さんはたくさんいて、大都市の専門病院と地方の一部の一般病院の状況はかなり差があることを知っておいてほしい。