検診、手術至上主義に対する疑問への回答③欧米の胃がん治療成績は日本には通用しない | がん治療の虚実

検診、手術至上主義に対する疑問への回答③欧米の胃がん治療成績は日本には通用しない

NANAさんからのコメントへの回答のつづきです。
③・日本においては拡大手術をやりすぎており、欧米でも悪性度の低い腫瘍に対しての過剰治療が問題となっている。

日本では科学的な検証がされていない(欧米では有効性に否定的な比較試験結果が出ているにもかかわらず)、合併症や後遺症のリスクが大きく高まる広範なリンパ節を郭清する拡大手術が消化器系がんや卵巣がんなどで未だに広く行われています。そういう意味も含めて日本では手術のし過ぎという問題もあると思います。

かつて消化器系がんの治療成績向上を目指して拡大手術が広くおこなわれましたが、それが実際には良好な予後には結びつくとは限らないため、最近では侵襲度を低くした縮小手術の方が熱心に開発されています。
腹腔鏡下手術やESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)などです。
さて上記の有効性が否定されたとある例は胃がんに対するD2郭清手技のことでしょうか?
胃がん切除術はがんの発生した胃に加え、転移があるかもしれない近傍の所属リンパ節も切除します(郭清術)。
がんが所属リンパ節に転移再発することを防止あるいは、察知するためにおこないますが、D2郭清に加え大動脈周囲のリンパ節まで郭清するD3郭清術は予後は向上しないことが日本国内の比較臨床試験(JCOG9501試験)で結論づけられています。
さて、広範なリンパ節郭清の有効性に否定的な比較試験とはオランダを中心におこなわれた胃切除術にD1か D2郭清のどちらかをおこなう比較臨床試験( Dutch Gastric Cancer Group Trial)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15082726.
がおこなわれ、より広範にリンパ節郭清をおこなうD2郭清の有効性が証明出来なかったことをNANAさんは言及していると推察しました。
エビデンス度の高い臨床試験で否定的だからそれに従うべきと思われているかもしれませんが、事はそう単純ではありません。

がん治療の虚実-日本と西洋の胃がん患者


まず上記のオランダの臨床試験を指導した兵庫医科大学 外科教授 笹子三津留先生の数年前にあった講演から引用します
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嘘のような本当の話
・米国ではstage Iの胃がん切除後の5年生存率は50%(日本は90%以上)
・欧州では胃内視鏡検査時に写真を撮らない
・欧米では術前に早期胃癌という診断は困難
・英国では胃がん治癒切除後の断端陽性率(がん取り残しのこと)は20%
・欧州では胃がんと診断されれば病巣がどこにあっても胃全摘術を行う人がまだ多い
・欧州では進行胃がんに対して化学療法のセカンドライン(二番目の種類の化学療法)はほとんどおこなわれない
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欧米で胃がん切除術を受けるのは本当に命がけです。
信じ難いかもしれませんが10人に1人は術死する(10%)と言われていますから、日本の胃がん手術環境とは雲泥の差です(日本のD2郭清術の手術死亡率は2%以下)。
なぜこんなに差があるかというと
・欧米では胃がんが少なく、切除郭清術が成熟していない
・欧米人は肥満や虚血性心疾患合併が多く、手術が困難。
・欧米人は術中、術後の血栓症が多い。

さらに前述のオランダの試験は胃がん切除術にあまり習熟していない医師、施設が多く参加したため、術死が多かったのではないかと言われています。

日本の外科手術は優秀とされていますが、欧米でも食道がんなどのもっと難度の高い外科治療は患者が専門施設で集中的に治療を受けるので手術成績は悪くありません。
しかしあまり多くない胃がん手術は一般病院では日本よりずっと劣ると考えられています。

ただそれでもしっかりトレーニングを受けた外科医が手術した場合はD2郭清でも治療成績が向上したというスペイン、イタリアからの報告があります。http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15028313.

また欧米では胃癌治療に放射線療法が使われることがあります。
これは胃の上部(噴門部周囲)から発生するがんが多く、放射線照射しやすい(胃の上部はあまり位置が蠕動で動かないから)ためもありますが、手術が相当危険なので、あるいは術後断端陽性率が高いため効果不十分な放射線治療の選択肢が用意されていると考えられます。

ちなみに日本ではもともと胃がん患者が多く、一般病院においても手術が多く成績も良いため、放射線治療はほとんど考えられないとされています。

笹子先生が言うには
診断が違う⇒術前診断、術後病理診断
手術が違う⇒リンパ節郭清、切除断端
患者が違う⇒肥満度、心疾患などの併存疾患の違い
設備が違う⇒病院の胃がん手術症例が少ない

エビデンスを重視するのは大事ですが、臨床試験の結果だけでなく、その背景(人種や医療環境の差、試験デザインの内容)を勘案して評価すべきです。

今回の考察はNCCNガイドラインと胃癌治療ガイドライン、上述したオランダの臨床試験を指導した笹子先生の講演から引用しています。
つづく...