みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~


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  • 11 Dec
    • 風邪予防対策シリーズまとめ・検索(2017.12月リライト)

      アメブロをはじめたばかりの頃に書いた風邪予防対策シリーズをもう一度書き直していくことにしました。風邪予防対策シリーズという一連の記事を昔書きました。アメブロをはじめたばかりだったので表記や書き方が悪くメッチャ読みにくかったのですが、内容は、結構いけてたはずと思っていました。もったいないので風邪シーズン到来に合わせて書き直してアップしていくことにしました。まず、表記やわかりにくい文章を簡潔にしたいと思います。そして、もうちょっと見易くなるように工夫してあげ直していきます。第一弾として最後に書いたまとめから上げます。順番はテレコになってますが内容の記事も順番にリライトしていきます。よろしくおねがいします!!風邪予防対策まとめ・検索 A:外邪を近づけない ・・・対象者:ほぼ全ての人に当てはまります a1:空気中の菌・ウイルスを減らす あ:人混み・密室を避ける い:窓を開けて換気する・加湿器を使う a2:口・鼻から入る菌・ウイルスを減らす う:手洗い え:ウガイ・歯磨 お:マスク B:外邪の侵入路(鼻・ノド・口)を塞ぐ ・・・対象者:鼻・ノドが弱い人 b1:ノドを潤おす・・・対象者:口が乾く人 か:ウガイ・歯磨き・・・特に歯茎の腫れやすい人、歯槽膿漏のある人は重要 き:マスク:鼻呼吸を誘導(口呼吸を防ぐ) b2:温める・・・対象者:首・背中が冷える人 け:頭の付け根~うなじを温める b3:体操でノドの気血の巡りを良くする ・・・対象者:首・ノド・アゴまわり・肩まわりが凝ってる人 こ:舌本体操・・・対象者:むせやすい人、ノドをよく詰まらせる人 さ:うなじ~後頚部の体操・・・対象者:ノドが乾燥しやすい人 C:体調を整えて防御力を強くする ・・・対象者:身体の衰えを感じる人 c1:胃腸を整える し:食べ過ぎない・良くかむ・・・対象者:早食い・大食いの人 c2:身体に水分を溜めないようにする・・・対象者:身体が水っぽい人 す:食べ過ぎない・良くかむ・・・対象者:食後眠たくだるくなる人 せ:腎臓のウラを温める・・・対象者:腰~背中が冷えて身体がむくみやすい人 c3:免疫力をあげる そ:背中を温める・・・対象者:背中が冷える人 た:胸をひらく体操・・・・対象者:息が浅く声が小さい人 c4:呼吸を整える ち:胸をひらく体操・・・対象者:息が浅い・息が上がりやすい人 つ:ストレスを減らす・・・・対象者:緊張やストレスで息が浅くなりやすい人 c5:姿勢を整える て:あしゆび体操・・・・・対象者:背中が丸い、後が重心の人 と:胸をひらく体操・・・・対象者:胸郭が硬く背中が丸い c6:よく寝る・・・対象者:睡眠不足の人、昼ねむたい人 な:よく眠る ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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    • 統計学と「からだ」の間によこたわるモノ⑬…“空に飛び上がって降りてこない”ってどんなこと?

      統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑬…“空に飛び上がって降りてこない”ってどんなこと?~統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑫…客観的、理性的かつ良心的な態度が不安をかき立てる~の続き統計学者さんや学者さんは、客観的・理性的、かつ、良心的に振る舞おうとしています。けれども、その素晴らしいはずの態度自体が、統計学の予言的傾向からもたらされる不安にさらに拍車をかけていると書きました。そして、不安を増長してしまう様を、“空に飛び上がって降りてこない”という風に表現しました。では、この“空に飛び上がって降りてこない”とは、具体的にどんな状態をさすのでしょうか?疑問文を投げ込んどいて恐縮なのですが、実は書いてる私自身もあんまりよくわかっていません。ただ、暗闇を歩いていて、いつもぶつかる壁の前で、「ここになんかある!」と叫んでいるだけなのです。それを、とりあえず“空に飛び上がって降りてこない”と表現しただけなのです。いやむしろ、よくわからないから書いているのです。書いていたらなんかわかるかもしれない・・・と。でも、まあそんな言い訳っぽいことばっかり言っていても仕方ないので、とりあえずこう言っておきたいと思います。【地に足が着いてない】「“空に飛び上がって降りてこない”の次は、【地に足が着いてない】かよ~」とため息が聞こえてきそうです。めげずにかんばります。一般的にいって、この表現をする時は、ちゃんと定職に就いていないとか、大穴狙い一発逆転を狙ってるとか、社会的な常識を踏まえない行動を取ってるとか言う意味やニュアンスで使われていると思います。おーそうだ!そうだ!そのニュアンスに近い感じです。でも、もっとそんな一般論よりもっとプライベートなニュアンスを私は求めています。【一人ひとりの生々しい世界へとおりてこない】だいぶ近くなってきた感じがします。でも“世界”という言葉はまたまだ一般論っぽいニュアンスが立ち込めています。もっと肌に感じるような切実さが欲しいです。【一人ひとりの生活の中へとおりてこない】ああ、だいぶ近くなって気がします。でも、“おりてこない”ってどんな感じだ?といわけで、【一人ひとりの生活の中で感じる“腑に落ちる感じに触れてこない”】としてみました。おお!!いい感じです。というわけで、“空に飛び上がって降りてこない”=【一人ひとりの生活の中で感じる“腑に落ちる感じ”に触れてこない】という意味を指すことにしたいと思います。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 29 Nov
    • 統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑫…客観的、理性的かつ良心的な態度が不安をかき立てる

      統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑫…客観的、理性的かつ良心的な態度が不安をかき立てる~統計学と「からだ」の間によこたわるモノ⑪…統計学と占いの違う所~の続き統計学者さんや学者さんは、客観的で理性的に振る舞おうとしています。そして、恐らくそれが良心的な態度であると思っていると思います。中には統計的な客観的な結果を踏みこえて、不安を駆り立て、それに答えるかのように誘導して自分の商売に誘導している学者さんもいるでしょう。もちろん、これをしたからと言って単純に詐欺っぽい行為だとは言えません。不安を湧きたたせ、その不安に答え、それを解消して利益を得ようとすることは現代の経済社会では当たり前の行動だからです。それが詐欺っぼくないかどうかを決めるのは、様々な角度からみてフェアな取引となっているかどうかです。統計的な事実や科学的な証明もフェアな取引を決める大切な要素の一つですが、やはり様々な要素のうちの一つにすぎません。社会的な習慣、価値観や一人ひとりの置かれた状況、対価とそれを巡る状況などなどがフェアな取引かどうかを決めるのです。けれども、客観的であるべきはずの統計学者さんや学者さんがそういった諸々の状況設定の中に身を投じて自らの利益に誘導するような事をしてしまうと、学者としての信頼感は学者仲間のうちでは低くく見積もられてしまうでしょう。これを避けようと思う多くの学者さんや統計学者さんは統計学的な事実の積み重ねに基づいた提言でとどまることになります。それは結局、空から降りてこない傾向へと傾いてしまうことになるのです。統計学者さんや科学者さん達が保とうとしているそういった良心的、理性的な態度は多くの普通の人をより不安に煽っていると言えるかもしれません。統計の“予言的傾向”が暗示する未来を自分の事のように感じて不安にされてしまった人の一部は、「そこまで言って不安を煽っといて、後は自分の責任で考えてくれ!って無責任じゃないの?」と思っているかもしれません。もちろん、統計学者さんからみればこれはイチャモンです。けれども、不安の火を着火された人はそこから統計の結果をさらに自分に引き寄せて考えて行動に移していけるかどうかというと多くの場合そうではないでしょう。ただ単にオロオロするだけという人が多数派なんだろうと思います。その結果、占いに再びチャンスの目が巡ってくるのです。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 24 Nov
    • 統計学と「からだ」の間によこたわるモノ⑪…統計学と占いの違う所

      統計学と「からだ」の間によこたわるモノ⑪…統計学と占いの違う所~統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑩…統計学が利用されるほど占いは広がる?の続き~前記事と前々の記事で占いと統計学は似ていると書きました。けれども、反対に「占いとはこんな部分がちょっと違うなあ」と感じる部分もあります。【統計学は、最後の着地点まで一人ひとりの日常感覚に戻ってこない】ということです。比喩的に言えば、統計学は空に飛び上がったままなかなか降りてこないなあ―という感じです。占い師は、こちらからのぞく(確める?)ことすら出来ない世界へ高く飛び上がっていたとしても、最後の最後は、目の前の占われる人の前に戻ってきて、その人の「からだ」の感覚の中に着地点を探します。占われる人が動きたい方向へ、日常生活の中の体を動かしていく方向へと誘います。(もちろん、良くも悪くもでです)対して、統計学者や学者は、なかなか地面に降りてきません。統計の結果が示す一般論を解説して、「こうすると○○になる可能性が××パーセント上がります」とは言います。けれども、「あなたにとって、こういう方向性で「からだ」を導いていくことは、あなたの目的や存在理由にとてもかなったことです」―と背中を押してくれることはなかなかありません。恐らく統計学者や学者さん達はそこまで言うのは言い過ぎなのだ―と考えているのだと思います。「一般論として言えるのはここまでです。そこから先は個人個人の価値観や状況によるはずです。自分で行動して考えて下さい」ーということです。統計学者さんや学者さんには【個人個人の状態にまで口を挟むのは良心的ではない】という積極的な理性も働いているように思います。なぜなら、統計学が取り扱っている対象は、一人ひとりの個人的な事ではなく沢山の人が動いたり選択した後に残る残像のようなものだからです。そこから、一人ひとりの意志や価値観個別の置かれた状況などに立ち入ることは統計学の正確からいってとても難しいのです。残像の世界から、一人ひとりの状態へ割り込んでいくのは、統計学者さん達の感覚としては「ちょっと詐欺っぽい」感じのすることなのだと思います。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 03 Nov
    • 統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑩…統計学が利用されるほど占いは広がる?

      統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑩…統計学が利用されるほど占いは広がる?~統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑨…統計学は占いに似てる?~の続き飛び上がって空から見下ろすことが出来ない私達は、占いからも統計学からも同じ一つのメッセージを受け取ります。「お前の直接知ることの出来ない力がこの世界を支配していて、お前の未来を決めているのだ!!」とそして、占い師や学者という特殊な訓練を受けた特別な人が複雑な操作をして取り出してきた結果が未来を差ししめしていれば、よくわからないまま受け入れるのか、そんなの嫌だと反発するしかないのが普通の人の立場になってしまうのです。信じて受け入れる人は、偉い人が言ってることだからと鵜呑みにします。偉い人と言うのは“みんなが偉いと扱っている人”と言うことになります。この“みんな”の範囲をどこに見つけるか?ということで占い師を信じるのか、学者を信じるのかの差になります。つまり、どんなコミュニティに属しているのかということで決まってくるということになります。反発する人も狭い感情の中で好きか嫌いかだけで判断して反発しているだけです。何か材料を手にして反発している訳ではないのです。つまり、統計学の“予言的傾向”も占いの予言も私達一般人からみたら同じ類の説明ということになってしまうのです。だから、統計学的に支持されたということが持て囃され強調され、そして浸透しやすい環境では、占いもやはり広まりやすいのです。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 01 Nov
    • 統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑨…統計学は占いに似てる?

      統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑨…統計学は占いに似てる?~統計学が示す予言が不安を招く?~の続きですこの統計学の“予言的傾向”、「何かに似てるなあ」と感じます。よくよく考えてみるとピッタリなものがありました。占いです。「占いなんかと一緒にするんじゃない!!」―と学者の人は怒るかもしれませんが、私達一般人から見た視線では残念ながら、ほぼ同じものに見えてしまいます。まず、占いも統計学も私達からは直接伺いしれない法則が世界を貫いていると考えています。法則を介して現実世界に微かな変化として予兆を示しているので、この予兆を早く察知すれば未来の変化が早めに察知できると考えているのは同じです。星占いでは、天空の世界とこの地上は見えない力で結ばれており、惑星と星座の位置関係からその見えない力の変化を察知して未来が予言されるとされています。対して、統計学では、“大数の法則”といった統計学の法則がまず一般論として正しいとされます。それらの前提に則ってサンプル調査や実験をしてデータを集め、それらを集計して統計処理を施して結果を提示するのです。その結果が場合によっては、“予言的傾向”を帯びてしまうのです。私達一般人から見ると、惑星の見えない力が私達全てに影響を与えている―と考えることと、大数の法則が世界で起こっている全てに当てはまる―と考えることはほとんど同じ事と感じられます。なぜなら、それらを確かめるための実験したりデータ集めたりする能力がないからです。それは集中力や時間、金銭的等々など様々な面にまで及んでいます。俯瞰的に空から見下ろすような位置へと飛び立てないから―と言い換えても良いかもしれません。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 20 Oct
    • 統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑧…統計学が示す予言が不安をまねく?

      ~【統計学なんかどうでもいい】の横にへばりつく一抹の不安の続きです。~統計学なんかどうでもいいや!!って感じながら片っ方で何だか一抹の不安感を感じてしまうのはなぜなんでしょうか?一つ例を上げて考えてみることにします。例 Lancet誌から 炭水化物摂取量が多すぎると死亡率が増加 18カ国の食生活調査とコホート研究から  現行の食生活ガイドラインの是非を問う分析結果が、Lancet誌電子版に2017年8月29日に報告された。カナダMcMaster大学のMahshid Dehghan氏らは、18カ国の中高年の人々を中央値7.4年追跡し、ベースラインの炭水化物や脂質の摂取量と、総死亡、心血管イベント、心血管死亡などとの関係を調べた。得られたデータは、総エネルギー量に対する炭水化物由来のエネルギーの割合が60%を超えると、摂取量が多いほど総死亡リスクは高くなること、また、総脂肪と飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸の摂取量は、少ないより多い方が死亡リスクは低いことなどを示した。Lancet誌という疫学でもっとも権威があるとされている科学雑誌に載った論文の日本語要約の引用です。この論文の要約からだけで内容を勝手に推測すると「炭水化物を一杯食べてると死亡率が上がるよ」という横着な理解に私達はたどり着きます。炭水化物はゴハンやうどん・パンといった私達が主食と呼んでいるものです。ここから、ゴハンやうどんばっかり食べていると脳梗塞や心筋梗塞といったもので死んでしまうのではないか?といったイメージが沸き上がってきます。このイメージは仄かなボンヤリとしたものですが、ここから一抹の不安感が沸き上がってくるのを感じます。これは何のせいだろうと考えると、私の未来に対する予言になっているからです。私達、日本人はもっぱら米等の炭水化物から多くのカロリーを得るという生活様式をおくってきました。私の生活もここに含まれています。そして、この生活を続けていると脳梗塞や心筋梗塞で倒れてしまうよという私の将来の破綻のイメージを掻き立てているのです。もちろん確率的なのは理解しています。けれども予言とはそういうものです。この予言のイメージが足元からジワジワと私をおびやかし不安にさせるのです。このイメージを統計学の“予言的傾向”と仮に呼んでおきます。~続く~ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 18 Oct
    • 再再開いたします!!

      ご無沙汰しておりました。またボチボチ書いていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。休んでいる間何もしてなかったという訳ではなくHPの記事に注力していました。↓こちらもよろしくお願いたします。骨盤脇まくら:整体…左右差のきつい腰痛などに背中縦まくら:整体背中横まくら:整体スカイフック:様々な動きの基礎となる“イメージ整体”イメージ整体/イメージ操体お尻すべり台(お尻下肢上げ):整体ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 27 Jan
    • 統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑦…【統計学なんかどうでもいい】の横にへばりつく一抹の不安

      1.統計学に浸されながら、なぜ私達は気付かないのか?      ↓頭デッカチな統計学は、私達の生活に影響を与えない―と思い込んでいる。意外性のない答えで、順繰りに考えてきた自分でも、この面白くなさに呆れる程です。けれども、もう少し考えると結構当たっている気がしてきて、この考えもバカに出来ないような気もしてきます。私自身を振り替えると、日々の生活のなかで、統計学が使われていることをほとんど意識しません。居酒屋さんで、お刺し身を食べてる時に、夏場の日本の外食で食中毒になる確率は○○%くらいで、標準偏差は××だから、これを食べても大丈夫だよな―なんてまず考えません。恐らく、刺し身を作っている料理人だって、これ位キッチリ管理して扱えば食中毒にはならない―とは考えてはいても、○○%の確率で食中毒になる可能性が少しはある。0%にはけっしてならない―とは考えないと思います。それ位、私達は軽く統計学を無視して生活しています。日々の生活では、もっぱら行動が先行します。うまく出来るイメージに引っ張られるかのように行動を起こして、うまくいけばそれでよし。失敗すれば、なんで失敗したのか少し考えて再挑戦です。そういう日々の体験が折り重なって、当たり前という強固な地盤が出来上がっています。この地盤の上にいれば、安心していつもの生活がおくれます。そんな時には、頭デッカチの概念なんかに出番はありません。つまり、統計学なんかに出番はなく、もし、あったとしても、既に起こったことの事後報告や解釈のために使われるだけだ。―そのように思えます。けれども、しっかりそのように感じた上で、一抹の不安のようなものが、私の意識の上をかすめていくのです。私自身で、<統計学が使われていることをほとんど意識しません> と書いておきながら…統計学はなぜ気付かれないのか?という設問には【頭デッカチな統計学は、私達への生活に影響を与えないので、どうでもいいから】という答えを一応与えておきます。そして、そのすぐ隣にへばりつく【なぜ、私は一抹の不安を統計学に感じるのか?】という部分に焦点を移して、もうちょっと掘り下げていってみたいと思います。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい   「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 25 Jan
    • 統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑥…概念として頭の中だけに存在する

      では、統計学という概念は、どんな在り方をしているのでしょうか?まず、確実に言えそうなのは、机やリンゴとは全く違う概念だ―ということです。つまり、物質のくくりには入らない―と言うことです。統計学は物質として存在していないこのことを、現世的、かつ現実的な見方をすれば、統計学はこの地上には存在していないと言うことになります。では、統計学は一体どこに在ることになっているのでしょうか?色々な考え方が出来るとは思いますが、現在の私達にとって一番すんなり入ってくるのは、統計学は人間の頭の中にあるという答えでしょう。これに少し言葉を補って統計学は概念として人間の頭の中にだけ存在するとしても異論はないと思います。この視点から、【なんで統計学が気にならないのか?】ということに答えるとすると、「私達の生活を覆ったってせいぜい頭の中だけだろう!頭の中でいくらこねくりまわしたって、現実はビクともしないさ!」ということではないでしょうか?頭の中だけにしか存在しない統計学は、物質である私達に影響を与えることなんか出来っこないと、どこかで高を括っている―とまとめても良いのでは思います。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい   「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 24 Jan
    • 統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑤…バイ菌や放射性物質が怖いのは?

      バイ菌や放射線物質は見えないですし、統計学が生活を覆っていることも見えないです。この直接見えないモノを捕らえるために,私達=人間は概念という方法でつかまえます。この概念が、放射性物質と統計学では違うせいだろう―というわけです。概念の在り方が違うせいで、放射性物質はやたら気にされて、統計学は気にされないのだ―というわけです。では、まず、バイ菌などの概念について検討してみます。バイ菌や放射性物質は見えませんが、物質として扱われます。物質という観点からみれば、本質的に机やリンゴと同じくくりです。見えないのは、単に極端に小さいからで、人間の視力が追いついていないだけだ―と思われています。実際に、電子顕微鏡を介して見たり、特殊な方法で沢山集めたりすれば、直接目で見たりすることが出来るとされています。ここまでくると、放射性物質やバイ菌がやたらと怖がられる理由のようなものが私の頭にはボンヤリと浮かび上がってきます。机やリンゴと同じように、存在しているはずなのに、概念という抽象的な方法でしか捕らえることが出来ない。そのことが、逆に情緒的な関心を呼び込んでいるのではないでしょうか?物質という観念は、五感を満たすまとまった刺激を要請します。けれども、バイ菌や放射性物質は、それを埋め合わせる情報を提供しません。普段から慣れ親しんだリンゴや机のように在るはずなのに、見つけることが出来ない。そこから、足元がグラつくような感覚が起こり、普段の安心が崩れて、心が踊らされる。その埋まらない感覚―穴ボコ感―空虚感が不安や恐怖感を呼び込んでしまうのではないでしょうか?ましてや、人間に害を及ぼすとされてる概念ならばなおさらではないでしょうか?とりえず、バイ菌や放射性物質の見えなさについては、これで良さそうです。次は、統計学の見えなさについて、取り掛かってみます。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい   「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 22 Jan
    • 統計学と「からだ」の間に横たわるモノ④…目に見えないモノ?

      では、私の統計学への関心の一つ目から考えてみます。統計学に浸されながら、なぜ私達は気付かないのか?(なぜ不安にならないのか?)~~設問自体が愚問のようにも思えます。世の中、気付かないことは一杯あって、そんなの当たり前と言えば、当たり前だからです。けれども、統計学は私達の生活をすっぽり包んでしまうくらいにあたりまえに広がっていて、毎日の私達の生き方をも枠づけている可能性がとても高いのです。このことに気付くと逆に、なぜ気にならないのかが気になりだします。では、とりかかってみます。気付かないということは、意識の表面に登ってこないということです。さりげなく使われていて、表立って見えてこないから気にならないというわけです。〈目で見えないから気にならない〉と思い切って言い換えてしまって良いかもしれません。けれども、世の中には目に見えないのに、やたら気にされるものも結構あります。例えば、バイ菌や放射性物質です。それらがそこにあるのは、私達には直接確認出来ません。けれども、現在の私達の多くは、それらの存在に気を使い、どう扱うべきかと心を砕いています。絶えずではないにしても。強迫性障害のひとつのパターンである不潔恐怖なんかは、この心の動きが極端化したものだと言えそうです。そこまで行かなくても、家電製品の電磁波を避けたり、蒸留水やミネラルウォーターしか飲まなかったりする人はかなり多いと思われます。つまり、統計学が目に見えないから使われているのに気付かないとは言い切れないようです。見えないのが意識されにくい一因だとしても、統計学が気にならない理由の全部ではないことになります。ところで、同じ見えないと言っても、統計学の見えなさと、バイ菌や放射線の見えなさは違う種類のものだから、比べても意味がないはずだ―という意見もあると思います。なるほど、その方向を探ってみると何か有るのかもしれません。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 20 Jan
    • 統計学と「からだ」の間に横たわるモノ③…三つの切り口

      さて、この統計学への私の関心をもう少し詳しくみてみると、様々な関心が入り乱れて混乱しているのが自分でわかります。下手に書き出すと混乱の極みに落ちていきそうです。そこで、私の関心の方向からとりあえず、設問を3つくらいに分けて考えてみようと思います。統計学に浸されながら、なぜ私達は気付かないのか?(なぜ不安にならないのか?)統計学に判断の基準を譲り渡していくことは、私達の生活にとって良いことなのだろうか?統計学を信じられると考える私達の「からだ」の感覚はどんな状態なのだろう?と設問してみました。この3つの切り口は、互いに絡み合っていて切り分けにくいものです。本当に適切な切り方なのかは、今の段階では私にもよくわかりません。とにかく、一旦、切りかかる角度を定めて、飛び込んでみたいと思います。その中で、私の隠れた関心が浮き出てきた時には、再度、違う角度の切り口を再設定して、取り組むつもりです。とにかく、自分でも、あんまりよくわかっていないことを、書きながら考えてみたいと思います。うまくいかず、尻切れトンボになってしまっても、ご容赦願います。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 18 Jan
    • 統計学と「からだ」の間に横たわるモノ②…私達の生活を覆う統計学

      統計学は確率を扱う学問です。確率とは比率という数字です。実体を持ちません。つまり、統計学は扱う対象を選びません。それゆえに、平均値や偏差値という数字がはじきだせるなら、人だろうが、魚だろうが、鉛筆だろうが、原子や分子のような目に見えないとされているモノまで、同じようにに扱うことが出来るとされています。この汎用性の高さのため、広い範囲の領域において使われています。私達の日常生活の多くも、御多分に漏れず、統計学の応用によって支えられています。例えば、食料や薬の賞味期限や消費期限は、実験で腐ったり使えなくなる日数をカウントして、それを統計学による処理をして求めます。自動車の保険や家の火災保険の保険金なんかも統計学を使って求められています。橋や道路のインフラ、または、個人個人の家なんかが、これ位の作りなら、何年くらい持つはずだといった耐久性の計算なんかにも使われています。また、平均寿命、ガンや心筋梗塞等の発病率等の計算に使われ、私達が思い描く将来設計のイメージに大きな影響を与えています。こうやって上げていくと、毎日の生活の中から統計学が使われていないものを探す方が大変ということ気付くはずです。けれども、私達はほとんどそのことに気付いていません。気付いても、特殊な例として、扱ってしまうことがほとんどだと思います。統計学という考え方が、私達の日常を足元から、ヒタヒタと水位を上げて浸してきているのに、私達は、顔が水面から出ていて、普通に呼吸が出来ているので、水位が上がってきていることに気付いていないのです。100年前であれば、統計学が生活をこれほど浸していることはなかったはずです。具体的に言えば、昨日、作ったパンはどの位もつのだろう?って考えた時に、「昨日~今日の蒸し暑かったから、今日中に食べてしまわないとカビてしまうよなあ」と感覚的に感じた上で、過去の経験に照らして判断していたでしょう。統計学的に処理された賞味期限みたいな判断基準は、ほとんど使わなかっただろうと思われます。これは、「からだ」で感じる局面が減って、後ろへ後退し、その分、統計学が前へ前へと競りだしてきていると言えそうです。ここら辺に、私の統計学への関心は発しているようです。 ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 10 Jan
    • 統計学と「からだ」の間に横たわるモノ①…はじめに

      1月10日は、えべっさんの日です。当院の前の道は、西宮神社に向かう人と帰る人で ごったがえしています。この人混みを見ていて、今、私の頭を巻き込んでいくイメージは統計学です。西宮神社の境内へ向かう人と、駅に向かって帰路につく人、そして、その流れの中からこぼれ落ちるように夜店の間へ消えていく人々。一人ひとりの個別の動きに目を奪われないに注意して、全体の動きを俯瞰的に見ようとすれば、それは統計学の視点になるはずです。なぜ、私は統計学が気になるのか?色々な理由があるようです。「あるようです」と書くのは、自分でも、あんまりよくわかっていないからです。とにかく、気にならざるえない学問なのです。その気になってしまうのが、なんなのかを自分なりに、探っていってみたいなあと思っています。そういうわけで、 次は、【統計学と「からだ」の間にあるモノ】の周りをグルッとまわって、探っていってみたいと思います。自分でもまとまっていない考えなので書きながら考える機会にして見たいと思っています。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 27 Dec
    • 「逃げ恥」最終話を見終わって

      ドラマや映画というのは、基本的には、なかなか現在という時間に追い付かないものだと思う。一本撮るのに沢山の資金集めなければならない。それを回収しようとすれば沢山の人たちに見てもらったり買ってもらったりしなければならない。すると、どうしても、みんなの好むだろう最大公約数的な主題やストーリーに集約されることが多くなってしまうだろう。結果的にみんながかつて喜んだもの、癒されたものに話題が集まってしまう。多くの場合は、懐かしい感じのするテーマや主題がアレンジされる形で展開されることになる。どんなに新しい言葉や最新の風俗を取り扱っていても、骨組みの部分は一緒のことがほとんどなのだと思う。おんなじことを繰り返すのが悪いと言ってるわけではない。形式化を繰り返すことでしか、うまく表現出来ないこともきっと沢山あると思う。けれども、どうしても仕組みから言って、時代の空気や変化みたいなものに対して鈍感になりがちになってしまうものなのだとも思うのだ。新しいドラマを見ていても感じてしまう懐かしい感じ、昔の映像を見てるような感じの正体がこれなのだと思う。たぶん私達の日々生きている日常の生活の方がどんどん、どんどん先へ行ってしまい、最早、ドラマや映画は現実の生活から随分と置いてきぼりくらってしまっていると。そう私は思っていた。「逃げ恥」最終話を見終わって、それも少し違うのかなと思いだしている。みくりさん、平匡さんは、かわいらしくて見ていて楽しかった。演出やカット割なんかもコミカルでテンポよく、飽きさせなかった。けど、やっぱり、最大の魅力は原作の主題の取り方とそれを引き出す脚本の良さなのだと思う。どちらもどんな人達なのか知らない。原作漫画も読んだことない。けれども、二人は単に面白くて喜んでもらえるということだけを目指して、この物語りを編んだのではないように思う。現在の私達の生活に一歩でも二歩でも、少しづつ追い付こうと意志した。それが私には新鮮な空気を吸ったような感じをさせた。それが私を惹き付けたのだと思う。最終話では、みくりさんと平匡さんは、夫=雇用主、妻=労働者という単純な対立的図式(形式化)を越えて、共同経営者という新しい枠組みを発見する。そこから、ドラマ的な形式美でもある結婚=ハッピーエンドに収まっていくのかと思わせておいて、結婚する結婚しないの向こう側を探す冒険譚へと横すべりしていく。つまり、二人で暮らすという生活そのものの内実が求められていくことになる。みくりさんと平匡さんは、家事の分担を巡って、話し合いを繰り返す。実践しては、あーでもない、こーでもないと四苦八苦する。最初は、家事を会社経営のマネージメントになぞらえて解決していこうとする。そこから、家事がビジネスとは違うという側面があぶりだされてくる。まず、日々コツコツと誰かがやらなけばならない雪かきのような仕事であることが浮かびあがる。報酬を貰おうが貰うまいがせざる得ない。報酬を貰えなくなれば、辞めてしまえばいい仕事とは決定的に違う点だ。そこから、家事は当たり前になりすぎて、していて当然のものにされやすいことにスポットがあたる。当たり前になってしまう感覚は、ほとんど無意識に沈みこんでいくような意識なので、その人の考え方のクセみたいものを、まといつかせる。平匡さんが「みくりさんの掃除の質が落ちている気がするんです」と言うと、みくりさんは、「四角い部屋を丸く掃除するタイプなんです」と言う。おそらく、普通、私達の家で、このようなスレ違いがあれば、「あの人は雑なんだから!!」「細かいこといいすぎやろ!病気ならん程度しといたらええやん!!」と心では思っても、言わずにすまして、どちらかがフラストレーションを溜め込んで終わることが多いのではないだろうか?こういうことをキチンとセリフの中で対話として成立させている所なんかが、このドラマのうまい所なんだと思う。そういう家族間の家事に対するイメージの差異を完璧に埋めようと一生懸命にがんばる。するとクタクタに疲れてくる。家事は意識的であると同時に、半分くらいは無意識的であるくらいが、ちょうどいいはずなのだ。そうでなければ、生活はただの手段になってしまう。本来は生活こそが生きていく意味そのものであるはずなのに。こういった本末転倒も、多分、私達の日常にありふれた光景なんだけど、なかなかうまく表に出てこないことだ。うまくすくい上げているように思ったそんな本末転倒に陥った、みくりさんは、段々と疲れてきて、自閉的になってくる。一人暮らしの延長のような、ルームシェアのような家事分担や家事をボランティアのようにしたいと言った後、お風呂場に仕事と言って閉じこもる。(昭和の多くのお父さん達が仕事と言って職場に閉じこもっていたのを連想させます。)閉じこもったみくりさんに、平匡さんが、ドアごしに語りかけます。「生きていくのって面倒くさいんです。それは一人でも二人でも同じで、それぞれ別の面倒くささがあって。どっちにしても面倒くさいんだったら一緒にいるのも手じゃないでしょうか?」「どっちにしろ、話し合ったり、無理なときは時間をおいたり。騙し騙しでも何とかやっていけないでしょうか?」このセリフは難しいセリフだと思う。ひとつ間違えると、決まりきったプロポーズの言葉のように形式の中に沈んでいってしまう。今まで苦労が水の泡になってしまう可能性だってあった。けれども、このドラマではそんな感覚に陥ることなく、本当に二人でめんどくさいことをやっていくんだという気持ちがキチンと表現されたように思う。家事のめんどうくささに翻弄されて、うんざりしながらも、二人で遣り繰りしながらなんとかやっていくんだ―そういう生活を選ぶという意志の表明としてちゃんと響いたように思う。そこから、逆立ちした形で、めんどくさを遣り繰りすること自体から、生きていく目的や価値を引き出そうとしているかのようにも思えた。めんどくさの遣り繰りは、形式を決めて乗っかかりきることではない。かと言って、形式を無くしてその場その場の感情や思いだけで動くことでもない。形式を使って、形式の向こう側を覗こうとすることだ。そのように私に感じさせたおそらく、めんどくささを遣り繰りすることが、冒険の物語だと私に感じさせたのも、この形式の向こう側を探検するかのように見つめる視線のおかげなのだと思う。形式の向こう側を見つめるといことは、「からだ」の声を聴くということとどこかでつながっていると私は感じる。鍼や灸、整体をおこなっていくということは、「からだ」を通して物語りを編んでいくということだ。「逃げ恥」から私が読み込んでしまった形式の向こうを見つめる冒険譚とどんな風につながっているのかまた少しづつ考えてみてたい。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

      24
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  • 14 Dec
    • 昨日見たドラマより思ったことのメモ

      昨日、ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」を見ていてこれも、「からだ」の問題なんだと思ったのでメモ代わりに記録しておきます。普段、ドラマはあんまり熱心に見る方ではない。だが、この「逃げ恥」は最初の方を何気なく見てから気になって見ていた。何に惹きつけられているのかよくわからないまま、「何がおもしろいんだろう?」って考えながらみていた。役者さんたちが特にすばらしい名演をしていて引き込まれているというわけでもなさそうだ。セリフなしの表情だけで演技するっていうのはほとんどなくて、セリフの吹き込みで説明しちゃってる。恋愛ドラマとしてみてもつかず離れずのよくあるパターンを踏襲しているにすぎないように見えた。そんなこんなで「何で面白いのか?」そう思いながら、昨日の第10話を見ていると「やりがいの搾取」「愛情の搾取」という表現がナマナマしく表現されてたのを見て腑に落ちる気がした。普通、私達が何かする時、先に気持ちや欲望が動いてから、行動に移すと考えている内から起こる衝動 → 行動ということだ。けれども、現在の多くの私達の行動は行動の形式化 → 行動という風に行動の枠が先行してしまうといことが沢山ある。そんな形式の枠が沢山積み重なって一杯いっぱいになってしまい何でそんなことをやってしまっているかわからなくなってしまうのもありふれた日常だ。この背景には、形式に乗っ取って動くと楽だ、得だ考えなくて済むという私達の打算がある。つまり、感情や思いがどっかにいったまま「システム」に乗せられるように行動してしまっている。にもかかわらず、私達は楽や得を取ってそちらを優先して行動してしまっている―ということだ。そして、それが自然な形式であればあるほどとんでもない所へ連れていかれてもなかなか気づくことが出来ない。ドラマの中の言葉を借りれば「ヤリガイ」や「愛情」という決まり文句に乗せられて形式化された行動へと急き立てられ本末転倒な場所へと転げて落ちていくということだ。本来のヤリガイや愛情がどこかに滑り落ちてしまっているのだ。これに類する主張自体は別に目新しものではない。マルクスやフェニミズムが昔から主張してきたことだ。けれども、この主張は伝わりにくい。なぜなら、本人達は何かを失いながらも楽や得を得ているからだ。楽や得は、簡単には手放せないのだ。「逃げ恥」の主人公たちは、楽や得に翻弄されながらも、オロオロしながらも、形式をツギハギしながら、本当に自分達に必要なものはなんだろうと試行錯誤していく。つまり形式化を越えてもう一度、本来の動機や衝動を取り戻そうとする物語なのだ。「からだ」が何を感じているのかを感じなおそうということでもある。「逃げ恥」はこの見えにくい伝えにくい日常の冒険をうま~くすくいとって見せているのではないだろうか?この種の体験は私達にとってはかなり、ありふれた出来事で、度々、私達を悩ませている類のことなのではないだろうか?にもかかわらず、テレビの世界では、この類のことはうまく表現されてこなかったように思う。普通のドラマは、社会の形式を重んじたものになりがちだ。「母親は○○するもんだ」「がんばれば報われるはずだ」「偉い人が正義を実行するはずだ」…そういった予定調和的な世界観からはみだしながらもこんなに軽やかにありふれた日常の難しさを表現できているのがこのドラマの惹きつけられる一つの理由なんだろうと思う。この地点から見ると、「幼稚園落ちた。日本死ねのブログ」や「電通の過労死」「ブラック企業」「子供の虐待」までが同じ視界に収まってくるように感じられる。それくらい、ありふれた事を楽しいドラマの中で見せてくれている―そんな風に私には見えた。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~ 

      22
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  • 07 Dec
    • なんで「からだ」にこだわってしまうのか?…「からだ」考1まとめ

      なんで「からだ」にこだわってしまうのか?…「からだ」考1①~⑤をまとめておきます。以下まとめ私は体、身体、「からだ」を使いわけるようにしている    ↓体…私たちが日常生活で使う言葉そのもの身体…客観的な視点から捕えようとして現れてくる抽象的な体「からだ」…自分自身の五感で直接感じることが出来る体なぜそんな面倒なことを考えるのか?A:自ら感じる「からだ」と頭で理解している物質的な身体にはズレがある        →治療の失敗へB:何か自分にとって大切な判断をする時、「からだ」が最終根拠の座となっている   →治療の失敗へC:「からだ」で感じることこそがその人にとっての生きる意味や価値観を育てる   →一人ひとりにとっての意味や価値が定まらなければ治療行為の方向は定まらないD:自分で気づいてなかった新しい可能性がひらく場所こそが「からだ」だ       →新しい感覚こそが新しい可能性を開くからということA~Dまでをまとめてよくよく考えると「からだ」とは一人ひとりにとってあらゆる行動や思考の結び目だということです。ここを無視する、あるいは、知ったかぶりすることで沢山の可能性を見落としてしまうことになります。けれども、私達は知識や経験に溺れがちです。頭デッカチになってしまった私達には、ナマナマしい「からだ」を忘れてしまいがちです。医学的な知識から出来た身体のイメージが視界を塞いで「からだ」を覆い隠してしまうからです。このことをいつも意識するために身体と「からだ」を区別して呼んでおきたいのです。追記1.体…私たちが日常生活で使う言葉そのもの体が中途半端に残ってしまっています。これは私の今後の宿題です。日常生活で使われる体は身体、「からだ」両方の意味を兼ねて使われるだけではなくもっと広い意味を含んでいるように思います。ただ、どこまで含んでいるのかは考えあぐねてしまいます。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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  • 23 Nov
    • なんで「からだ」にこだわってしまうのか?…「からだ」考1-⑤

      ~続き~「からだ」にこだわってしまう理由の最後のひとつは、自分で気づいてなかった新しい可能性がひらく場所こそが「からだ」だと思っているからです。逆に言うと、自分の身体をロボットのように操って努力しても、新しい可能性が開くとは考えていない――ということになります。つまり、「からだ」は、「自分で私の体はこんなのだ」と思っているよりどんどんとはみ出していってしまうものだと考えているのです。(…もちろん、自分にとって都合の良い場合もあれば、逆に、自分にとって良くないこともあるはずですが…)新しい可能性に出会おうと思えば決めつけてしまった身体ではなくて感じられる「からだ」をよくよく見る必要があるはずです。例Aさんは膝が痛くて歩くのが苦痛↓痛みがとても苦痛なので膝が気になって気になって仕方がない↓あちこちの病院等にかよい膝の治療をしてもらうが痛みは全くとれない↓膝の痛みのせいで好きなことも出来ず絶望的な気分になる↓ある時、鏡に写る自分の姿を見て腰~背中が丸くなっていることに気づく↓前かがみの姿勢と膝の痛みのつながりを「からだ」で感じる↓病院等に通うのをやめて、腰が伸びるような運動を少しづつはじめると膝の痛みが徐々にひいてくる↓そして、膝の痛みが完全に無くなるだけではなく腰がまっすぐに伸ばせるようなるその結果、膝が痛くなる前よりも「からだ」が軽く気持ちよく動けるようになった。私達の知識や経験がある可能性を見積もってしまいその中で閉じてしまうことが沢山あります。この自ら閉じてしまった繭がほどけだすのは、「からだ」が外側から告げ知らせる声に私達が耳を澄ませた時だけだと私には思われるからです。ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~ 

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  • 15 Nov
    • なんで「からだ」にこだわってしまうのか…「からだ」考1-④

      ~続き~三つ目は、「からだ」という場所こそがその人その人の生きる意味や価値を生んで育てる、その場所だと思うからです。治療という行為は非常に文化的な行為です。治療という行為はその人その人のとらえ方によって見え方をクルクルと変えます。自転車の部品を替えるように痛みが取れればそれで満足と感じる人痛みが無くなっても言い知れぬ不安からさらに治療を求める人つまり単に病院で受けた血液検査で異常がなければ、健康だと考えるような単純なものではないということです。そして、この治療という行為の陰には、必ず、その人の価値観が潜んでいます。この価値観が育つ場所こそが「からだ」だと私は思うからです。毎日の生活の中でゴハンの味を味わったりお風呂の気持ちよさに思わずため息が出たり家族や友人たちと寛ぐ食事の楽しさを感じたりやりがいのある仕事をこなしていく満足をおぼえたりする。これらすべては直接ナマナマしく「からだ」で感じられています。そして、その経験が蓄えられて治療という行為に方向を与えるのです。この部分をよくよく見ないで、痛みが無くなったから治療に成功したとか、痛みが完全になくならないから成功してないとか言っても仕方がないように私には思えるのです。~続く~ポチ↓をよろしくお願いします。兵庫県西宮市 ブログランキングへ↓もっと詳しく知りたい方はご相談下さい  「からだ」の声を聴こう!!    東洋医学に基づいた  やさしい施術を行います!あなたに合わせた養生プランをねります!みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~

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プロフィール

西宮市【阪神西宮駅から徒歩3分】鍼灸院 みやざき鍼・灸

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はじめまして、西宮市産所町で鍼灸を生業としています。 みやざき鍼・灸~阪神 西宮 鍼灸院~ ...

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