2016年07月16日(土) 20時42分07秒

「障がい」について

テーマ:ブログ
医者である内海聡氏の障がいに関する発言とその炎上について、
思うところを書いたFB記事(2015年6月)が選挙中に改めて問題視され、
多くの当事者の皆さまからご意見をいただきました。

農薬や大気汚染、水質汚染、放射能などの社会毒、
あるいは食生活やライフスタイルが、障がいに影響する可能性を指摘した内海氏の発言を受けて、
障がいを持つ子どもを産んだ人も、そして社会全体も、
そうした事実を受け止めて「反省」し、
と同時にその子を大切に、そして社会の側もそれを受け止めることに障害のない社会にしよう、
という主旨のことを書きました。

「内海さんが言いたいのは、これから産む人も含めて、そういう事実を大切に、体を大切に生きていこう、大切にできる社会を作っていこう、そのために国や企業が広める情報だけを鵜呑みにせずみんなが賢くなっていこう、ということに読めるんだが、間違ってるかな?そして、障害をもつ子を産んだ人も、そのことを反省しつつも、その反省を生かしながら障害とともにその子を大切にしていこう、そして障害を受けとめることに障害のない社会にしていこう、というふうに読めるんだが、ちがうのかな。」

しかしながら、
障がいを持つ当事者、あるいはそのことで悩み、苦労をされてきた親である皆さん、
に対して「反省」という言葉を使ったことが間違いでした。

この数日、
ある方とは電話で直接お話しさせていただき、
ある方とはメイルやDMでやりとりをしました。
また、多数のご意見をコメント欄にいただき、それらも全て読みました。

そこには僕が見落とし、思い至らないことがありました。

それは、
他人には想像もつかないくらい、
皆さんが自分を責め、親を責め、
あるいは親御さんも自分を責め、傷ついて、苦しんで生きて来たという気持ちです。

障がいの実態について、
専門的に詳しくもない立場で、
「反省」という言葉を選択した僕の投稿が、
多くの当事者の皆さんを傷つけてしまったことをお詫びします。

申し訳ありませんでした。

そして、非常にデリケートでナイーブなその心の内を、
率直にお伝えいただいた皆さんのおかげで、
「障がい」という言葉そのものに宿る差別性について
深く考える機会を持つことができました。

この言葉を用いるときに、
どれくらいの慮りが必要かも、
改めて深く考えさせられました。

今後も、
「障がいを受けとめることに障害のない社会にしていこう」
という気持ちに変わりはありません。

例えば、パラリンピックという分離ではなく、
混合できる競技もあるのではないか?
そういうことを提案していこう、というご意見もいただいています。

また、
2013年の僕の選挙を撮ったドキュメンタリー『選挙フェス!』の監督・杉岡太樹が
今、ブラインドサッカーのドキュメンタリーを製作中です。
こうした糸口から自分なりに世界を広げて活動していこうと思います。


「お前のこと支持してたうちの母ちゃん泣かして、どうしてくれるんだ」
というお声も頂きました。

母ちゃん泣かせてごめんなさい。


そしてまだまだ、至らないことの多い三宅ですが、
また一つ、目を開かせてくれて、
ありがとうございます。

引き続き、
ご指導、ご鞭撻のほど、
よろしくお願いいたします。



*これ以上、傷つく人を増やしたくないので、
当該記事は削除させていただきます。

三宅洋平(犬式 INUSHIKI)さんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

リブログ(4)

  • 波動整体 (東京)「障がい」について”

    波動整体女性整体師ケメ(栗畑富士恵)です医療マッサージの分野で肢体不自由の障害の方脳卒中後遺障害の方を担当しております現場でふれあって強く感じることは 障害を持っている人と関わることが日常でほとんどないんです交流すれば わかることも沢山あります関わることで理解できますケメ波動の波動メルマガ♥簡単な身…

    女性限定整体&CosmicDanceケメ

    2016-07-23 13:35:00

リブログ一覧を見る

コメント

[コメントをする]

69 ■無題

三宅さんを応援しています。

人はみな未熟だから、つまづき転ぶこともあるし、そこから学び合うのかと思っています。

知ることから始まり、気付くことで深まり、思いやりの心をもって考えを深めることで広がるのかなとも思います。

ある方に教えていただきましたお言葉をご紹介致します。

「障がいは不便はあるかもしれないが、不幸ではない。

物理的に手助けする側も、実はたくさん学ばせてもらっている。

魂の視点からならば、障がいをもっている方はチャレンジド。実は、こちらが手助けしてもらっているのかも。

チャレンジドの方は、とても勉強熱心なやる気のある魂の持ち主。ただ、この世が魂のトレーニング・ジムだとしたら、障がいというリミッターが魂の負荷として表れているだけ。

そう捉えたら、まるで難しい役どころでもキラリと輝きを放つ名俳優のように、力があるからこそできる役割のようなもの。

結局みんな学び合っている。」

という言葉を思い出しましたので、シェアさせていただきました。


これからも応援しております。

68 ■無題

教えていただいた言葉を
「障がいは不便はあるかもしれないが、不幸ではない。」
知ることから始まり、気付くことで深まり、思いやり考えを深めることで広がる。
らしいです。
私は特別支援学級で子どもたちにかかわる中で
魂の上でともに学び合っている仲間という中の役割りの中に、物理的に手助けする側も、実はたくさん教えられているなと感じ、魂を磨いてもらっているように感じます。
私も日々、つまづき転びながら学ばせてもらっています。
今回のことで、またひとつ磨かれた三宅さんを
わたしは応援しています。

67 ■無題

今回の選挙で洋平さんのことを知って、応援しているひとりです。洋平さんの政策や考えを全て理解し出来ているかと言われるとまだ私も勉強不足です。ただ、色々言われているようにこの件に関しては洋平さんはどう考えているんだろうってずっと思っていました。Facebookのほうにも、コメントさせていただいていました。
こうやって受け止めて自分の言葉できちんと伝えられてて、この記事を見つけられて本当に良かったです。
これからも応援しています!!

66 ■初投稿

初めまして!三宅洋平さん
僕も三宅洋平さんの選挙フェスで政治に興味を持てるキッカケを頂いた1人です。
僕の兄も聴覚障がい者として生まれて、サッカーが好きでずっとサッカーをやってます。
今現在兄は35歳なんですが、聴覚障がい者のサッカー日本代表のコーチなどの活動をしています。
障がい者のサッカーはブラインドサッカーが有名なんですが、他にも色々なサッカーがあります。
それぞれ個性を生かしたサッカーのスタイルは見ていて面白いですよ(^-^)
因みに聴覚障がい者サッカー→デフサッカーと言います。デフサッカーもよろしくお願い致します(^_^ゞ

65 ■無題

三宅さんの言葉には助けられます。
自分も内海さんの考えの大半は共感します。
ですが、自分が障害で生まれた事によって両親を侮辱されてる事がとても許せませんでした。

正直、内海先生のFacebookに書いてあるような健康法は昔から取り入れています。
それでも、私は障害を持って生まれてしまいました。
正直、家族や周りに迷惑をかけて育ちそれでも障害という事から逃げずにやってきたつもりでした。
そんな中ああいう、文章を見たときは心が締め付けられもう生きていても仕方がないな。と考え涙が止まりませんでした。

ですが、今回の三宅さんのブログを拝見させていただいて、とても救われた気がします。
有難うございます。感謝しております。

64 ■無題

息子は自己免疫力の暴走でもあるアレルギーを患ってます。食物、花粉、体温上昇でもアレルギー反応をおこします。私もアレルギーを持ってるので遺伝もあるでしょうが、出産前の若い頃、また私の母からの日頃の食事や行動などからのアレルギー要因の蓄積もあると思ってます。知らなかった、知ろうとしなかったのは私の罪だと思ってます。
「だからって今時、添加物が一切ないモノなんてない」など諦めず、三宅さんの「消費者(国民)が選ぶことで企業や国を動かそう!」そんな考えに賛同してます。
たまに言葉の選択を間違えて反感をかってしまいますが、こうやって謝罪できる三宅さんは信頼できる人だと改めて思います。
政治活動で忙しいでしょうけど、ライブも…出来れば関西でw息子と行きたいです

63 ■無題

私は安倍政権支持者です。

そして私は
日本であれ世界であれ
たとえ宗教や政治的立場が対立しようが
議論をしたり
人として付き合うのを止めてはいけない、
と信じています。

今回の昭恵さんとの会食や総理との電話を
心から嬉しく思っています。

62 ■尊敬

何か事を起こすこと、何か言葉を発すること、その事の甲斐と同時に怖さも知り、波風立たない範囲で活動しようとする自分がいます。その中で三宅さんの事を、知りました。強烈に揺さぶられ、尊敬の念が止まりません。私もどうやったら、少しでも共に生きられる社会になるのか、自分なりに模索中です。三宅さんの存在が、私の勇気です。心から応援していますし、三宅さんが活躍できるような社会になるよう、私も私の出来る事でやっていきます。この地球に三宅さんが誕生してくれた事が、有り難く、感謝にたえません。ありがとうございます。

61 ■無題

内海氏が障がいを持つお子様のお母様とのメッセのやりとりが流出していましたが、そのやり取りはただそのお母様に暴言を浴びせるだけでかなり異常でした(汗)
いくら正しい主張であっても人に思いやりがないと支持されませんよね。
三宅氏の素直な所、すごく良いと思います。これからも応援しています^^

60 ■おはようございます

かつて水俣病など数々の公害問題で筆舌に尽くしがたい悲しみ苦しみを目の当たりにした日本社会

にも関わらず、社会害が及ぼす健康被害の実体を蔑ろにし、経済等を優先して進んでいくこの国の愚かしい現状
それに対する強い反発と『怒り』が、勢い余って反省という言葉を選択させたようにわたしには見えた

低線量放射能

幼い子や妊婦さんは特に気をつけてと言われた
でも、体に毒なのは分かってるけど、どこまではセーフでどこからアウトなのか未だ完全には科学的に解明されてない
頼みのガイガーカウンターだって食品の中までは調べられない

現状そんなものを合理的に防ぐ術はない
誰もが海外に逃げれるわけじゃない
逃げて生活が破綻したら本末転倒、健康リスクを承知で留まるしかない人々だっていた

結果、障がい児が産まれたら父親と母親は反省すべきなのか
障がいのない子が産まれたら、反省の必要はないのか

答えは両方NOだ

我が子の障がいの有無を、社会害に対する自己防衛の正否の判断や反省の材料にすること自体が間違っている

決して無関係ではない、だが混同してはいけない
そんな無理解は人を傷つけるばかりでなく、社会害の排除という正しい行動目標さえ霧中に追いやる

ヤマン!三宅洋平!
怒りに心を惑わされないで

人は過ちを怖れるけど
怖れることを怖れないで
byイビチャ.オシム!(笑)

前を向いていこう♪

59 ■誰しも生きていれば色々ありますから。

誰しも社会で生きていれば、ときに失敗をおかしたり、ときに失言によって誰かを傷つけたりすることも、多かれ少なかれありますよね。例外なく私もです。すべての人間は完璧ではないわけですし、完璧だなんて思うことは、生き物として傲慢であり愚かですしね。
そして、こうして毎日を生きていく中での失敗や失言のその後にとる自分の態度といいましょうか、どんなフォローで省みるのかが重要ではないかと思うのです。
とくに三宅さんの場合、素晴らしい表現者でありつつ、さらに政治や社会の抱える問題にも、これまでずっと勇気を持って果敢にトライされてこられたのを、私も少なからず見てきたひとりです。
ですから、今回のブログ記事は、当時の問題を振り返り、内省し、素直に間違っていた点も認め、謝罪もし、そんな誠実な積み重ねを忘れないことこそが、生きていく中で誰しも人間にとって大切ではないかと、私自身も考えさせられた今回の記事でした。
三宅さんは、いい音楽家であり、なおかつ、この日本で今までにいないかった、新しいかたちのいい政治家になれると思うのです。きっと。
私も長い年月、障碍に苦しんでいるひとりです。山本太郎さんが目指す「生産性がない者は生きる価値がない、ダメ人間などとされない、がんばらなくても生きづらくない社会」というのも大好きですが、三宅さんの目指す「自分らしくあれる社会」を、ぜひ、みんなでつくりあげていければいいですね。そうでないと、もはや心身は限界です。
三宅さんは、太郎さんをひとりぼっちにさせてはならないと言いました。私たちも、三宅さんをひとりぼっちにさせてはなりません。
長々と失礼しました。

58 ■障がいについての真摯な投稿に感謝しています

洋平くんのアジェンダのなかに、<自分らしくあれる社会>というのにダウン症のこどもを持つ親である私は、素晴らしい!と感激していました。
運命のめぐり合わせというのもあるかと思います。ただこういった人たちは私たちに測り知れないほどの愛や気づきを身を持って与えてくれていることをひしひしと感じます!
すべての人が自分を振り返り、成長してゆくんですよね!
御身お大切になさってください。

57 ■素晴らしい

媚びることなく、ごまかさず、また卑下し過ぎることもなく、ありのままをありのまま素直に伝えられるあなたは本当に素晴らしいです。

56 ■inclusion

インクルージョンの概念ですね。
私は仕事で世界各国の教育を調べることがあり、例えばオランダの教育機関などがインクルーシヴな教育を行っていることを知りました。
その反面、日本は障がい者に対しては別離や隔離をしがちで、インクルージョンに対応する日本語もなければカタカナのままで通じるヒトも少ないです。
個人的には当該記事での三宅さんの主張に疑問を感じませんでしたが、これからも日本が多様性豊かな社会となるよう活動し続けられることに期待して応援してます!

55 ■貴方には愛がある。

自分自身を省みてそれを素直にこんな公の場で言葉にできる貴方の姿に直面し、
やっぱりこの実直な愛のある男に1票を投じて本当に良かったと心からそう思いました。

三宅さんに票を投じた人は「三宅洋平一個人」と深く向き合った末投票に至っている、そんな気がします。

54 ■無題

三宅さんが悪気なくそのような発言をされたことはわかります。
しかし、私も、つい先日、初の姪が障がいをもって生まれてきました。私もこれまで身内に障がい者がいなかったものですから、障がい者に理解があるつもりではありましたが、いざ当事者となるとなかなか現実を受け入れられない。これまで、理解を示してきたつもりでいながら、実は所詮他人事として生きてきたのだと痛感させられる毎日です。
放射能や化学物質が胎児に及ぼす悪影響があることは充分承知の上ではありますが、原因が何かも分からず、毎日毎日苦しんでいるという当事者への配慮が少し欠けてしまっていたのかもしれませんね。
それでも、皆さんがおっしゃるように、一番恥ずかしいのは間違っていたことを間違っていたと素直に言えないこと。
間違っていたことは素直に謝罪するという三宅さんのスタンスに改めて感動いたしました。

53 ■難しい問題

反省される三宅洋平君、貴男の真摯な対応が一番良い。どうにもこの世は反省しない、ごめんなさいが言えない人間だらけになってきてしまった。特に政治の世界は酷い。何でも反省してしまうと自分の意見を曲げてしまったひ弱な人間として扱われてしまうのだそうだ。普通の社会でもそういう風潮が強い。しかしこれらは間違っていると思う。人間なんてもんは間違いしかしてこなかった。成功したと思われるのはその中から収受選択した結果。エジソンだって失敗は成功の母と云ってるのにだ。反省できる人が政治家になって欲しいね。そして「ごめんなさい」と云って顰蹙をかったら、堂々と「反省こそが人間を進歩させるのです。」と発言してやって下さい。

52 ■自分の言葉を「放置プレー」しない

間違った語句を使って表現してしまうことは
誰にでもあります。
それで誤解を与えてしまうこともありますね。

傷を修復できるのも、また「言葉」だと思います。

失敗に気が付いて「反省」する人と
気が付いても何も「反省」しない人と
気が付かないまま「無視」する人や、
気が付いていながらもただ通り過ぎる人、
逆恨みする人、悲しむだけの人、
いろいろいますね。

洋平君は、言葉を放置プレーする人ではないことがわかり、
また惚れ直しました。

人生、修業の旅ですね。

51 ■精神障害

私は元場面緘黙症で、今は不安障害です。
投票所に行くのはとても勇気が必要でした。場面緘黙の人は、人前で字を書くのが怖い人もいます。
どうか、簡単に投票所に行けないのに、頑張って三宅さんに投票した人達がいた事を知って下さい。
応援しています!

50 ■精神障害

私は元場面緘黙症で、今は不安障害です。
投票所に行くのはとても勇気が必要でした。場面緘黙の人は、人前で字を書くのが怖い人もいます。
どうか、簡単に投票所に行けないのに、頑張って三宅さんに投票した人達がいた事を知って下さい。
応援しています!

49 ■私は反省しています

我が子にも見た目的に少し、他の子と違うところがあります。それを障害(障がい?どっちでもいいけど)と他者は言うかもしれないです。
私は子供の時から予防接種はバンバン受けたし、体調悪いと薬をどんどん飲んだし、添加物いっぱいの食べ物もたくさん食べていました。ホルモン剤も摂ったりしました。全て無知のなせる業です。その結果、我が子は私の血中にたまっていた毒を胎盤を通して全身で全部受け止めて、生まれて来てくれました。
なぜこうなったのか?!いろいろ調べてそこでやっと私は自分の無知さ、不勉強さに気づき、猛烈に反省したのです。それからは必死に世の中にあふれる薬をはじめとする毒について、その排出法について、そして正しい食事や自然療法について勉強しました。
もし、子どもがつるつるピカピカの健常児で生まれてきていたとしたら、今の私は無く、あいかわらず世の中に騙され、なぜかいつもどこか体調の悪い人のままだったでしょう。
私は我が子に心から感謝しています。いろんなことを知るきっかけを、体を張って作ってくれたから。そして、そんな苦しい役を買って出てきてくれたけなげさが本当にいとおしく、愛と尊敬の念で我が子を見つめています。
反省って、振り返ってよく考えてみることですよね。それは必要な作業だと思います。ただ言葉のニュアンスが、戒めを迫るような部分もある点で、まだいっぱいいっぱいの方々に対しては使うのが難しいところですね。

48 ■三宅洋平さまへ

はじめまして。
朝霧裕と申します。わたしは、ウエルドニッヒ・ホフマン症という先天性の筋疾患をもつ当事者です。
三宅さんがミュージシャンから政治家に立った時、
新しい人が国会と市民個人の声とをつなげていくのではいないか、ただ、「数で圧する」というやりかたではなく、その声の数がたとえ1でも2でも、「個人の声」、数としてマイノリティーである者の声にも耳を傾けてくださる人が、大きなチャレンジとして現れたのではないか、と、願うこと、思うところあり、大宮にいらしたときに、お話を聞きに行ったり、ブログを拝読しておりました。
ですが、このブログにある、昨年の、内海医師との「障害について」のやりとりの一件で、
「障害や病気イコール悪」「障害のある子が生まれてくるよりも、ない子が生まれてくるほうが良い」とお考えのかたであるならば、一票を投じることはできない、と、心が砕かれるような思いでおりました。
ですが、今、たとえば、介助者の不足であるとか、高齢介護も、政策として、介護を使えない人がより増えている現状にあるなどを鑑みて、
国政へ出たいという意志を持つひとりの人が、障害当事者の人権、ひいては、あらゆるすべての民が、生まれてきたこと、生きること、命を尊びあえる世の中について、どのようなお考えを持っている人間であるのかということは、障害当事者として、見届けていく責任がある、そう、このブログを拝読し、あらためて思いなおしました。
今は健常者である人も、高齢になったとき、障害や病気にならない人、人生で一度も介護や医療の世話にならない人、という人も、めったにいません。

そのことを含めて、ともに考え続け、発信し続けてくれる政治家はだれであるのか?これは、有権者のひとりとして、よくよく、広く誰の話でも聞き、考えて、選ぶ責任がわたしたちみなにあると思う。

障害を持つわたしの願いは、どんな体に生まれても、だれもが、その人が生まれてきたこと(生まれてくること)、生きていることを喜びあえる、そんな国づくりが、この国の未来の姿であることです。

47 ■無題

ありがとう

46 ■次世代への責任

元記事を読んでいないのでよくわかりませんが、おそらく洋平さんがおっしゃったのは、私たちの次世代への責任ということではないでしょうか。「知らなかった」では、通らない。結果を背負うのは子孫だということ。現在の環境が、食物が、次世代にどのように影響するかを、障碍者問題にからめて発言されたのではないでしょうか。
私の従弟は全盲ですが、彼が望んでいるのは「何もかも与えて貰える世界」です。親は危ないからと、全盲になってからは本人にカップヌードルをつくることさえ禁じました。現在47歳。両親ともに80代、父は末期がん、母は認知症。本人のブログを見ると、「殺す」、「死ぬ」の文字が躍っています。
叔父、叔母はいとこ同士で結婚しましたので、血が濃い結婚をしたことを「反省」しろという人もいるでしょうが、私はそうは思いません。しかし、子どもの目が見えないことがわかったぐらいで「がっかり」したこと、本人をありのままに受け入れなかったこと、必要以上に甘やかしたことについて、彼らは反省すべきだと思っています。
私たち大人は、親は、あらゆる子どもたちを「限りなく尊い、唯一の存在」として認め、愛し、育てなければいけない。その尊い存在を預かるに際し、生育環境、与える食料、その他の物を吟味しなければいけない。そこに「間違い」があったのなら、素直に認めて反省し、間違いは正していく必要がある。洋平さんが言いたかったのはそういうことではないでしょうか。
すべての子どもたちを、人間を、「限りなく尊い存在」として見つめること、私たちひとりひとりが、自らの足で誇り高く歩める社会を築くこと、そういう想いを、洋平さんに託します。

45 ■大丈夫!

内海氏のFBの投稿を読んで一瞬落ち込みましたが
でも子供(食物アレルギー)に対して「私が健康に産んであげられなくて申し訳ない」と思っていた私は子供に対して「ありがとう」という思いに変わりました。

背筋がピンと伸びる思いでした。

44 ■そうですね

私は脳性マヒで重度障害者です。
子供の頃は障害のある身体のことで
同級生にいじめられたり、親に罵倒されたり
精神的な苦痛が多かったというか、
精神的苦痛のみだったような気がします。

第一に障害、病気=悪という固定観念を、
変えていかない限り、障害者には生きづらい社会が続くでしょうね。
私自身は障害のある身体は不自由ですが、
不幸だと思うことはありません。
みんなが足を知れば、どんな状況、境遇であろうと
幸せを感じれるのになぁ。

三宅さん、いつも応援しています!!

43 ■無題

関係ないかもしれないですが、

先日、私が体調悪くしていた時に、
唐突に、
「お母さんが、身体弱く産んじゃってゴメンね。」
と言われ、驚きました。

確かに、生まれつき虚弱ではありますが、

母のせいだ、
なんて考えたことは微塵もなかった。

それでも、そんな風に想ってくれる母の愛を深く感じました。

真の愛になればなるほど、
自分を省みることは、普通にあるか、と。

そして、それを人から言われて逆上するようであれば、そこに本人の内側に何かしらの、クリアできていない闇(痛み、苦しみを含む)があると思います。

三宅さんの、周りの声に真摯に耳を傾ける姿勢に、誠実さを感じます。

しかし、本人がクリアできていないモヤモヤもクリアにし、さらにエンパワーするチカラをお持ちですから、

あまり引きずられませぬようm(_ _)m

42 ■愛の選択

生まれてくる前にあらかじめ
決めてくることがあります。
生まれてくる国、環境、親、男か女か…
全て魂が決めています。
勿論、障害のあるなし、どんな死に方をするかなど全てにおいてです。
愛を学ぶためにです。
愛を学んでもらうためにです。
障害を選んで生まれてきた勇気ある魂は
本当にピュアな心を持っていて
人を傷つけることなど決してしません。
勝手に親が傷ついているだけかもしれません。全ての人にこの世に生まれた使命があります。良い悪いもなく
全て愛を学ぶために必要な出来事しかないと思えば批判することもないのです。

41 ■親が反省するのではなく

社会が反省しろということではないでしょうか。

親には罪はない、子供は結果。親も結果。

その親も子も、明らかにこれまでの社会が作ってき結果でしかない。

だからこそ、今の社会に改革を!

だから、三宅さんに期待してるんです。



40 ■知りませんでしたが

私はFBは登録もしていないので、そんな発言をされていたことを知りませんでした
内海医師のブログも拝読していますが、言葉そのまま受けとると傷つく方もいらっしゃると思います。
障害の原因ははっきりと解明されていない以上誰も責めることは出来ないと思います
私は3人の母親ですが、障害はないので障害を持つお子さんの大変さを想像することは出来ても実感はありません けれども手助けはしたいと思います
母親の介護をしていますが、車椅子で公共機関を利用するとき、駅の端にエレベーターがあったり、その場所を探すだけでもう疲れはてます
その立場で色々と苦労があると思いますが、色々な立場の人達が支えあう社会になれば嬉しく思います
三宅洋平氏はそんな社会を実現してくれる一人だと思っているので応援をしていきたいと思います

39 ■これで応援できます!

発達障害者支援をしています。
内海医師の言葉にとても多くの人が傷ついています。
障害を環境(親・食べ物・空気等)由来とするには一つ一つのケース毎に丁寧に判断しなければならいはずなのに、「全ては親のせい」と吐き捨てた内海医師の言葉は乱暴過ぎます。

洋平さんの自らの言論を「過ちだった」と認めて訂正撤回した姿勢には誠意を感じます。
これでやっと応援出来るし、周囲にも「私は三宅洋平の政策を支持してる!」と言えます。
一緒に戦っていきましょう~!!

38 ■ステキです♡

全介助の子どもを持つ親です。

子どもが生まれてから、環境や食べ物について勉強するようになりました。
安全なものを子どもたちに、と考えて。
知れば怖くなるようなものばかりですよね。

わたしは選挙の時の洋平さんのスピーチを聞いて、
ココロが震えた一人ですが、この「反省」と言う表現と、洋平さんの想いが繋がらず違和感を覚えたのは確かです。でも、きっと知らない部分もあってのことだと 応援することは変わりませんでしたよ。
愛があります。
想像力もある。
そして誠実な今回のこの投稿。
やっぱり、こんな政治家はほかにいません。
ますますファンになりました。

わたし自身、重い障がいをもって生まれた娘に教えられたことは、計り知れません。
この子たちの存在は、生きることや、個の尊厳についても深く繋がっています!
洋平さん。これからも勇気と希望を発信し続けてくださいね!
応援しています(^O^)/









37 ■ひとつになれたら

三宅さん、本当にお疲れ様でした。選挙フェスを息子と一緒に聞いていました。わたしは愛知県の住民ですから、選挙権はありませんでしたが、息子が国政に興味を持つようになりました。
息子は20歳です。あることが原因で人と接することがとても苦手になりました。今は家でボディケアセラピストを仕事にしております。
お客様に対しては誠心誠意マッサージをさせていただいておりますが、その他の事には無関心。でも三宅さんの魂のあるメッセージが、息子の心に一石を投じてくださいました。
きっとそれに似通ったことが全国でおきていると思います。三宅さんやそのまわりで今回頑張ってくださった方々のおかげで、日本が動き始めたと感じています。

何をしても、知らぬ存ぜぬを決め込む政治家がいる中で、今回のようなブログをアップしてくださってありがとうございます。これからも息子共々応援させてください。

36 ■無題

その言葉を待っておりました。
きっとそう言ってくれるだろうと思って信じて応援していて良かったです。

35 ■初めまして。

受け取る方によって「反省」という言葉の意味が違い、思いも様々なのでしょうね。
三宅さんの活動、言葉に真摯さを感じます。こんなに情熱のある方がいるのだと感動しています。
応援してます。ありがとうございます。

34 ■あ、勘違いしました。

当該記事というのは、この記事じゃなくて、「反省」という言葉を使われた記事のことだったんですね。勘違いしました。
いつか、直接三宅さんのお話聞きに行きたいと思います。

33 ■削除しないでください

初めまして。
選挙中は友人がたくさん三宅さんの街頭スピーチをシェアし、「とにかく聞いて」と言われました。
素敵なことをおっしゃる方だと、いろいろ調べたら、まさにこの話を見つけ、私はシェアするのをやめました。
私はダウン症の娘の母です。
内海医師の一連の発言も以前に読み、思うところがたくさんありました。
だから、それを受けての三宅さんの発言もずっと引っかかっていました。
ググっても、このことに関する三宅さんの考えは見つかりませんでした。
そして今日、ようやくこうして拝見でき、一つわだかまりがとけました。
誰にでも、知らないこともあれば、言葉の選択を間違うこともある。
それを許せる社会になればいいとおもっています。障がいについても、タブー視せず、いろいろ話し合える世界であってほしいです。
だから、この記事は消さないでください。
よろしくお願いします。

32 ■障害と障がいについて

私の回り(かかわり)には、社会的に障害者と呼ばれる方とその方たちのサポートをする仕事や活動をする方たちが多いのと、自身が保育科出身でその事について学んできたので、『障害者と社会』はとても身近なのですが、その中でたまに目にするのが、障がいという言葉です。
日本では『障害者』とは、社会的、生活面にハンディキャップを持つ人のことをそう呼びます。
そして、本人や関わる人たちは、差別や除外に苦しみ、分けない社会、分けないサポート(支援、援助、介助)すなわちノーマライゼーションという考え方を多かれ少なかれ持っています(洋平さんの考え方)
単純に、出来ない人の出来ない部分はできる人が補って生きていく。ということだと思って来ました。
だから、障害者の害は、まるでそのハンディキャップが害であるような印象で差別的だから障がい者と改めよう。と
ところが、とあるヨーロッパ(フランスだったかな?)の車イスの方の話を記事にしてるのをネットでみつけ(元がわからずゴメンナサイ)読んでみると
ヨーロッパでは、障害者とは、自身に障害を持つ人のことではなく、その人が生きる上で、社会が障害となるつまり、障害を受ける側の人という認識である
というような内容でした。
はっとしました。
障害者であろうと障がい者であろうと、そう呼ぶときに本人の出来ない部分だけをみる時点で差別(あるいは区別)しているなと。
この人はこういうハンディキャップがある、だから例えば電車に乗るまでにはこんな障害があるというところまで意識がいかないとだなと思いました。
社会的に障害がある人ではなく、社会的に障害を受ける人
そう思うようになってから、障害者と使うようなりました。
日本語は本当に奥深いです。音と文字では伝わ方も大きく違ってくる。
誰かは共感し、誰かは傷つく
その事を知った上で発せられる洋平さんの言葉や考え方、学び続ける姿勢にいつもいい影響を受けます。
今回もありがとうございました。
すみません長々と、でわ!!

31 ■子供2人が自閉症です

私は怒りなんて起きませんでしたし、反省もしています。自分の親から続けてきた現代の食生活や社会毒に原因があることに気が付いたから。今は助けてくれる周囲の方々に感謝しながら、子供が出来るだけ自立出来るよう頑張っていくだけです。障害だけでなく多くの病気の原因はそこにあることに気付かないことや障害を受け入れられない方が可哀想。洋平さんにも1日だけとかじゃなく、純粋な障害者と接する機会をもって頂けたら嬉しいです。

30 ■言葉

人は「文字」や「言葉」に縛られている。
今回の件は、本人の思い込みが反映されたものだと思います。
もしも、対面で話されていたなら誰も何も感じなかったんじゃないでしょうか?
「文字」は「文字」でしかないから、読んだ本人の気持ちで取ってしまう。
対面なら、気持ちが伝わったでしょう。
だから、文字だけの付き合いは誤解を招くことが多い。

それを、キチンと受け入れてくれた三宅氏に感謝。
でも、私たちも受け入れなきゃいけないと思います。

29 ■子どもが視覚障害です。

内海聡医師の発言は『ただ誰かを傷つけたいだけ』という意思が全面に出ていて不快でした。
ただ、さいとうきみこさんというカリスマ?保育士が、今から30年前からずっと、障害児は環境の悪化によるものだと言っていて、それはそうだろうなぁ。と思っていました。
反省という言葉は確かにきっついなぁーと当事者としては思います。反面、正直申し上げて『あなた、ちょっとは反省しなさいよ!』と言いたくなる障害児の親がいるのも事実です(笑)
ヒューマニズムに救われている親もいますが、ヒューマニズムをうまく利用している親もいます。
そういう人にはいいことばかもしれません。

それから、障害は障害です。
差し障りがあり害のあるものです。
(個人的には障がい、という書き方は嫌いです。)
だから、障害児は訓練して健常児に目線を合わせようと頑張るわけです。
ただ、ときおり、健常の方にもこちらの目線に合わせてもらえると助かりますー。

28 ■お久しぶりです

三宅くんお久しぶりです。HI-Dです。
(しっかりリンクしてないかもだから覚えてないかもしれませんが....)
僕は18歳の時に事故で右手の指を無くしてから障害者として生活しています。
ので今回の事は色々と個人的に思うところはありました。
他の方のコメントにもあるように『障害は個性』と捉えられている方はとても前向きに生活されてると思いますが、やはりそう思える人ばかりではないですよね。
日本は特に『かわいそう』とか『(障害について)触れてはいけない』的な感じもありますね。
僕たちは『かわいそうな人達』ではないんです。
でも社会や健常者の方々が必要以上に気を使ったり差別したり"可哀想"と思う事で障害を持つ側もそのご家族も自分達が『かわいそうな人間』なんだと思うようになってしまうのです。
それはとても耐え難い精神的な苦痛だと思うし、時に必要のない『怒り』を生む可能性もあります。
ので、三宅くんのように人々の希望の存在にならければいけない人は言葉選びに慎重にならなければいけないのだと思います。
『障害を受けとめることに障害のない社会』作りを掲げるなら1人でも多くの障害者やそのご家族の言葉に耳を傾けてみるも必要なのでは?
僕はミュージシャンであり障害を持つ人間なので、僕でよければいつでも。
僕は今までも個人的に障害を持つ子達やそのご家族とふれあってきました。
これからの社会を少しでも優しい考え方を作れるようみんなで頑張りましょう。
そしてこれからも人々の希望の存在になってください。
p.s.
DABOやDELIが僕の連絡先も知ってるはずなので機会があればリンクしましょう。

27 ■大切なのは、心のバリアフリー

今回、なぜだかとても思いつめて、三宅さんに会って話をしに、飛行機で沖縄まで行こうかとさえ思ってしまいました。
多くの人々が意見を寄せたのは、三宅さんと言う政治家の卵を、多くの人々が大切に考えている事の表れではないかと思います。
それらの意見に眼を通し、血肉にしようとされている三宅さんの姿勢も素晴らしく、ささやかながら今後とも出来うる限りの支援をして行きたいと思いました。
こんなスタンスを尊敬いたします。
僕がTwitterで自らの障害について呟くのは、僕のような境界線上の事例が、障害と個性の垣根を無効化する役に立てれば、と言う思いからです。
個人的に、一番、無くして行きたいのは、親など身近な人たちが持っているかも知れない、無意識的な差別意識や否定感情です。
もしも、それらが存在すれば、それは、ほぼ確実に子ども本人に感染すると思います。
大切なのは、心のバリアフリーです。
以下は、僕にとっての障害について、フリーライターの方に記事にして頂いたものです。
斜め読みしてみて、もしも参考になりそうなら、お目通し下さい。
http://ameblo.jp/momo-kako/entry-11389949938.html
http://ameblo.jp/momo-kako/entry-11389953017.html

26 ■自分も障害者ですよ

自分も、障害者です。いろいろアメブロでペンを振るっています。是非、読んでいただきたい。では。活躍を祈ってやみません!人間、いろいろあるものです。許しあいも必要です。愛と義のある社会に向けて。頑張りましょう!

25 ■障害は個性というチャンス。本人の希望と勇気。

私が子供を産んだら、障害を遺伝させてしまうかもしれない。それでも私は将来子供を産むことが楽しみです。
上に書いたような考えを持つようになってから、気持ちが前向きになりました。

障害を持っていたとしたら、その子はきっとその分特別な個性を持っています。うまく伸ばしてあげられればきっと素敵な子になります。
沢山の人に愛される、もしくは沢山の人に気づきを与えてくれる、そういう神さまからのギフトを持った子だと思います。
もちろん大変なことの方が沢山あるかもしれないけれど、それでも。

だから、障害を前向きに捉えるというのも良いと思います。
親の食生活や環境など、負の側面だけではない、その子自身もそのような環境に生まれ、そのような障害を持つ人生を経験したい。学びを得たい。人々に大切なことに気がついてもらう。または人を優しくさせ、愛の気持ちを湧き起こさせる、そういう素敵な素質を持った子供もいる。
そういう生き方をしたいと望んで生まれてきていると思います。
そうだとすると、、そのことがまた、私たちが健康な食事をしよう、健康的な生活を気をつけようと心がけるきっかけに繋がっているのかもしれないですね。。

24 ■障害は個性というチャンス。本人の希望と勇気。2

でも、今私は、自分に遺伝の可能性のある障害があっても、ご縁があればいつかパートナーを得て、縁があれば、子供を産むことを決めています。
なぜなら、もし私が子供を産むことになったなら、それは私の元に生まれたいと望む子供がいるからです。私の胎内に宿るならば、私を母親として選んでくれる子供がいるということだからです。
障害を持ちうる、そのような環境でもあえてそれを望んで生まれてくる。
(これはパートナーとの縁にもよりますが)
家族になるということは、どんなことがあってもそう約束しているから、そのような縁があるから成り立つものだと思っています。

23 ■障害は個性というチャンス。本人の希望と勇気。1

私自身が発達障害者ですが、三宅さんが批判されていて、なんだろうと元の記事を確認したときは、私は何も嫌な気持ちは感じませんでした。

ちょっと極端かなとは思いましたが、一理ある、やっぱりこれから子供を産む世代、私たちも気をつけていきたいな、と、内海さんや三宅さんの考えていることをたぶんそのまま受け取りました。
私はあの記事を読んで、自分のこととして傷ついたり、親のことを思って悲しくなったりなどはありませんでした。

私の親も、私が大学生になってからこれまでのことの原因が発達障害であることが分かったときは、あっけらかんとして、じゃあしょうがないね、と事実を拒絶せず、自分を責めるでもなく後悔するでもなく。私も親の生活や育て方に問題があったのではなどと疑ったり責めたりする気持ちがまったく湧きませんでした。
母はかなり健康志向な人だったからかもしれません。父はもともとあまり興味がなさそうだったので仕方がないな、と。

でも、自分のこれまでの生活の仕方が子供の障害の原因になると言われて、心臓がきゅっと縮まる思いや、頭に冷水を被せられるような気持ちになる人がいるのは当たり前ですね。。

つづきます。

22 ■無題

私は身体障害者4級で足が悪く、杖をついて歩いています。
遺伝もあるかもといわれていたので
子どもたちの足には、常に気を配ってきました。
「おれ、足が痛い。」なんて言われると
どきっとしたものです。

洋平さんの選挙フェスに行ったとき
3ショット撮影会での
洋平さんと太郎さんとボランティアのかたの、私への
さりげないお気づかいが
あまりにも自然で嬉しかったです。(ブログに書きました)

「反省」という言葉は、ちょっとキツかったかもしれません。
障がいを持ったことは、人それぞれ様々な理由があり
または原因などわからない場合も多いので
ひとくくりに語ることはできないです。
でも、ある一面
無知ではいけないのですよね。
国や企業の言っていることの裏に何があるのかなって
慎重に考えるべきだと思います。

私がいつも気になるのは「障がい」という字面です。
いつからか「障害」から「障がい」へと
害の字を使用しなくなってきましたが、
それは障がい者からの要望なのか
思いやりのある健常者の上から目線なのかどうか知りませんが
(ひねくれていますか? 笑)
そういうところに気を使っていただかなくていいのにと思います。
あえて言うなら
「ハンディキャップ」の方が心が落ち着きます。^_^

いつかは、電車やバスの優先席なんて
いらなくなる社会がきてほしいです。
長々と失礼しました。^ ^

21 ■(^^)

息子が自閉症なので、内海さんの言葉にはかなり嫌な思いをしました。でも、洋平さんはきっと誰かから話を聞いて、必ずわかってくれるという確信があったので、洋平さんの発言は気になりませんでした。
食事、空気、医療など、気をつけなければいけないのは事実ですから。(内海さんも洋平さんもこれを言いたいのだと理解してます)

私もいろんな人達からの心ない言葉や態度に相当苦しめられて来ましたが、洋平さんには今回の事で必要以上に凹んで欲しくないなw
私の息子は一見普通なので「息子は発達障害です」と言ってしまった方が、息子のおかしな行動が息子の性格や私の躾のせいではないとわかってもらえるため、息子については「障がい」という言葉を時には都合良く使わせてもらってます。
言葉そのものに差別があるようにも思えなくて、使い方やその言葉を使う人に差別感情があるかどうかなのかなと思ったりもします。
そもそも、障がい者、健常者ときれいに二つに区別できるものではありませんものね。

太郎さんの所と、今回洋平さんのボランティアもさせてもらえて、お二人をこの厳しい世の中のかすかな光のように感じています。ありがとうございます。

20 ■5体不満足な方のおかげで

<5体不満足な方のおかげで>、
★ぼくらは、今ここに居られる。
【根拠】
環境は常に「未知の方向」に移行します。したがって人類が、ある形態に固まれば環境の変化に適応できず絶滅します。 人類は法則性を持たず身体を変えて行く必要があるのです。
<障害の隠れた意味>
障害の意味は「時間軸」を入れれば劇的に変化します。現環境で切り取れば不適応な体が環境が変われば「最適」と言う事も有るのです。
だから「障害」を正確に言えば「現環境に不適応」という事。
<解りやすい例を一つ>
人口爆発を続けているこの先には食料不足になり多くの餓死者が出ると言う予測が有ります。
そうなれば節約遺伝子を持ち食料が溢れる現代社会でデブと蔑まれている人達は?
スマートな人達がバタバタと死んで行く時代を生き延び人類のDNAを伝えられる可能性が高い人たち!なのです。

コメント投稿

コメントは管理者により確認されています。
掲載されない場合もありますので、あらかじめご了承ください。

三宅商店

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。

Ameba芸能人・有名人ブログ 健全運営のための取り組み
芸能ブログニュース