日本人気質

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十九年ぶりの日本人横綱誕生とかで大相撲が隆盛らしい。

 

私の周囲でも好きな者が何人かいる。

 

十数年前数々の不祥事を起こし、自粛ムードも流れたが実際自粛したのは私の記憶では一場所だけ。

 

興行に関わる業者が多いとか、日本の伝統文化だからとかの理由でさらに国営テレビ放送も見放すことなく放送を続けてきた結果、また人気を博すようになった。

 

相撲部屋での傷害致死事件、力士の薬物使用、八百長試合の発覚、もっとあったと思うが私は相撲協会、解散して当然だったと思っている。

 

大衆もまた大様だ。

 

日本の伝統芸能だし、風物詩なのだからとかナントカ。

 

結局はビール飲みながらテレビ観戦してどっちが強いか、話しが盛り上がればいいのだ。

 

自分にとっての楽しみ(個人にとっての利益)が第一で正邪善悪など二の次なのだろう。

 

同じ事が今の国会をみても言える。

 

法案を強行採決しようが、総理のご意向で行政が歪められ小学校や大学が出来ようが、国民は最後の審判は下さない。

 

私は内閣総辞職だと思うのだが。

 

内閣の支持率は一桁下がったとか聞くし、国会前でデモする人たちの怒りの表情は本物だと思う。

 

心ある日本国民の半数以上は現政権に異を唱えている。

 

だが心ある彼らが有権者として一票を誰かに投じる時、一人ひとりの立場が変わる。

 

会社人、中小企業の経営者、医者、役人、公務員、職人、弁護士etc

 

自分が食べてゆくことを判断基準にするのだ。

 

自分の今の稼ぎが増えるか減るか損得で誰に投票するのかが決定される。

 

しかも同種職業の○○協会という組織票になるから多少の不祥事が発覚しても内閣の支持率が下がっても大勢に変化がないのである。

 

太平洋戦争後、日本人の帝国主義や共産主義へのアレルギーは強く、自由を謳歌する自由主義経済を進めてきた。

 

だが自由の裏にひそむ損か得かという功利主義。

 

功利主義が国民のものさしであるうちは世の中がよい方向へ進むことはない。

 

 

 

 

 

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イエスタディ

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最も成功したロックバンドと称されるビートルズ。

 

ボーカルであったP・マッカートニー氏のコンサートを聴いてきた。

 

P氏も結構な高齢となり、元気なうちにぜひという知人の薦めだった。

 

基本的に彼のつくった名曲の数々を私はよく聞くのだが、特に心に残る曲がイエスタディだ。

 

今回、彼の生歌で聞くことができた。

 

この曲、以前ロシアの空手家の家でカラオケで歌ったことがある。

 

十四年前、米国がイラクに対し空爆を始めたその日、どこか不安な気持ちでロシアのエカテリンブルグという空港に降り立った。

 

三人の師範方(これぞ極真と呼べる面々)と私と私の生徒の五人であった。

 

四日間の合宿(最終日は昇段審査)に集まった人は200名近くいた。

 

企画したロシアの師範は私と同年齢、キャリアも同じくらいであった。

 

稽古は充実したものであり、特に記憶に残るのが蹴りの移動稽古。

 

前蹴上げを1本から30本まで一本ずつ増やしていき、また逆構えで1本から30本まで蹴るのである。

 

今、計算したら5580本とでた。

 

終わった時に汗が塩になっていた。

 

そして腰が抜けたような状態だったのを覚えている。

 

最後の審査会も滞りなく終え、その晩、ロシアの師範が自宅に日本の先生方を招いてくださった。

 

奥さんと五、六歳になるお嬢さんがいた。

 

瞳がブルーのガラスのように美しかった。

 

ロシア人形のような可愛い娘さんだった(今やすごい美人だろうなぁ)

 

ロシアの先生は昔の仲間と言って男性を私たちに紹介してくれた。

 

まだロシアが社会主義体制の時代、地下に隠れて極真空手をともに稽古したという。

血の絆、そんな表現をしていたと思う。

 

私は青春時代や人生を空手に賭けたが、彼らは当局の目を逃れ、正に命を賭けて空手を学んでいたのだろう。

 

その後居間に移ってホームカラオケを始めた。

 

自ら選んだビートルズのイエスタディ、私達を見回し、誰か歌えるか?とうながした。

 

私が名乗り出ると、ほかの先生方がえっお前が?というような顔をされた。

 

私は歌詞を見ずとも歌える。

 

ロシアの先生は満足げにうなずきながら聞いてくれた。

 

かつては腐敗し、堕落した資本主義の象徴であったはずのビートルズ。

 

きっと口ずさむことさえはばかられながらロシア人の彼にとって憧れのグループであったに違いない。

 

将来の夢や希望を歌う曲よりは、過ぎし日々への追憶や失恋を綴る曲が断然多くあるように思える(数えたわけではない)

 

当時の私も毎日バラ色という訳ではなく、激しさを増す法廷闘争に不安と焦燥の日々を送っていたはずだ。

 

それにも関わらずあの時がいとおしく感じられるのは、人は過ぎ去った出来事を知らぬ間に美化するからであろう。

 

ロシア遠征したメンバーも二度と集まることはない。

 

行っておいてよかったと思う。

 

これからもイエスタディを聞く時、ロシアで出会った人達、得難い経験を思い出すだろう。

 

 

 

 

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時は待ってくれる

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誰がいったい何時、そして何故つくったのか解らぬ時間というもの。

 

全人類に公平に与えられたものであり、時の経過は誰にも止められない。

 

時は待ってくれない。

 

だが先日あるアーティストが言った

夢や目標に向かって一所懸命努力している人に時は待ってくれる-

と。

 

想像するに何かに対し、時の経つのも忘れ没頭するという充実感、夢がかなうという達成感、次の目標が見えるという新たな希望、好きなことに熱中する時にであう人やもの。

 

懸命に努力する者に対し、時は無為に過ぎてゆかず、人生における宝石を与えてくれるということだと思う。

 

至言である。

 

昨日、少年大会に出場した子どもたち、時は待ってくれる、そのヒントをつかんだのではないか。

 

自分のうちに棲む弱気な心、対戦者への恐怖心、肉体的苦痛からの逃避。

 

それらに克己できたかどうかは別として少なくとも直面できただけでもすばらしい経験をした。

 

少年たちが緊張からこわばった表情をして試合場に臨む姿を見る時、彼らの顔が苦痛やくやしさにゆがむ瞬間、私は指導者として不安になる。

 

けれども闘いが終わり互いにあいさつを交わす姿や仲間にたたえられ、うれしそうな顔を見る時、集合写真の写真会場にただよう明るく晴れやかな空気を感じる時、自分が伝えようとすることがまちがってはいないことを確信する。

 

次の目標は九月の直心杯。

 

少年拳士たちに時はやさしく待ってくれている。



 

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彼は町田道場にも二、三回稽古に来た。

 

スパーリング相手の生徒が皆壁まで飛ばされてしまったが。

 

後輩は稽古後に学業と練習の両立に苦しんでいると悩みを私に吐露した。

 

大学で出される課題に練習時間が割かれる、結局睡眠時間を削ることになる、家にサンドバッグと砂袋を作り自主トレしているが道場に行く日が限られる等、一日二十四時間学業と睡眠以外は空手にかけていたのだ。

 

車で移動する時も組手、いや試合で自分に旗をあげることを思慮していたのである。

 

私はうまい助言もできず、ただ聞いているだけだった。

 

若くして全日本王者となり、飛ぶ鳥を落とす勢いであった後輩だが、二年後の全日本二回戦で飛び膝蹴りをもらい、一本負けをする。

 

応援する私の目前での出来事、感情的になった動きが大きくなり、隙があるように見えた。

 

勝負は隙を見せた方が負ける。

 

後輩は低迷する。

 

だが辛酸をなめた彼は九十一年大山総裁開催の第五回世界大会で第三位という輝かしい結果を残した。

 

無表情で戦う彼の姿をメディアは格闘マシーンと形容したが当の本人は嫌っていた。

 

俺は血の通った人間です、そう私に言ったのを覚えている。

 

あまり心の奥底まで互いに話す間柄でもなかったが、ある時、私の先輩を交え彼と三人で話していた時、彼が私に言った、先輩の組手は格調高いですよね、と。

 

かなり文語的な表現をされたので、意味を反すうして間があったのち、あぁありがとうと答えた。

 

その後しばらくあって組織が分裂。

 

後輩とも離れてしまった。

 

先日彼の他界を知らされた。

 

不憫でならないがひとつ思うのは彼がその後も一生懸命生きていただろうか、ということである。

 

互いに若き日に情熱を燃やした夢や目標と同等のものがあれから二十年間、彼に見えていただろうか。

 

六年前に出版された雑誌の記事にその解答らしきものがあった。

 

この道場で一番強いのは自分でなくていい、皆が人間的に強くなる (中略) 子どもたちの気合が聞こえないとちょっと寂しい、そういうふうになりましたね、との内容が記されていた。

 

同業者として似たような道程を歩んでいることを知り、私は少し安心した。

 

最後に会ったのが十八年前、全日本の会場だった。

 

私がトロフィーを運んでいるのを見た彼、会釈をしながら先輩も大変ですねと労をねぎらってくれた。

 

彼の見せてくれた笑顔を忘れることはあるまい。

 

ここに哀悼の意を表すものである。

 

車のサイドガラス越しに流れる雨の街並み。

 

今日から四月だというのに真冬のような寒さに桜のつぼみは堅く閉じたままだ。

 

車内の温度は快適で、フィル コリンズのAgainst All Oddsが流れている。

 

先輩、フィル コリンズいいですよ!

 

ある後輩の声が聴こえた。

 

そう三十三年前の四月一日、雪の降る大荒れの中、町田道場開きに大学生だった彼も参加してくれた。

 

当時、私の所属する道場では全日本上位で活躍する仲間が二、三名いた。

 

そういう強豪相手を向こうに回し、一歩も退かず、互角に渡り合う後輩は恐ろしく気が強かった。

 

実力が全日本クラスであった彼はその年の第十六回全日本大会に初出場。

 

大方の予想に反して優勝してしまう。

 

まさに大穴の快挙であった。

 

この数年前のことである。

ある試合会場で私と初対面の時、紹介者を挟んで彼は私にガンを飛ばしてきた。

 

鋼をまとったような分厚い筋肉で覆われた身体の彼の試合は異様であった。

 

場内がシーンと静まりかえり、彼の突きと蹴りのにぶい音だけが響く。

 

後ろ蹴りであっという間に一本を取り、無表情できびすを返し退場する姿。

 

強さの塊がそこにあった。

 

後日、私の通う道場に移籍した彼。

 

先輩、後輩として稽古で顔を合わすようになる。

 

当時、所属道場では、皆がそれぞれに、言えば勝手に稽古やトレーニングをして時々道場稽古で会って腕試しするという形態だった。

 

稽古が終わったある時彼は、先輩達、来週家から車を借りてくるからステーキ食べに行きましょう、と私と二人の黒帯を誘ってくれた。

 

君は学生なのに車で移動してすごいなぁと同僚を含め会話をしていた話のついでであった。

 

セレブの象徴であったビーエム、力と強さの源のステーキ。

 

私らは大喜びで彼に連れていってもらった。

 

その店は都内にあり、来店したプロレスラーの写真がサイン入りで飾ってあった。

 

その中に後輩の上半身裸のファイティングポーズの写真があった。

 

ポンドステーキをほおばりながら、すごいなぁと見ていた。

 

またある日の稽古後、後輩が言った。

 

友達がクルーザー持っているので日曜日、一緒に遊びに行きませんか?

 

私達は目が点になった。

 

クルーザーって何?あ、船か。ハハ、またいつかね…

 

異次元の誘いにただ笑ってごまかすしかなかった。



 

無恥

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あまり感情的になってはいけないので十日以上頭を冷やした。

 

やはり肝に据えかねる。

 

あの元都知事の記者会見。

 

果し合いに臨む侍の気分だの、座して死を待つつもりはない等威勢のいい言葉を並べておいてフタを開けてみれば豊洲移転は既成路線だった、議会みんなで決めたこと、水面下で決めたのは誰など個人名も出した(後に間違いだったと訂正)

 

本来であれば誰々が悪い誰それも悪い、だが私が一番悪い、法の裁きも甘んじて受けます…これが最高責任者の責任の取り方だろう。

 

一流大卒、若くして文壇デビュー、最高峰の賞も受賞。

 

国会議員に当選し大臣も務め総裁選にまで打って出た。

 

落選したもののその後都知事として活躍した。

 

才気と活力にあふれ、その思考は時に過激で世間を騒がせもしたが主義信条を持った作家、政治家、リーダーとして私も敬する部分があった。

 

それがあの責任逃れに終始した会見。

 

事の真相は今後泥仕合が必至で迷宮入りすると思う。

 

元知事は晩節を汚した。

 

もうひとり、大阪の国有地払下げ問題で私立小学校と財務省の間に立ち、口利きをしたのではとインタビューされた議員がいた。

 

ソファにふんぞり返って大威張りの暴君のような振る舞い。

 

代議士というのは国民に選ばれた代表にすぎない。

 

長年センセイなどと呼ばれ、大臣も務め齢七十半ばも過ぎればあれほど偉そうにしていても許されるのだろうか。

 

年寄りは威張ってもよいならばこれからの日本は威張った人間しかいなくなる。

 

威張る奴、ずるい奴、調子のいい奴。

 

世の三悪だが、往々にして威張る奴とずるい奴はリンクする。

 

真相究明に注目したい。

 

自分ももう年寄りだけれど目指すは好々爺(気のいいおじいさん)だ。

 

 

変化

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潮目が変わった。

 

国際情勢である。

 

昨年、英国のEU離脱が決定。

 

これが追い風となり米大統領に誰も予想しなかった(訳はない)というより、この人だけはなってはまずいという男性が選ばれた。

 

TPPからの脱退やメキシコとの壁作り、中東・アフリカ7か国の入国拒否など連日メディアを騒がせている。

 

これらの事がさらに風をあおり、今夏の仏国や蘭国の大統領選でも右傾化が進むことが予想されている。

 

ナショナリズム民族主義と呼べば聞こえはよいが、今の欧米で吹いているのはポピュリズム、大衆迎合主義。

 

彼らに将来的な展望は何もなく、例えば難民や移民が経済や風紀を乱すから入国させない、のように不平不満層に迎合して支持率を増やしているそうだ。

 

議会制民主主義とは突き詰めれば多数決である。

 

今まで手を差し伸べられなかった国民の労働者である不満を持つ層の数が今回勝った訳なので、結果は受け入れるべきである。

 

だが私の心の中にある、戦争という事態へ向けての時計の針が大きく動いた気がする。

 

自国の利益を第一に考える、これは理解できる。

 

しかし他国のことは何も考えない。

 

これでは帝国主義が旺盛であった二十世紀初頭へ逆戻りだ。

 

毎日テレビで自論を展開する米大統領の高圧的で断定的物言いを観ているとどこかの独裁国家の方に似ている。

 

そう恐れるべきはポピュリズムからファシズムへ移行することである。

 

誰かが大衆をアジテート(扇動)してトップに上り詰める。

 

独裁者は自国の足りないパーツを隣国へ求め、吸収合併し歯向かえば急襲する。

 

戦争へ至る道は意外と近い。

 

だが、現在の米国の民主主義のシステムを見ると権力が分かれているようで(三権分立)大統領令であろうと司法が裁判に持ち込むことができ、一時的にストップが働いている。

 

独裁者を出さぬよう考えられた究極のシステムが憲法なのである。

 

日本国憲法にも権力の分散は唱えられている。

 

ある学者が言った、最悪の民主主義でも独裁者よりましであると。

 

これから数年はそれが続くのだろう。

 

私たちが目を光らせるべきは身勝手な政治家の出現だ。

 

今、私には気がかりなことがある。

 

現政権が掲げる新憲法草案に在る緊急事態の場合、権力全てが総理大臣に集中することだ。

 

そんなことはないと関係者は言う、だがその特例を悪用して独裁者になった政治家が過去に存在する。

 

アドルフ・ヒトラー、彼は近代最も民主的な憲法と呼ばれたワイマール憲法の元、出現したのだ。

 

同じことを繰り返す者は二度と現れない、誰がそう言えるのだろう。

 

 

 

第四回極真連合杯

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前々回の連合の世界大会以来なので私にとって八年ぶりの訪沖であった。

 

自分の道場生が出場しているわけでもなく、偉そうに来賓などという立場で試合を観戦した。

 

決勝日、試合途中、選手の粗暴な行為により大会進行がストップした。

 

大山総裁がいたら即選手は失格、破門になっていたと思う。

 

だが試合は再開、問題の選手が勝ち進んだ。

 

国内外の試合中にみられる低俗なブーイングまたはヤジ、選手の粗暴な行動。

 

これらはすべて総裁亡き後に出てきた現象。

 

私たち空手関係者の責任である。

 

大会を選手を人を育成する武道としてではなく、宣伝のための道具、もしくは他派閥への示威行為程度に扱ってきたことへのいわば天罰だ。

 

極真空手関係者は過去自分がしてきたことから反逆されている。

 

上記のようなことも大会を面白くなくしている一要因になっている。

 

試合をみて感じたことがあった。

 

選手たちの攻撃は速く、それなりの威力をともなっていたが効いていないのだ。

 

まともに脚を蹴られているのに平気で動き続けている。

 

こと、下段蹴りに関して言わせてもらえば当たる角度がよくない。

 

スネや足の甲の硬さももう一つな感がある。

 

選手の体格は大型化しているが皆、尻が小さい。

 

大臀筋の発達こそが下段蹴りの威力へ直結する。

 

選手が高重量でのウエイトレーニングとスネ、甲など部位の強化をしていないのではと思える。

 

三回同じ箇所を蹴られたら、一瞬動きが止まり、審判の判断材料になり、そこから勝負の流れが決まる。

 

スネ受けしない選手は三回戦で倒される。

 

これが極真の試合だと考える。

 

今の選手の手数主体の組手は少年部での試合(防具着用)の影響もあるだろう。

 

だが真剣のように磨かれた下段蹴り、これがあれば無駄ダマは必要なくなり、日本刀のような技のやり取りはみている側にも緊張感と迫力を感じさせ、眠くなどならない。

 

選手のすべての能力を限界まで引っ張る。

 

指導者は己を磨き、まっとうな人物に育てるべく、選手を戒めるべきである。

 

沖縄の師範による演武があった。

 

十年以上ぶりで拝見した。

 

年季の入った味のある型と迫力ある氷柱割りはすばらしかった。

 

だが彼の筋骨隆々ではつらつとして輝いていた姿を知る者として時の流れを私自身の姿としてそこにみていたと思う。

 

他人の型をみて涙が出たのは初めてのことだった。

 

極真空手の真の繁栄を祈るものである。

 

本流

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最近の空手の試合(テレビ放送)を観ると面白くない。

 

わたしだけかと思いきや、周りの三、四人が同じことを話していた。

 

この方々は私と同世代か同時代に試合を通して空手道を歩んできた人たちだ。

 

この手の話をすると現場で選手育成をしている方面から批判的及び感情的な反応がある。

 

批判よりは批評、感情よりは意見として返して頂きたい。

 

現在の選手は攻撃の手数も増え、フットワークも使い、スピードもある。

 

だが数試合見ていると私は眠たくなる。

 

個性的な組手をする者がいないからだと思う。

 

個性とは何だろう。

 

規格、統一的な稽古を踏まえ(実はここが肝要)、一人ひとりが自分の体格や特性を生かした組手を作ることだろう。

 

昔いた上段系の華麗な蹴り技を出す選手、パワーと体格を利した下段蹴りに勝機を求めた選手、小柄であることを逆手に取り低く構え動くことにより相手に的をしぼらせなかった選手など、今でもはっきりと特徴を思い描くことができる。

 

極真空手道の本質は何か考えてみる。

 

目に見える事象であれば総本部で行われた道場稽古、人物であれば大山総裁だ。

 

何千回、何万回と繰り返される基本、移動、型、そして組手。

 

反復の中から突き、蹴り、受けの極意を自分で掴め。

 

大山総裁はそう仰っていた記憶がある。

 

そう、日常的に行われていた道場稽古で本物の技を会得してあとは各々が自由に組手を編み出す。

 

この流れが川の本流なのだ。

 

大山総裁亡き後、この流れは消滅した。

 

私自身がそうであったのだが、花である大会に目が向き、選手育成が全てである気がした。

 

幹や根っこである道場稽古をおろそかにした。

 

いや形はなぞっていたのだが、反復の中に極意をつかむという気概に欠けていた。

 

今や雨後の筍のように乱立する空手道場。

 

効率を狙ってであろう型クラス、基本クラス、選手クラスなどに分けて運営しているようだ。

 

分けること特化することは本流である道場稽古を分断することになり、偏った空手家を育てることになる。

 

道場稽古の一本の突き、蹴りに命をかける、あとは個人で工夫する。

 

これが個性的で物事を深く考える選手を育てるのだ。

 

2017年三和道場は道場稽古に命を懸けます。

 

 

工夫と冒険

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秋も深まった頃、夜自転車で走っているとハンバーグ屋の前で中年男性とすれ違った。

 

両手に荷物をぶら下げている。

 

何だろうと思ってみると体重計が二、三個ずつ。

 

男性は少しにやけた風できょろきょろ周りを見回していた。

 

その大きな鼻とほくろに見覚えがある。

 

どこかで…あ、箱根駅伝の監督だ。

 

スポーツニュースや、先日は歴史ドキュメンタリーのコメンテーターとして出演していた。

 

都内のどちらかというと軟派なイメージの私大を冬の箱根で二年連続優勝させている。

 

と、ここまで頭の中で彼の情報と記憶がよみがえった時ある光景が重なった。

 

早朝、歩行稽古で公園までの道を歩いていると胸に私大のロゴのあるTシャツで走っている青年と時々すれ違う。

 

かなりのスピードで無表情だが集中した顔つきで駆け抜けていく男子学生。

 

もしやと思い調べてみると私の住む町に私大の陸上部の寮があった。

 

へー身近なところで毎日努力しているんだ。

 

それにしてもあのにやけた風に見える監督、少し二重人格的な性格のような気がする。

 

テレビカメラから外れた時、自分の姿勢を保てず前に突っ伏した姿を見て感じてしまった。

 

しかしきっと柔らかく気取らないアプローチが今時の若者に受け入れられるのだろう。

 

どんな世界であれ、一人の人間をその気にさせるためには相当な情熱とエネルギーが必要となる。

 

ロケットを打ち上げる時、大気圏を突破するまでに一番燃料を使うのと同じだ。

 

ひとりやる気になればライバル意識を持った二人目が現れる。

 

そうすればしめたものでやる気はまん延する。

 

結局強いチームには必ずトップになるという強い意志を持った最初のひとりがいる。

 

あの監督、醸し出す柔らかい雰囲気とは裏腹に強固な意志を持っているのだろう。

 

そして学生たちをさらに良く、強くするために新しいものを取り入れようと様々なアンテナをはっているはずだ。

 

彼の毎日は挑戦心とやる気で新鮮なものになっていよう。

 

外部から見ると同じルーティンワークも当の本人には深く新たな発見に満ちた内容で、その質はまったく違う。

 

試行錯誤の日々の連続は頂点という素晴らしい結果につながる。

 

工夫と冒険に満ちあふれた積み重ねは伝統となり、やがて歴史となるのだ。

 

正月、箱根での彼らの活躍に刮目したい。