知覧に学ぶ

テーマ:

特攻基地知覧の中で最も記憶に残り、また腹立たしかった記事がある。


特攻作戦を立案、計画したある中佐がいた。


彼は敗戦後、残務整理のため第一復員局(昔の陸軍省)に勤務、航空特攻作戦の概要という報告書を作る。


それには特攻は命令ではなく全て兵隊の志願であったと書かれている箇所だ。


お前たちが先に逝け、俺も後から逝く。


そう命令しておきながら死地に行かせたのは隊員の意志であり、自分の責任を回避するかのような報告書を書いた。


しかも自分は死なず、何の責任も取らず、高級官僚してのうのうと人生を送る。


そんなことが許されるはずがない。


この中佐、前述の石田さんが属していた隊が不調な飛行機で基地に来た時、不忠者!とどなりつけている。


知覧基地の威張った存在だった。


学歴があり、立場が上の官僚、いつの時代も最前線には行かず、死んでゆくのは石田さんのような一般庶民で純真な若者なのである。


欺瞞と非道、どんなにうまく理由付けをしても戦争の実態とはこのことに尽きよう。


今、特定秘密保護法に続き、集団的自衛権の行使が可能な安全保障関連法が施行され、日本は何時でも戦争可能な国になっている。


そして今夏の参院選で現与党が過半数を占めれば改憲も可能になる。


七十年間日本は他国を武力で脅すことをしてこなかった。


米国のいいなりになろうともそこだけは守ってきた。


憲法九条の縛りがあったからである。


現在、改憲だエイエイオーと叫んでいる国会のセンセイ達は戦争にかり出されることはない。


ついでに言えば官僚と呼ばれる役人、そして彼らのご子息も最前線には行かない。


よくて後方支援のはずだ。


未来の日本を考える時、キーワードとなるのが独裁だと思う。


独裁政権、独裁者、一党独裁、独裁を許すことなく民主主義を貫く。


政権、政党など次々と変えてゆくのがよい。


流れる水は腐らない。


沖縄の特攻作戦で失われた陸海軍の特攻機は2393機。


死亡した特攻隊員はその数を上回る。


散華した彼らが望んだのは戦争のない平和な日本のはずだ。


5月11日は石田さんの71回目の命日。


また知覧の地を訪ねたいと願う私である。



AD

知覧に想う2

テーマ:

石田さんの出撃に際しては大きな出来事があった。


どう整備しても油漏れで不調であった石田さんの戦闘機、彼は見切りをつけて同部隊の渡瀬少尉の好調な飛行機に乗って行ってしまったのだ。


渡瀬少尉が前夜外泊しており、当日早朝遅刻することを石田さんは知っていたのだ。


残された渡瀬少尉は不調の飛行機を取り替えに福岡まで行くことになる。


だが、終戦を迎え、渡瀬さんは生きながらえることになった。


生と死を分けることになったこの話、フィクション小説であった永遠の0の中でもモチーフとして使われていたのではないか


確かめてみたのだが、参考文献の中には記載はなかった。


尚、これには後日談がある。


生き残った渡瀬さんが翌年の命日、世田谷にある石田さんの実家を訪ねた。


医院である玄関をどうしても入ることができず、たむけの切り花だけを置いて立ち去るのだ。


渡瀬氏の胸の痛みは消えなかったという。


特攻隊で生き残った人が復員して世に名を残す例は多い。


大山倍達総裁や安藤昇氏がそうだ。


命がけの覇気というものがあったからに違いない。


親友を亡くした私の父も同様「死んだ石田君の分まで俺は牧師をやる」と覚悟があったらしい。


先日私が年老いた母を訪ね、知覧の本の話をした折、そう話してくれた。


確かに父は物や金を追って生きなかった。


信仰に生きた人だったと思う。


その証拠に私の実家は貧乏だった。


特に私の幼少期は外光が差し込むあばら家に6人家族。


それなのに牧師館なので物乞いや押し売りがよく来た。


私が「あのおじさん誰?」と質問すると父は「お父さんの友達」と言って小銭をあげていた。


もっとあげたらいいのにと私が言うともう1円もない、とがまぐちを逆さに振っているのが母だった。


翌日の生活費もないのによく暮らせたものだ。


教会の人たちが良くしてくれたのだと思う。


昭和40年代のことだ。


両親は清貧だったと思う。


現在母はしみじみと振り返るが、当時の私にとっては赤貧そのものであった。


特攻基地知覧はノンフィクション小説である。


決して特攻を美化せず、著者高木氏が直接取材した話が書かれている。


特攻隊員は死ぬのが当たり前で生還すれば不忠者とののしられ、周囲からは白眼視された。


耐え切れず飛行機で自家近くの畑に突っ込み亡くなった隊員の話、上官からの陰湿ないじめや、暴力に便所で嗚咽する若き隊員。


知覧で結ばれた隊員と女子学生が生き残ったにも関わらず、戦後身を持ち崩す話など、戦争の愚劣さを克明に記している。




AD

知覧に想う1

テーマ:

桜も終わり、ボタンからハナミズキへと季節も移り変わっている。


さわやかなこの時期になると毎年思い浮かべることがある。


特攻隊だ。


太平洋戦争末期、日本帝国陸軍が行った戦闘機による米国艦船への体当たり攻撃。


この愚行が実行されたのが昭和20年3月から6月であった。


この手の話を知人にするとあなたは戦争が好きなんですねなどと先日言われた。


好きなわけではなく嫌悪する。


だが、私の頭の中では1月の沖縄上陸戦に始まり、3月の東京大空襲、今ごろの時期の特攻隊、8月の広島・長崎への原爆投下、15日の終戦記念日(敗戦の日)、12月の真珠湾攻撃と一年を通じて回っている。


史実を知ることで歴史を学ぶことから今後の日本がどうあるべきか知りたいと思うからである。


先日、本立てに一年間置きっぱなしになっていた文庫本に手をのばした。


友人から勧められた「特攻基地知覧」(高木俊郎著、角川文庫)である。


70ページまで読んでいたので続けて読み始めた。


しばらくするとあっ!と声が出た。


私の父の親友であった方が登場したのである。


彼の話は九年前、私が知覧を訪ねた際にこのブログで紹介している。


石田糠一氏(仮名)は父と都内の大学の神学部に在籍、世田谷の教会に通っていた。


二人の将来の夢は聖職者になること。


母親同志も敬けんなクリスチャンで仲が良かった。


学徒出陣で雨の明治神宮を行進した父と石田さんは陸軍に配属となる。


しかし病弱な父は北海道の通信課へ、石田氏は自らの意思で特攻隊へ入隊したという。


祖父は糠(ぬか)を研究した明治の博士で、父は医師であったという石田さん、息子に糠の字をつけて糠一(こういち)と命名した。


日本を勝たせるためには自分は死なねばならぬ、硬く信じ公言していた石田さんに私の祖母はこうちゃん死んじゃだめだ、どんなことになっても死ぬことだけはだめなのだからと説得したという。


自死は聖書の教えに反する。


宣教師でもあった祖母は涙ながらに訴えたが、そうかぁ、おばさんはそう考えるかなぁと石田さんはつぶやいたそうだ。


柱少尉、田崎少尉(ともに仮名)、石田少尉、三機で出撃した朝のことを整備工であった女子学生が証言している。


磨き上げた風防ガラスの向こうで笑顔で飛び立ってゆく飛行機を見送りながらこんなに若く美しい人を死なせずに多大な戦果をあげる方法はないものかと何かに向かって慟哭したかった、と。


AD

球春

テーマ:

桜もほころび始め、球春などという言葉が新聞やテレビで流れだした。


響きも良く、能動的で開放的な季節をイメージさせる造語であろうが、日本人はセンスがいいと思う。


日本の風物詩と言えるこの言葉は野球というスポーツが文明開化と共に日本の人々といかに深く関わってきたかを教えてくれる。


明るい球春に反するごとく暗雲のように広がりつつある野球賭博のニュース。


有名無名関係なしにプロ選手がプロチームや高校野球の試合の結果に金をかけていたという事実。


また試合中の声出し応援で自分のチームが勝てば野手から金を五千円もらい、負ければ金を支払っていたり、練習のノックでもミスに対して金のやり取りがあったと聞く。


想像を超えた年俸をもらうプロ選手のわりに五千円とは低額にも感じられる。


選手に瞬間的なやる気を出させるための馬の前にぶら下げたニンジンみたいなものだろう。


だがこれは野球に関する全ての行動を金に換算して生きるようになった人間たちの本性を現した行動である。


一声いくら、一振り何円、賭けたチームが勝てば何倍にも増える金。


どこの愚か者が考えたことだろう。


人が真剣に闘う姿に金持ちや大衆が金を賭ける。


古代ローマ帝国の剣闘士より人類が行ってきた人の心の闇とも言えるこの行為。


だが日本における野球というプロスポーツの発展は独特で高額な年俸をもらった者は金のことなど天のどこかに預けてしまい日々技術の練磨や人格の向上に努める。


この浮世離れした職人や匠と呼んでいい誇り高い生き方から野球道なる言葉も生まれたのではないか。


一昨日、私たちの道場で少年大会が行われた。少年たちの必死に闘う姿や熱心に応援する仲間たちを見て一体誰が金を賭けるというのか。


それがプロの興業という者がいるのならば彼らの性根は腐っているのである。


今回のプロ野球賭博に関して知っていながら黙っていたとしたら上の人間も同罪。


責任を逃れることは許されない


だが日本社会というのは寛容といおうか大様である。


巨悪を咎めることなくビールと枝豆とプロ野球という個人的な夏の楽しみを選んでいるかのように思える。


毎日にぎやかに繰り広げられるプロ野球のニュースなるもの、私は引いて冷やかに観察している。





流儀

テーマ:

アカデミー賞発表が近づいているためだろう、過去の受賞作品をテレビ放送している。


先日「ノーカントリー」を観た。


鮮明な記憶があるのでついこの間かと思ったが九年も経っていた。


マフィアの麻薬取引が攻防に発展、残った大金を偶然手にした男が逃走を図る。


組織はヒットマンを送り…アングラな世界が舞台なので登場人物が実に個性的だ。


強烈なキャラクターが金という一点めがけてぶつかり合う。


コーエン兄弟という監督が気になり始め、トゥルー・グリット」というビデオを借りてきた。


こちらは西部劇、父親を殺された十四歳の少女が老ガンマンを雇い仇を討ちに行くというストーリー。


利発で口の達者な少女と無骨な老ガンマンの掛け合いが面白い。


昔、詐欺師の父と娘がぶつかり合いながら協力して旅をする「ペーパームーン」という映画があったが、少し似ている。


トゥルー・グリット(本当の勇気)は西武開拓時代、しかもアウトローな世界なのでノーカントリー同様、皆個性的な生き方、流儀を持っている。


流儀となどと聞くとバーのカウンター隅に腰かけた六十がらみのロマンスグレーがスコッチをロックでやりながらタバコの煙をくゆらせ、ふふっこれが俺の流儀さなどとつぶやく姿を思い浮かべるけど、こんなものはほとんど人畜無害なので可愛いものだ。


だが、ノーカントリー、トゥルー・グリットの人物たちの流儀は火花を散らし、ぶつかり合った次の瞬間、拳銃が火をふく。


自分の流儀に反する者、行く手を阻む者は誰であろうと容赦せず、力で排除していく。


これは現代の世界に蔓延する大国主義である。


ある国のトップが服従しないからと独裁者と決めつけ、戦争を仕掛けてトップを縛り首にしてしまう。


国家の主義信条などと言葉は変えているが元をたどれば開拓と称し、先住民を武力で支配、滅ぼしてきた利己的な本能に他ならない。


過去の歴史を見る時、事の発端は一兵卒や一将校の欲や嗜好でその後の方向が決まっていった例もあるはずなのだ。


現代ならば一国のリーダーの趣味であろう。


嗜好、そう流儀とは冷静なルールや規範に基づくものではなく、ノーカントリーの殺し屋が見せた個人の感情的で発作的な思考を言うのである。


しかもその流儀は年を取る毎に堅くなる。


流儀の中に赦しの項目があればいいのだが、己を貫くが全てといっていい。


道理で夫婦の仲も年月を経るとお互いの行動を認めなくなり、諦めという境地が唯一の救いだものなぁ。




防止の発信

テーマ:

昨年11月、フランス、パリでの同時多発テロ以来、各地で同様なテロ行為が行われている。


仏国をはじめとする四大国は空爆によりテロ組織をせん滅しようとしている。


報復したい気持ちはよくわかる。


だが空爆による攻撃でテロ組織はなくならない。


昔、サイボーグ009という漫画の最終回でブラックゴーストという犯罪組織の黒幕が登場した。


なんと三個の人間の脳だった。


脳は言うのだ、<俺たちを殺しても人間がいる限り組織は再生されるだろう>と。


人間が滅びぬ限り犯罪は起きるのである。


それではテロ行為に対してしテロリストの確保と事前にテロを防止する、この二つしかないのだろうか。


もう一つある。


日本伝統、道徳心の世界への発信である。


武道はもちろん、茶道、華道をはじめ衣食住、芸能、文化に至るまで日本には道という根幹がある。


スポーツやアニメにもサムライ精神や人間愛が登場する。


野球やサッカーの国際舞台で日本選手が仲間のためにわが身を挺する姿や敗者に対する心遣いなどが挙動に現れた時である。


晴れ着姿で表彰される女子の所作に世界は日本の和の精神を見るかもしれない。


昨年ワールドカップで有名になった全日本の代表監督、外国人である彼が試合前、選手たちにあるアニメを見せた。


鉄腕アトム最終回だそうだ。


人間のために太陽に突っ込んでゆく主人公。


選手へ祖国やチームのために身をささげることを厭わせぬ狙いであっただろう。


過激な自己犠牲はテロ組織を喜ばせる可能性もあるので気をつけねばならぬが、日本の庶民文化とも呼べるアニメや小説には道徳性が謳われてその質は高い。


宗教間の派閥問題や民族間の紛争、イデオロギーなどを超越する道や人間愛という正大なる思想による人類の啓蒙が今後の世界情勢の鍵になると思う。


他人、時に子どもに何かを伝え、教えることを仕事にしている大人と呼ばれる者への使命は大きい。



新年が来た2

テーマ:

このドラマのテーマ曲もよい。


人生を紙飛行機にたとえ、その距離ではなくどこをどう飛んだかが大切と歌っている。


作詞をしたA氏、80年代に素人の女子高生グループや高校生ネタのコメディアン男子二人の作詞などをてがけた。


ともに大当たりして氏は時代の寵児と呼ばれた。


彼の手法はプロに対してアマ、ポップスに対して演歌、歌謡曲。


常に時流に逆行して芸人や歌手をスターにする。


この度の主題歌を歌う少女(?)集団、数えたこともないが48人以上いるらしい。


10年前に出てきた時、80年代のグループの二番煎じだと思った。


当たる訳が…


だが大当たりした。


何故かと思いよく見ると秋葉原に劇場を拵えてコアな男子達にアピールした。


さらに昔はなかった文明の利器インターネットを使い、どの女子が新曲のセンターをとるのか選挙(人気投票)させる。


男子側からすれば俺達が育て上げたアイドルとなる。


世の中にある潜在的な力を見抜いて引き出す。


まさに生き馬の目を抜く芸能界においてA氏の気を見るに敏なるこの手法が30年以上トッププロデューサーとして君臨し続ける理由である。


この度の曲、売れた、売れない、数字が上がった、下がった、結果が全ての業界で彼が自分の人生を振り返り、真理を感じて創作した面もあろうと思う。


二十数年前にも川の流れに人生を投影した歌を大物女性歌手が歌っていた。

あれも氏の作品だった。


非凡な彼の才能が作りあげた真理の歌はキラ星のように輝く作品群の中でいぶし銀のように異彩を放ち歌い継がれてゆくのだろう。


紙飛行機のあの曲、私が好きな歌詞がある。


さぁ心のままに、だ。


孔子の説いた七十にして心の欲する処により矩(のり)を越えず、という自由闊達な心に違いない。


そんな心で一年を過ごせたらと願う新年である。




新年が来た1

テーマ:

先日朝から大泣きしてしまった。


朝の連ドラを昨年後半から観ている。


女主人公の嫁ぎ先、義理の父親が亡くなるシーン。


家族に後を頼むと告げた後、妻に手を取られ一緒に伊勢参りした思い出を語りながら息を引き取る。


あんな最期を迎えられたらどんなに幸せかと思う。


老父演ずる俳優がいい味を出している。


昔の柔道ドラマでピアノに飛び乗り、足の指で白鳥の湖を弾いていた。


器用な芸当であった。


二枚目の役が多かったが近年は個性的な役柄が目につく。


大河ドラマで演じた山内容堂の怪演が記憶に新しい。


それにしてもさめざめと涙を流すというのは気持ちがよい。


感涙はストレスを解消してくれる。


私を感動させてくれるこのドラマ、幕末から明治維新を商人、町人の目線で見ている。


関西弁での会話が少し気になったが今は慣れた。


世の中の大きな変化に明るく素直にたくましく立ち向かう主人公の姿から維新は志士や偉人によってのみ創られたのではなく、庶民の力に支えられ達成されたことを知る。


番組の中での会話、≪人間、墓場までお金は持って行かしまへん、何を残すかだす≫に物語のテーマがある。


何を、は物や事に含まれた精神、考え方だ。


女主人公でいえば彼女が残した銀行や保険会社、女子大学である。


やる気のある商人に金を貸し、日本経済を旺盛にする。


服従する女性ではなく、自主自立した女性を教育する。


これが物に託された先人の哲学なのだ。


150年経った現代にこそ、覚えておくべき企業理念だと思う。


哲学や理念などという固い言葉を使ったが、ドラマは軽快な関西弁とペーソスあふれる商人家族の人間模様がテンポよくつづられ、進んでゆく。


今週は男女の恋心の行方だった。


おしまいはやはりほろりとさせられてしまった。


小さな娘の役の子も可愛いし、あと三カ月何度泣かされることだろう。




習慣

テーマ:

内部交流試合、翌日。


一般部の稽古に、試合に出場した者が四名参加していた。


すべて社会人である。


トーナメント方式である組手の試合は勝ち上がる程、身体の打撲箇所は多くなる。


参加者すべてが勝者ではないが、何試合かこなしていた。


しかも社会人、会社勤めの帰りであろう。


見上げたものである。


-――試合や勝負ごとと聞くと個人だけのものであると考えがちだ。


だが実はそんなことはない。


試合場を作るスタッフ、審判、応援に駆けつけた稽古仲間。


すべてまわりの人たちで支えられているのだ。


感謝の気持ちを稽古を表す。


選手は道場を代表する者であると同時に道場生の鑑でもある-――


以上が若い選手たちに知ってほしく、試合後に話した内容であった。


翌日の稽古に四名も来たのだから私の意図が充分伝わったと喜ぶべきであろう。


だが、この話には続きがある。


私が最も伝えたかった若者のひとりが試合後つかつかと私に近づき、少しバツが悪そうに小声で言った、明日は塾です…


己の姿、形である肉体、周囲の人間関係や社会情勢全てがめまぐるしく変化してゆく毎日。


普遍的な真理が心であると思いたい。


しかし、相も変わらぬのが人の習慣、考え方である。


私も頑固オヤジと思われているのだろうなぁ。


素直な心が欲しい、心の底から願う日々である。

少年大会を終えて

テーマ:

日曜日以外の毎日、少年達と顔を合わせて稽古をつけていると師弟よりは仲間に近い感覚が芽生えてくるようだ。


試合を冷静に観戦するというよりは心の中で退(さ)がるな、そうだ前へ出ろ!と叫びながら平静を保っている。


勝っても負けても普段本人が見せない表情や覇気が見られた瞬間、試合に出場させてよかった、と心配が安堵に変わる。


明日の稽古で変化というものが期待できる可能性が出てくる。


まぁ忘れてしまうのが子どもでもあるのだが…


才能のある若者や長年熱心に稽古している少年、やる気なく過ごしていた少年が家庭の事情や一身上の都合により退会していく。


この季節にはつきものなのだが、空手の指導者としてその至らなさを嘆く時でもある。


けれど春休みで寮生活から久しぶりに稽古に顔を出した少年が、もう若者と呼ぶくらいたくましく成長していたりすると、もしや空手が彼の人生に何か影響を与えているのかも、と希望らしきものが見えてくる。


日々、変化する少年達との稽古。


こちらの気持ちも浮いたり、沈んだり。


こんなことして役に立っているのかわからなくなる日もある。


だが、昨日の少年大会で試合後、力を使い果たし、ヒザに両手をついてヘトヘトの姿を見せる六年生、全力を出した姿を初めて見せてくれた。


卒業式で立派になった息子をながめる親の気分であった。


本気になる、全力を尽くす。


やはりすばらしい誠である。