真の具現化

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ファイナリスト(決勝進出者)がいる訳ではなく、9秒台で走る者も一人もいない。

 

にもかかわらず米国を抑えて堂々の銀メダルに輝いた。

 

四百メートルリレー男子での日本チームの雄姿である。

 

総合力、チームワークの勝利、具体的に言えばバトンを繋ぐ技術の錬度の高さ。

 

そこには確かに手渡そう丁寧に受け取ろうという心が存在する。

 

体格で外国に及ばすとも技と心で凌駕する。

 

ここに世界における日本の立場、存在性をみるのである。

 

資源は無くとも人が心から喜ぶ技術、製品を提供する。

 

海外の紛争に軍事力、首を突っ込むことが世界平和に貢献するということではあるまい。

 

各国のメダル獲得数が米中日の順だそうで、これってGDP順なのが面白い。

 

やはりメダルにはお金がかかるということだろう。

 

さらに言えば経済的に豊かで食べることに事欠かない日々の中に余裕が生まれ五輪のメダルへ夢が持てるのである。

 

衣食足りて礼節を知るという。

 

戦場や貧困、飢餓の状態ではメダルどころではない。

 

リオ五輪は終盤から佳境を迎えている。

 

女子レスリングでのラスト五、六秒での大逆転劇続出。

 

女子バドミントンタブルスの連続5ポイントしての逆転勝利。

 

奇跡と思えるが恐るべき冷静さと集中力の結晶だと感じた。

 

土台には血の滲むような練習を来る日も来る日も続けてきた5年、10年という月日がある。

 

弱い己に負けない日々を送ることはそれだけで真の具現化である。東京五輪までの四年間、日本全国各地で真が見られることになる。

 

 

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表情

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個人的に知っているわけではない。


四年に一度テレビで拝見するだけの女性である。


123年前、彼女が女子高生の時から知っているがもう三十歳と聞いて人が成長する速さを実感している。


ついでに言えば別段私の好みのタイプでもない。


それなのに彼女が体重の倍以上もあるバーベルを頭上に上げている姿を見ると涙が出るのを禁じ得ない。


107キロのバーベルをフロントスクワット状態にして立ち上がり、プレートの反動とバーのしなりを利用し頭上に掲げて静止三秒間。


脚を前後にした瞬間、腰椎にはいったい何トンの負荷がかかっているのか。


顔面を紅潮させ三白眼で重さに耐えた表情が口元から笑みに変わってゆく。


苦しみから解き放たれ歓喜に変化する、その三秒間は彼女が競技選手として十六年間流した汗と涙が凝縮されたものだったに違いない。


滅多にみられる人の表情ではなかった。


小柄であること、長年のトレーニングにより体中の関節を痛めていること、痛み止めを打って強行出場したこと。


私自身、共感することが多々ある。


彼女の父上や伯父上が東京、メキシコ五輪で活躍する姿を私は少年時代に見ている。


影響を受けているのかもしれない。


小さなことをコツコツと積み重ねてゆくと凡人が超人になるのだ。


今後の彼女の競技者、指導者としての生き方にエールを贈るものである。


リオ五輪、オリンピックはすばらしい。



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争点

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朝の連ドラを観ている。


戦争が始まり、物資は軍隊に優先され庶民にはほとんど行き渡らなくなる。


結果、創業百年以上の材木店も開業八十年の弁当屋も閉店に追い込まれている。


なんとかミクス三本の矢とかデフレ脱却とか言っても戦争が起きればすべてはストップしてしまう。


大河ドラマを観た。


秀吉の小田原攻めの件、石田三成が真田信繁に言う、ひとたび戦が始まってしまうと暴れ牛のようにそれは誰も止められなくなると。


七月に行われる参議員選挙の開示が始まった。


また喧しい日々がやってくるのだが、今度の選挙の争点は経済ではない、改憲の是非である。


昨秋多くの憲法学者が違憲であるとの見解を無視、また国会を取り巻く反対デモをものともせず強行採決という暴挙により、今春施行された安全保障法案。


ゴリ押しした法律とつじつまを合わせるかのように憲法改正をもくろむ現与党。


参院選の結果、もし与党が三分の二議席以上を占めれば間違いなく憲法は改正される。


最後のブレーキがなくなるのだ。


先日二十年ぶりである知人宅を訪ねた。


私と年齢も近く二十代もふたりいる四人家族。


余裕も感じられる幸せな家庭なのだが、政治には無関心、新聞もとっていなかった。


自分の子どもや孫の世代に関わるとなれば興味がないとは言っていられないはずなのに。


水商売の世界、接客の掟に政治と野球の話はタブーというのがある。


道場においても政治の話はタブーであろうか。


違うと思う。


道に政を照らし合わせてディスカッションするのであれば、有意義であろう。

議論を交わすうちに考えも深まると思う。


私自身世の中のことをあまり知らない、だから老眼をこすりながら新聞やニュースを見る。


一票を投ずる判断材料が欲しいのだ。


恥ずべきは無知ではなく、無関心だと思う。


投票しても何も変わらないから選挙に行かない、よく聞くが戦後七十年、日本がこれほど変化した一年はあるまい。


来月の参院選は日本の未来を決定する分岐点である。





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先端

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その日は学校に行くとクラスの空気がいつもとは違っていた。


何となく皆がソワソワしてるのだ。


英語の教師が言った-今日は凄い試合があるんだろう?-


土曜ということもあり授業は半日、全校生徒の大半が急ぎ自転車で帰宅。


昼食後、家族でテレビを食い入るように観た。


モハメド・アリvsアントニオ猪木、ボクシング対プロレスの異種格闘技戦はホームビデオも普及していない当時、社会現象となった。


試合の内容は隔靴掻痒で凡戦と評されたが、私には二人がルールの中で真剣に闘っているように見えた。


ボクシングの元世界ヘビー級王者モハメド・アリ氏が亡くなった。


残念であるが彼の人生を知る時、凄い人物であったと思う。


ローマ五輪で金メダルを獲り帰国したが、レストランでの黒人差別は変わらなかった。


腹を立てたアリ氏、なんとメダルを川へ投げ捨てた。


今の日本ならタレントで食うためのパスポートである五輪のメダルを誰が投げ捨てようか?


プロ世界チャンプになり、キング牧師の元、人種差別撤廃を求め活動。


イスラム教に改宗後はベトナム戦争の兵役を拒否。


王座とボクサーライセンスをはく奪され4年の禁固刑を受けた。


この時の言葉、敵はベトコンではなく白人だ、が印象的だ。


四年のブランクをものともせず、当時最強のジョージ・フォアマンをアフリカのキンシャサでKOで破った(キンシャサの奇跡)。


人生で計三度世界王座に君臨。


その間、猪木氏との試合。


拳闘業界における異端者と言ってよい。


引退後は難病パーキンソン病と闘病生活を三十年間も送った。


アリ氏の行動を支えたものは反骨精神である。


人種差別や戦争という米国の歴史や政策に対して常に闘ってきた。


あのヘビー級とは思えぬフットワーク、剛腕フォアマンのボディブローを鉄壁のブロックと巧みなロープワークで封じたテクニックも自分は何のために闘うのか解っていたから生まれたのだ。


私見を言えば私は彼の闘い方は好きではなかった。


男らしく突進すべきと思い、黙って闘えと思たからだ。


そんな既成概念を壊すために彼はヘビー級界に革命を起こしたのだ。


世界王者としての彼の言動は世界から注目を受ける。


ヒステリックに対戦相手をこき下ろすのは彼の人としての存在の主張であった。


現代多くのスポーツで黒人選手が活躍するのも、ハリウッドスターに黒人俳優が名を連ねるのも、米国の大統領がアフリカ系であることもアリ氏の行動のお陰なのかもしれない。


歴史を振り返るとき、ある業界の範疇に納まりきれない人物が稀にいる。


空手の大山倍達総裁、フロレスのアントニオ猪木氏、ボクシングのモハメド・アリ氏。


彼らのような存在はその時代には異端視される。


抜群の強さと精神性はカリスマとなり、時の権力や体制の側にとってやっかいなしろものとして映るからである。


だが後の時代となり過去として振り返ると異端者の行動は現実化し、当たり前のものとなっている。


思想、哲学を持った異端者は実は時代の先端を行く人物なのだ。



OB会

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二年前に行った三十周年記念会が呼び水になっているのだが、当時の道場生たちか何名か戻ってきている。


戻るという意味は数十年ぶりに再会して酒を飲むということでも行事の時に役員顔して着席しているということでもない。


毎週定期的に共に稽古するということだ。


このご時世、社会人が週一回でも道場で汗を流すのは大変な決意と努力がいる。


三十年前は学生だったが今では五十路の家族持ちである。


本人の気持ちがあっても周囲の状況と体調が簡単には許してくれないからだ。


どうせ一、二か月で諦めるだろう…予想は外れ、半年以上経った今でも彼らの稽古ペースは変わらない。


OB会なるものが結成されて隔月の定例会(単なる飲み会)も開催されている。


先日の定例会で昔の話題となり、我々が燃やしたあれはいったいなんだったのか?という話になった。


若さ、情熱、ライバル心、そして克己心。


真であったということになった。


ではその結果良い人間が世に排出されて世の中によい影響を与えたか?私が質問した。


自分も含め、多くの者が影響を受けて今日に至っているが、決して褒められる人間、事象(事件)、 顛末を招いていないからだ。


しばらくあって一人が言った。


いろいろあったけれども何もしないで今日になるよりは良かったのではないか…一同納得したようで、よーし、では当時の真を若い人たちに伝えようとなった。


私が人生で二たび一緒に稽古するとは思っていなかったオヤジたちだ。


本当の人生の紆余曲折を経て、酸いも甘いも経験した大人の影響力。


日曜の午後、公園で若者とランニングで汗を流し、ウエイトトレーニングを教える彼らの姿に、ああ俺は一人ではない、少し心強さを覚えた。



知覧に学ぶ

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特攻基地知覧の中で最も記憶に残り、また腹立たしかった記事がある。


特攻作戦を立案、計画したある中佐がいた。


彼は敗戦後、残務整理のため第一復員局(昔の陸軍省)に勤務、航空特攻作戦の概要という報告書を作る。


それには特攻は命令ではなく全て兵隊の志願であったと書かれている箇所だ。


お前たちが先に逝け、俺も後から逝く。


そう命令しておきながら死地に行かせたのは隊員の意志であり、自分の責任を回避するかのような報告書を書いた。


しかも自分は死なず、何の責任も取らず、高級官僚してのうのうと人生を送る。


そんなことが許されるはずがない。


この中佐、前述の石田さんが属していた隊が不調な飛行機で基地に来た時、不忠者!とどなりつけている。


知覧基地の威張った存在だった。


学歴があり、立場が上の官僚、いつの時代も最前線には行かず、死んでゆくのは石田さんのような一般庶民で純真な若者なのである。


欺瞞と非道、どんなにうまく理由付けをしても戦争の実態とはこのことに尽きよう。


今、特定秘密保護法に続き、集団的自衛権の行使が可能な安全保障関連法が施行され、日本は何時でも戦争可能な国になっている。


そして今夏の参院選で現与党が過半数を占めれば改憲も可能になる。


七十年間日本は他国を武力で脅すことをしてこなかった。


米国のいいなりになろうともそこだけは守ってきた。


憲法九条の縛りがあったからである。


現在、改憲だエイエイオーと叫んでいる国会のセンセイ達は戦争にかり出されることはない。


ついでに言えば官僚と呼ばれる役人、そして彼らのご子息も最前線には行かない。


よくて後方支援のはずだ。


未来の日本を考える時、キーワードとなるのが独裁だと思う。


独裁政権、独裁者、一党独裁、独裁を許すことなく民主主義を貫く。


政権、政党など次々と変えてゆくのがよい。


流れる水は腐らない。


沖縄の特攻作戦で失われた陸海軍の特攻機は2393機。


死亡した特攻隊員はその数を上回る。


散華した彼らが望んだのは戦争のない平和な日本のはずだ。


5月11日は石田さんの71回目の命日。


また知覧の地を訪ねたいと願う私である。



知覧に想う2

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石田さんの出撃に際しては大きな出来事があった。


どう整備しても油漏れで不調であった石田さんの戦闘機、彼は見切りをつけて同部隊の渡瀬少尉の好調な飛行機に乗って行ってしまったのだ。


渡瀬少尉が前夜外泊しており、当日早朝遅刻することを石田さんは知っていたのだ。


残された渡瀬少尉は不調の飛行機を取り替えに福岡まで行くことになる。


だが、終戦を迎え、渡瀬さんは生きながらえることになった。


生と死を分けることになったこの話、フィクション小説であった永遠の0の中でもモチーフとして使われていたのではないか


確かめてみたのだが、参考文献の中には記載はなかった。


尚、これには後日談がある。


生き残った渡瀬さんが翌年の命日、世田谷にある石田さんの実家を訪ねた。


医院である玄関をどうしても入ることができず、たむけの切り花だけを置いて立ち去るのだ。


渡瀬氏の胸の痛みは消えなかったという。


特攻隊で生き残った人が復員して世に名を残す例は多い。


大山倍達総裁や安藤昇氏がそうだ。


命がけの覇気というものがあったからに違いない。


親友を亡くした私の父も同様「死んだ石田君の分まで俺は牧師をやる」と覚悟があったらしい。


先日私が年老いた母を訪ね、知覧の本の話をした折、そう話してくれた。


確かに父は物や金を追って生きなかった。


信仰に生きた人だったと思う。


その証拠に私の実家は貧乏だった。


特に私の幼少期は外光が差し込むあばら家に6人家族。


それなのに牧師館なので物乞いや押し売りがよく来た。


私が「あのおじさん誰?」と質問すると父は「お父さんの友達」と言って小銭をあげていた。


もっとあげたらいいのにと私が言うともう1円もない、とがまぐちを逆さに振っているのが母だった。


翌日の生活費もないのによく暮らせたものだ。


教会の人たちが良くしてくれたのだと思う。


昭和40年代のことだ。


両親は清貧だったと思う。


現在母はしみじみと振り返るが、当時の私にとっては赤貧そのものであった。


特攻基地知覧はノンフィクション小説である。


決して特攻を美化せず、著者高木氏が直接取材した話が書かれている。


特攻隊員は死ぬのが当たり前で生還すれば不忠者とののしられ、周囲からは白眼視された。


耐え切れず飛行機で自家近くの畑に突っ込み亡くなった隊員の話、上官からの陰湿ないじめや、暴力に便所で嗚咽する若き隊員。


知覧で結ばれた隊員と女子学生が生き残ったにも関わらず、戦後身を持ち崩す話など、戦争の愚劣さを克明に記している。




知覧に想う1

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桜も終わり、ボタンからハナミズキへと季節も移り変わっている。


さわやかなこの時期になると毎年思い浮かべることがある。


特攻隊だ。


太平洋戦争末期、日本帝国陸軍が行った戦闘機による米国艦船への体当たり攻撃。


この愚行が実行されたのが昭和20年3月から6月であった。


この手の話を知人にするとあなたは戦争が好きなんですねなどと先日言われた。


好きなわけではなく嫌悪する。


だが、私の頭の中では1月の沖縄上陸戦に始まり、3月の東京大空襲、今ごろの時期の特攻隊、8月の広島・長崎への原爆投下、15日の終戦記念日(敗戦の日)、12月の真珠湾攻撃と一年を通じて回っている。


史実を知ることで歴史を学ぶことから今後の日本がどうあるべきか知りたいと思うからである。


先日、本立てに一年間置きっぱなしになっていた文庫本に手をのばした。


友人から勧められた「特攻基地知覧」(高木俊郎著、角川文庫)である。


70ページまで読んでいたので続けて読み始めた。


しばらくするとあっ!と声が出た。


私の父の親友であった方が登場したのである。


彼の話は九年前、私が知覧を訪ねた際にこのブログで紹介している。


石田糠一氏(仮名)は父と都内の大学の神学部に在籍、世田谷の教会に通っていた。


二人の将来の夢は聖職者になること。


母親同志も敬けんなクリスチャンで仲が良かった。


学徒出陣で雨の明治神宮を行進した父と石田さんは陸軍に配属となる。


しかし病弱な父は北海道の通信課へ、石田氏は自らの意思で特攻隊へ入隊したという。


祖父は糠(ぬか)を研究した明治の博士で、父は医師であったという石田さん、息子に糠の字をつけて糠一(こういち)と命名した。


日本を勝たせるためには自分は死なねばならぬ、硬く信じ公言していた石田さんに私の祖母はこうちゃん死んじゃだめだ、どんなことになっても死ぬことだけはだめなのだからと説得したという。


自死は聖書の教えに反する。


宣教師でもあった祖母は涙ながらに訴えたが、そうかぁ、おばさんはそう考えるかなぁと石田さんはつぶやいたそうだ。


柱少尉、田崎少尉(ともに仮名)、石田少尉、三機で出撃した朝のことを整備工であった女子学生が証言している。


磨き上げた風防ガラスの向こうで笑顔で飛び立ってゆく飛行機を見送りながらこんなに若く美しい人を死なせずに多大な戦果をあげる方法はないものかと何かに向かって慟哭したかった、と。


球春

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桜もほころび始め、球春などという言葉が新聞やテレビで流れだした。


響きも良く、能動的で開放的な季節をイメージさせる造語であろうが、日本人はセンスがいいと思う。


日本の風物詩と言えるこの言葉は野球というスポーツが文明開化と共に日本の人々といかに深く関わってきたかを教えてくれる。


明るい球春に反するごとく暗雲のように広がりつつある野球賭博のニュース。


有名無名関係なしにプロ選手がプロチームや高校野球の試合の結果に金をかけていたという事実。


また試合中の声出し応援で自分のチームが勝てば野手から金を五千円もらい、負ければ金を支払っていたり、練習のノックでもミスに対して金のやり取りがあったと聞く。


想像を超えた年俸をもらうプロ選手のわりに五千円とは低額にも感じられる。


選手に瞬間的なやる気を出させるための馬の前にぶら下げたニンジンみたいなものだろう。


だがこれは野球に関する全ての行動を金に換算して生きるようになった人間たちの本性を現した行動である。


一声いくら、一振り何円、賭けたチームが勝てば何倍にも増える金。


どこの愚か者が考えたことだろう。


人が真剣に闘う姿に金持ちや大衆が金を賭ける。


古代ローマ帝国の剣闘士より人類が行ってきた人の心の闇とも言えるこの行為。


だが日本における野球というプロスポーツの発展は独特で高額な年俸をもらった者は金のことなど天のどこかに預けてしまい日々技術の練磨や人格の向上に努める。


この浮世離れした職人や匠と呼んでいい誇り高い生き方から野球道なる言葉も生まれたのではないか。


一昨日、私たちの道場で少年大会が行われた。少年たちの必死に闘う姿や熱心に応援する仲間たちを見て一体誰が金を賭けるというのか。


それがプロの興業という者がいるのならば彼らの性根は腐っているのである。


今回のプロ野球賭博に関して知っていながら黙っていたとしたら上の人間も同罪。


責任を逃れることは許されない


だが日本社会というのは寛容といおうか大様である。


巨悪を咎めることなくビールと枝豆とプロ野球という個人的な夏の楽しみを選んでいるかのように思える。


毎日にぎやかに繰り広げられるプロ野球のニュースなるもの、私は引いて冷やかに観察している。





流儀

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アカデミー賞発表が近づいているためだろう、過去の受賞作品をテレビ放送している。


先日「ノーカントリー」を観た。


鮮明な記憶があるのでついこの間かと思ったが九年も経っていた。


マフィアの麻薬取引が攻防に発展、残った大金を偶然手にした男が逃走を図る。


組織はヒットマンを送り…アングラな世界が舞台なので登場人物が実に個性的だ。


強烈なキャラクターが金という一点めがけてぶつかり合う。


コーエン兄弟という監督が気になり始め、トゥルー・グリット」というビデオを借りてきた。


こちらは西部劇、父親を殺された十四歳の少女が老ガンマンを雇い仇を討ちに行くというストーリー。


利発で口の達者な少女と無骨な老ガンマンの掛け合いが面白い。


昔、詐欺師の父と娘がぶつかり合いながら協力して旅をする「ペーパームーン」という映画があったが、少し似ている。


トゥルー・グリット(本当の勇気)は西武開拓時代、しかもアウトローな世界なのでノーカントリー同様、皆個性的な生き方、流儀を持っている。


流儀となどと聞くとバーのカウンター隅に腰かけた六十がらみのロマンスグレーがスコッチをロックでやりながらタバコの煙をくゆらせ、ふふっこれが俺の流儀さなどとつぶやく姿を思い浮かべるけど、こんなものはほとんど人畜無害なので可愛いものだ。


だが、ノーカントリー、トゥルー・グリットの人物たちの流儀は火花を散らし、ぶつかり合った次の瞬間、拳銃が火をふく。


自分の流儀に反する者、行く手を阻む者は誰であろうと容赦せず、力で排除していく。


これは現代の世界に蔓延する大国主義である。


ある国のトップが服従しないからと独裁者と決めつけ、戦争を仕掛けてトップを縛り首にしてしまう。


国家の主義信条などと言葉は変えているが元をたどれば開拓と称し、先住民を武力で支配、滅ぼしてきた利己的な本能に他ならない。


過去の歴史を見る時、事の発端は一兵卒や一将校の欲や嗜好でその後の方向が決まっていった例もあるはずなのだ。


現代ならば一国のリーダーの趣味であろう。


嗜好、そう流儀とは冷静なルールや規範に基づくものではなく、ノーカントリーの殺し屋が見せた個人の感情的で発作的な思考を言うのである。


しかもその流儀は年を取る毎に堅くなる。


流儀の中に赦しの項目があればいいのだが、己を貫くが全てといっていい。


道理で夫婦の仲も年月を経るとお互いの行動を認めなくなり、諦めという境地が唯一の救いだものなぁ。