師範日記

日々の稽古、生活で心に感じたことを書き綴ります。


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最近の空手の試合(テレビ放送)を観ると面白くない。

 

わたしだけかと思いきや、周りの三、四人が同じことを話していた。

 

この方々は私と同世代か同時代に試合を通して空手道を歩んできた人たちだ。

 

この手の話をすると現場で選手育成をしている方面から批判的及び感情的な反応がある。

 

批判よりは批評、感情よりは意見として返して頂きたい。

 

現在の選手は攻撃の手数も増え、フットワークも使い、スピードもある。

 

だが数試合見ていると私は眠たくなる。

 

個性的な組手をする者がいないからだと思う。

 

個性とは何だろう。

 

規格、統一的な稽古を踏まえ(実はここが肝要)、一人ひとりが自分の体格や特性を生かした組手を作ることだろう。

 

昔いた上段系の華麗な蹴り技を出す選手、パワーと体格を利した下段蹴りに勝機を求めた選手、小柄であることを逆手に取り低く構え動くことにより相手に的をしぼらせなかった選手など、今でもはっきりと特徴を思い描くことができる。

 

極真空手道の本質は何か考えてみる。

 

目に見える事象であれば総本部で行われた道場稽古、人物であれば大山総裁だ。

 

何千回、何万回と繰り返される基本、移動、型、そして組手。

 

反復の中から突き、蹴り、受けの極意を自分で掴め。

 

大山総裁はそう仰っていた記憶がある。

 

そう、日常的に行われていた道場稽古で本物の技を会得してあとは各々が自由に組手を編み出す。

 

この流れが川の本流なのだ。

 

大山総裁亡き後、この流れは消滅した。

 

私自身がそうであったのだが、花である大会に目が向き、選手育成が全てである気がした。

 

幹や根っこである道場稽古をおろそかにした。

 

いや形はなぞっていたのだが、反復の中に極意をつかむという気概に欠けていた。

 

今や雨後の筍のように乱立する空手道場。

 

効率を狙ってであろう型クラス、基本クラス、選手クラスなどに分けて運営しているようだ。

 

分けること特化することは本流である道場稽古を分断することになり、偏った空手家を育てることになる。

 

道場稽古の一本の突き、蹴りに命をかける、あとは個人で工夫する。

 

これが個性的で物事を深く考える選手を育てるのだ。

 

2017年三和道場は道場稽古に命を懸けます。

 

 

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秋も深まった頃、夜自転車で走っているとハンバーグ屋の前で中年男性とすれ違った。

 

両手に荷物をぶら下げている。

 

何だろうと思ってみると体重計が二、三個ずつ。

 

男性は少しにやけた風できょろきょろ周りを見回していた。

 

その大きな鼻とほくろに見覚えがある。

 

どこかで…あ、箱根駅伝の監督だ。

 

スポーツニュースや、先日は歴史ドキュメンタリーのコメンテーターとして出演していた。

 

都内のどちらかというと軟派なイメージの私大を冬の箱根で二年連続優勝させている。

 

と、ここまで頭の中で彼の情報と記憶がよみがえった時ある光景が重なった。

 

早朝、歩行稽古で公園までの道を歩いていると胸に私大のロゴのあるTシャツで走っている青年と時々すれ違う。

 

かなりのスピードで無表情だが集中した顔つきで駆け抜けていく男子学生。

 

もしやと思い調べてみると私の住む町に私大の陸上部の寮があった。

 

へー身近なところで毎日努力しているんだ。

 

それにしてもあのにやけた風に見える監督、少し二重人格的な性格のような気がする。

 

テレビカメラから外れた時、自分の姿勢を保てず前に突っ伏した姿を見て感じてしまった。

 

しかしきっと柔らかく気取らないアプローチが今時の若者に受け入れられるのだろう。

 

どんな世界であれ、一人の人間をその気にさせるためには相当な情熱とエネルギーが必要となる。

 

ロケットを打ち上げる時、大気圏を突破するまでに一番燃料を使うのと同じだ。

 

ひとりやる気になればライバル意識を持った二人目が現れる。

 

そうすればしめたものでやる気はまん延する。

 

結局強いチームには必ずトップになるという強い意志を持った最初のひとりがいる。

 

あの監督、醸し出す柔らかい雰囲気とは裏腹に強固な意志を持っているのだろう。

 

そして学生たちをさらに良く、強くするために新しいものを取り入れようと様々なアンテナをはっているはずだ。

 

彼の毎日は挑戦心とやる気で新鮮なものになっていよう。

 

外部から見ると同じルーティンワークも当の本人には深く新たな発見に満ちた内容で、その質はまったく違う。

 

試行錯誤の日々の連続は頂点という素晴らしい結果につながる。

 

工夫と冒険に満ちあふれた積み重ねは伝統となり、やがて歴史となるのだ。

 

正月、箱根での彼らの活躍に刮目したい。

 

 

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いよいよ最終回を次週に迎える大河ドラマ。

 

ストーリー展開のテンポの良さや軽妙な人との会話と時々見られるコミカルな間。

 

脚本家と演出家の工夫が感じられて飽きることなく観られた。

 

それにしても大坂の陣、真田幸村と徳川家康、戦略家同士の心理戦、裏の取り合いは興味深い。

 

何故有利に進められるはずの和睦交渉で城の堀を埋めてしまったのか。

 

徳川の狡猾さよりは豊臣の愚かさを露呈した致命的な決定であった。

 

きっと自分たちにとって都合よく相手の要求をのんでしまったのだろう。

 

敵の本当の目的を忘れてしまったのだ。

 

相手の目的は豊臣家の滅亡である。

 

豊臣が取った愚策により二百六十年あまりの徳川政権が確定することになる。

 

この史実から学ぶべきはトップが愚鈍であれば国や組織は滅びるということである。

 

歴史的な大失策などと笑ってはいられない。

 

島二つ返してあげてもいいよなどという甘い言葉にふらふらついていくと経済的に援助してよ、お金ちょうだいなんて言われて足元をみられる。

 

相手の真意は何なのか?

 

ここ七十年の大国がとった国策しての動向。

 

わずか二、三年前隣国へ侵攻、無理やり属国として編入させた事実。

 

一筋縄でいかないどころかあやまれば国としての主権も失いかねない事態に。

 

まずは平和条約を締結し、未来に向けて信頼関係を築くべく一歩一歩を積み重ねてゆくべきだろう。

 

 

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直心大会が終わり三日、そろそろ冷静にどんな大会であったか、出場した生徒がどんな影響を受けたのか観察できる頃だ。

 

少年たちの反応は面白い。

 

痛かった、くやしかった、頭が真っ白で覚えていない、うれしかった等々さまざまだが皆目を輝かせて言葉を探している、その表情がよい。

 

たぶん大人も含めて出場しなければよかったとか、二度と出たくないという者は皆無だろう。

 

これだけでもまた来年も開催しようという想いにかられる。

 

出場者数とレベルの高さを競い合うだけの大会は私自身興味がない。

 

開催する側に目指す理念が感じられ、出場する側も同じところを見ている。

 

そんな空気が感じられる大会にしたい。

 

少なくとも直心はそれでゆく。

 

一般部の決勝戦、若い力のぶつかり合いは見ていて気持ちがいい。

 

両者最後まで諦めず、戦う姿に会場から自然発生的に拍手が起きた。

 

どこかのやらせスタンディングオベーションなどではなく、それは温かい拍手であった。

 

会場に居合わせた関係者の方々から勇気や感動という目に見えない何かを感じられたと耳にした。

 

多くを望むつもりは全くない。

 

町田の地、いや三和道場一つひとつから直心を発信できればよいのだ。

 

また来年の直心をより良いものにという気持ちで稽古してゆきます。

 

 

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秋田での強化合宿を敢行した。

 

現地での滞在時間が30時間。

 

前後に車での移動行き帰り8時間を挟んでの実施。

 

敢行と呼ぶにふさわしい弾丸ツアーだった。

 

来る10月2日直心の大会に向けての選手合宿は登山というクロストレーニング(恐ろしく過酷)を含めて三本立ての内容の濃いもの。

 

稽古後の夕食は山海珍味のはっきり言って酒池肉林。

 

おまけに食後は日本一の花火大会の観賞。

 

参加者の体と心に残る一泊二日であったろう。

 

道場生の奥方のご実家というご家族ではあっても見方からすれば私たちは赤の他人である。

 

厚い歓待にはただただ恐縮と感謝しかない。

 

効率だけを考えれば合宿にかける時間、労力、経費はかなり無駄である。

 

では何故やるかというと選手の根っこを深く広げるためだ。

 

若人が大勢の人と関わっていることを知り、何のために強くなろうとするか学ぶためだ。

 

自分の大昔の経験、そして弟子とともに歩んだこの三十年の経験から一つのことに没頭する若者に周囲の大人は応援する。

 

それが正しいこと善いことと感じているからである。

 

私が若い時、なぜこの方々はこんなに応援してくれるのだろうと思った先輩達。

 

その人達の立場に今自分が立ち、同じ心境にいられることを幸せに思う。

 

一番大切なことを受け継いだと感じるからである。

 

人はパンのみで生きるわけではない。

 

肉体だけ強靭にするのであればタンパク源である肉食だけでいいのかもしれない。

 

しかし人の真心を養ってゆくのが武道である。

 

 

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ファイナリスト(決勝進出者)がいる訳ではなく、9秒台で走る者も一人もいない。

 

にもかかわらず米国を抑えて堂々の銀メダルに輝いた。

 

四百メートルリレー男子での日本チームの雄姿である。

 

総合力、チームワークの勝利、具体的に言えばバトンを繋ぐ技術の錬度の高さ。

 

そこには確かに手渡そう丁寧に受け取ろうという心が存在する。

 

体格で外国に及ばすとも技と心で凌駕する。

 

ここに世界における日本の立場、存在性をみるのである。

 

資源は無くとも人が心から喜ぶ技術、製品を提供する。

 

海外の紛争に軍事力、首を突っ込むことが世界平和に貢献するということではあるまい。

 

各国のメダル獲得数が米中日の順だそうで、これってGDP順なのが面白い。

 

やはりメダルにはお金がかかるということだろう。

 

さらに言えば経済的に豊かで食べることに事欠かない日々の中に余裕が生まれ五輪のメダルへ夢が持てるのである。

 

衣食足りて礼節を知るという。

 

戦場や貧困、飢餓の状態ではメダルどころではない。

 

リオ五輪は終盤から佳境を迎えている。

 

女子レスリングでのラスト五、六秒での大逆転劇続出。

 

女子バドミントンタブルスの連続5ポイントしての逆転勝利。

 

奇跡と思えるが恐るべき冷静さと集中力の結晶だと感じた。

 

土台には血の滲むような練習を来る日も来る日も続けてきた5年、10年という月日がある。

 

弱い己に負けない日々を送ることはそれだけで真の具現化である。東京五輪までの四年間、日本全国各地で真が見られることになる。

 

 

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個人的に知っているわけではない。


四年に一度テレビで拝見するだけの女性である。


123年前、彼女が女子高生の時から知っているがもう三十歳と聞いて人が成長する速さを実感している。


ついでに言えば別段私の好みのタイプでもない。


それなのに彼女が体重の倍以上もあるバーベルを頭上に上げている姿を見ると涙が出るのを禁じ得ない。


107キロのバーベルをフロントスクワット状態にして立ち上がり、プレートの反動とバーのしなりを利用し頭上に掲げて静止三秒間。


脚を前後にした瞬間、腰椎にはいったい何トンの負荷がかかっているのか。


顔面を紅潮させ三白眼で重さに耐えた表情が口元から笑みに変わってゆく。


苦しみから解き放たれ歓喜に変化する、その三秒間は彼女が競技選手として十六年間流した汗と涙が凝縮されたものだったに違いない。


滅多にみられる人の表情ではなかった。


小柄であること、長年のトレーニングにより体中の関節を痛めていること、痛み止めを打って強行出場したこと。


私自身、共感することが多々ある。


彼女の父上や伯父上が東京、メキシコ五輪で活躍する姿を私は少年時代に見ている。


影響を受けているのかもしれない。


小さなことをコツコツと積み重ねてゆくと凡人が超人になるのだ。


今後の彼女の競技者、指導者としての生き方にエールを贈るものである。


リオ五輪、オリンピックはすばらしい。



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朝の連ドラを観ている。


戦争が始まり、物資は軍隊に優先され庶民にはほとんど行き渡らなくなる。


結果、創業百年以上の材木店も開業八十年の弁当屋も閉店に追い込まれている。


なんとかミクス三本の矢とかデフレ脱却とか言っても戦争が起きればすべてはストップしてしまう。


大河ドラマを観た。


秀吉の小田原攻めの件、石田三成が真田信繁に言う、ひとたび戦が始まってしまうと暴れ牛のようにそれは誰も止められなくなると。


七月に行われる参議員選挙の開示が始まった。


また喧しい日々がやってくるのだが、今度の選挙の争点は経済ではない、改憲の是非である。


昨秋多くの憲法学者が違憲であるとの見解を無視、また国会を取り巻く反対デモをものともせず強行採決という暴挙により、今春施行された安全保障法案。


ゴリ押しした法律とつじつまを合わせるかのように憲法改正をもくろむ現与党。


参院選の結果、もし与党が三分の二議席以上を占めれば間違いなく憲法は改正される。


最後のブレーキがなくなるのだ。


先日二十年ぶりである知人宅を訪ねた。


私と年齢も近く二十代もふたりいる四人家族。


余裕も感じられる幸せな家庭なのだが、政治には無関心、新聞もとっていなかった。


自分の子どもや孫の世代に関わるとなれば興味がないとは言っていられないはずなのに。


水商売の世界、接客の掟に政治と野球の話はタブーというのがある。


道場においても政治の話はタブーであろうか。


違うと思う。


道に政を照らし合わせてディスカッションするのであれば、有意義であろう。

議論を交わすうちに考えも深まると思う。


私自身世の中のことをあまり知らない、だから老眼をこすりながら新聞やニュースを見る。


一票を投ずる判断材料が欲しいのだ。


恥ずべきは無知ではなく、無関心だと思う。


投票しても何も変わらないから選挙に行かない、よく聞くが戦後七十年、日本がこれほど変化した一年はあるまい。


来月の参院選は日本の未来を決定する分岐点である。





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その日は学校に行くとクラスの空気がいつもとは違っていた。


何となく皆がソワソワしてるのだ。


英語の教師が言った-今日は凄い試合があるんだろう?-


土曜ということもあり授業は半日、全校生徒の大半が急ぎ自転車で帰宅。


昼食後、家族でテレビを食い入るように観た。


モハメド・アリvsアントニオ猪木、ボクシング対プロレスの異種格闘技戦はホームビデオも普及していない当時、社会現象となった。


試合の内容は隔靴掻痒で凡戦と評されたが、私には二人がルールの中で真剣に闘っているように見えた。


ボクシングの元世界ヘビー級王者モハメド・アリ氏が亡くなった。


残念であるが彼の人生を知る時、凄い人物であったと思う。


ローマ五輪で金メダルを獲り帰国したが、レストランでの黒人差別は変わらなかった。


腹を立てたアリ氏、なんとメダルを川へ投げ捨てた。


今の日本ならタレントで食うためのパスポートである五輪のメダルを誰が投げ捨てようか?


プロ世界チャンプになり、キング牧師の元、人種差別撤廃を求め活動。


イスラム教に改宗後はベトナム戦争の兵役を拒否。


王座とボクサーライセンスをはく奪され4年の禁固刑を受けた。


この時の言葉、敵はベトコンではなく白人だ、が印象的だ。


四年のブランクをものともせず、当時最強のジョージ・フォアマンをアフリカのキンシャサでKOで破った(キンシャサの奇跡)。


人生で計三度世界王座に君臨。


その間、猪木氏との試合。


拳闘業界における異端者と言ってよい。


引退後は難病パーキンソン病と闘病生活を三十年間も送った。


アリ氏の行動を支えたものは反骨精神である。


人種差別や戦争という米国の歴史や政策に対して常に闘ってきた。


あのヘビー級とは思えぬフットワーク、剛腕フォアマンのボディブローを鉄壁のブロックと巧みなロープワークで封じたテクニックも自分は何のために闘うのか解っていたから生まれたのだ。


私見を言えば私は彼の闘い方は好きではなかった。


男らしく突進すべきと思い、黙って闘えと思たからだ。


そんな既成概念を壊すために彼はヘビー級界に革命を起こしたのだ。


世界王者としての彼の言動は世界から注目を受ける。


ヒステリックに対戦相手をこき下ろすのは彼の人としての存在の主張であった。


現代多くのスポーツで黒人選手が活躍するのも、ハリウッドスターに黒人俳優が名を連ねるのも、米国の大統領がアフリカ系であることもアリ氏の行動のお陰なのかもしれない。


歴史を振り返るとき、ある業界の範疇に納まりきれない人物が稀にいる。


空手の大山倍達総裁、フロレスのアントニオ猪木氏、ボクシングのモハメド・アリ氏。


彼らのような存在はその時代には異端視される。


抜群の強さと精神性はカリスマとなり、時の権力や体制の側にとってやっかいなしろものとして映るからである。


だが後の時代となり過去として振り返ると異端者の行動は現実化し、当たり前のものとなっている。


思想、哲学を持った異端者は実は時代の先端を行く人物なのだ。



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二年前に行った三十周年記念会が呼び水になっているのだが、当時の道場生たちか何名か戻ってきている。


戻るという意味は数十年ぶりに再会して酒を飲むということでも行事の時に役員顔して着席しているということでもない。


毎週定期的に共に稽古するということだ。


このご時世、社会人が週一回でも道場で汗を流すのは大変な決意と努力がいる。


三十年前は学生だったが今では五十路の家族持ちである。


本人の気持ちがあっても周囲の状況と体調が簡単には許してくれないからだ。


どうせ一、二か月で諦めるだろう…予想は外れ、半年以上経った今でも彼らの稽古ペースは変わらない。


OB会なるものが結成されて隔月の定例会(単なる飲み会)も開催されている。


先日の定例会で昔の話題となり、我々が燃やしたあれはいったいなんだったのか?という話になった。


若さ、情熱、ライバル心、そして克己心。


真であったということになった。


ではその結果良い人間が世に排出されて世の中によい影響を与えたか?私が質問した。


自分も含め、多くの者が影響を受けて今日に至っているが、決して褒められる人間、事象(事件)、 顛末を招いていないからだ。


しばらくあって一人が言った。


いろいろあったけれども何もしないで今日になるよりは良かったのではないか…一同納得したようで、よーし、では当時の真を若い人たちに伝えようとなった。


私が人生で二たび一緒に稽古するとは思っていなかったオヤジたちだ。


本当の人生の紆余曲折を経て、酸いも甘いも経験した大人の影響力。


日曜の午後、公園で若者とランニングで汗を流し、ウエイトトレーニングを教える彼らの姿に、ああ俺は一人ではない、少し心強さを覚えた。



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