詩人の大岡信氏が、京都の染色家の仕事場を訪ねた時のこと
桜色に染まった着物を見ました
淡いようでありながら、燃えるような強さを内に秘めた、
その美しさに目を奪われたといいます
「この色は何から取り出したんですか」
大岡の問い掛けに、染色家は「桜からです」と答えました
だがそれは、花びらではなく、樹皮から抽出した色だった
しかも染色家によれば、その桜色は一年中、
取れるものではなく、桜の花が咲く直前にしか抽出できない
桜は木全体で最上のピンク色になろうとしています
花びらは、樹木全体の活動のエッセンスの一端が
姿を現したものである───
この桜のエピソードを通し、
大岡氏は”言葉の世界も同様ではないか”
と頭によぎった、といいます
発せられた一語一語を花びらに例えるなら、
樹木全体は、その人自身であり、
生きてきた人生そのものといえるでしょう
その全てを分かることはできないとしても、
誠実に相手の言葉に耳に傾け、
言葉の奥にあるものに、思いをはせたいですね
各地から、続々と開花の便りが届いています
列島が桜色に染まっていきます
心通わせる花も、満開に咲かせる春としたいですね