満州で終戦を迎え、「日本に帰してやる」


と言うソ連兵を信じて、列車に乗ったが、


着いたのはシベリアだった───寒い


3年もの抑留生活を経験した大先輩に聞きました耳


極寒と重労働で仲間が次々と死んでいく中、


”必ず生きて帰ってみせる”


と自身を奮い立たせたといいます頑張る


そこに、お孫さんが同席していました娘


「もしもあの時、おじいちゃんが


生きることを諦めていたら、


私は今、この世にいない」と、


感謝の涙をこぼしました男の子




若者にとって戦後70年は、


遠い過去かもしれません過去記事


しかし、想像してみましょう想像


自分に近い先人が、人生の岐路に立った時、


別の選択をしていたら、自分の人生も、


全く別のものになっていたに違いありませんガーン


そう考えると、「戦後70年」の捉え方も


変わってきます変わる。





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