初めての方はブログの目次へ(⇒ココ)
(⇒昨日の続きでやんス⇒)
『晴れは偉大だ 』
晴れは偉大だ、草木が育つ。
雨は偉大だ、草木が育つ。
晴れが過ぎると草木は枯れ、雨が過ぎると草木は腐る。
調度を合わせる人はもっと偉大だ。
その偉大な存在の計算の上に生かされている我々は、
やはり、
雨の日に晴れを想えないし、
晴れの日に雨を思い出せない。
百年ちょっと前から空を飛べるこの頃は、雨の上に晴れを知る。
むしろ雨というのは晴れの、
偉大な晴れのその下で起こっている、偉大な現象だと知る。
しかし、日々のそのほとんどを、
この大きな球の薄い皮にビッタリへばりついている限り、
目の前の日常もこの五体に、同じくベッタリへばりついてくる。
雨の上に晴れを知るが、
結局それは時と供に流れ、記憶となり、霞み、
百年ちょっと前の我々と同じく
晴れを晴れとして
雨を雨として、感じ、生きている。
霞んだ記憶が消える前に、飛行機に乗り、雲を超える。
雨の上に晴れがある事を思い出し、また、偉大な存在に近づくから。
旅へ出よう。-JAL-
「感動もしないし、笑えもしない。
ツッコム気も失せた。頑張れ、詩人。
ヨッ!」
何度か言ってます通り、みつろうは、ただの詩人なんです。
さらに、ただのバンドマンなんです。
だけど、ただのサラリーマンなんです。
そして、コメディアンで、玄米職人で、パパなんです
まぁ、全てなんです。
で、ネタ帳に5年前の詩を発見し、
昨日のブログの内容に似てたので、ちょっと書いてみたとです。
「晴れ」って偉大でしょ?草木を育てるから。
「雨」って偉大でしょ?草木を育てるから。
でも、晴れ過ぎちゃうと、枯れちゃうよね?
降り過ぎちゃうと、腐っちゃうよね?
この晴れと雨の、バランスを合わせてる人って、もっと偉大だよね。
その偉大な人(神?)の計算の中で、やっぱり生きてるよね、人間は。
苦しいときに、苦しいなーって思っちゃうし、
嬉しいときは、嬉しいなーって思っちゃう。
その、目の前の感情に、没入しちゃうから。
別の感情もあるのに。
だけど、なんだかんだで、そのバランスは、彼がとってくれてるんだよ。
悲しみと、喜びのバランス?みたいな。
だって、あなたは、枯れてないでしょ?水ぐされしてないでしょ?
今日、生きているんでしょ?
じゃあ、彼の調合は素晴らしいんだね、やっぱり。
でね、飛行機ってさ、凄いよね。
乗ったらわかるよね。
どんなに雨が降っていても、その上で晴れが起り続けているって気付ける。
そう思えれば、なんだか気が楽になるでしょ?
あなたの悩みの外では、いつも太陽は照ってるんだって。
だけどね、飛行機に乗ったトキのその記憶って、
やっぱり、日常生活(地球というタマの薄い皮-大気-)の中で忘れちゃうんだよね~。
「雨の上には晴れがある」って知識として知っていても、
やっぱり、雨の日を、「雨だな~」って気分で過ごしちゃうの。
いや、それはそれで良いと思うんだけどね。
だけどやっぱり、つらくて耐えられなくなっちゃうんだったら、
飛行機に、もう一度乗ってゴラン。
100年ちょっと前より進化した現代人の、特権だよね。飛行機。
まぁ、昨日の記事と交互に読んで欲しいでごわす。
きっとまた、あなたも何かに近づけるから。
バイバーイ。
↓誰か、JALに知り合いいない?
機内誌に、このエッセイを載せたいんだよねー。JALの。
飛行機の上で書いたこの詩を、飛行機の上に帰したいんだよねー。
・・・ANA? 翼の王国?
うーん。JALで書いたけど、OKなら・・・。
JALかANAの機内誌の権限がある人・・・、連絡頂戴。
↓今日は下の2つのボタンを押す際、
「悲しみは偉大で、喜びは偉大だ。」ってツブヤキナガラ押してみて。
詩人の気分が湧いてくるから。
悲しいときでも、嬉しかった記憶を思い出せるかもよ↓
いつも、二つともボタンを押してくれてありがとう。
あなたに感謝しています。