雨音 | 旅ノカケラ

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@人生は先がわからないから、面白い。
@そして、人生は旅のようなもの。
@今日もボクは迷子になる。

ダブルファンタジー


傘を買った。
あの人に会うときは決まって雨になる。
だから、仕方なく傘を買ったのだ。
電話をして、今度はどこに行きたいか聞いてみたら、公園を歩いてみたいと言う。
「どうせ、また雨だよ」
小さく笑ったあと、あの人が言った。
「雨の公園もいいものよ」
そんなものかな。
私鉄の小さな駅まで彼女に電車で来てもらいぼくが運転する車で公園に向った。
駐車場に着いて、車の外に出ようとしたら、傘がないことに気がついた。
しまった。忘れた。
慌てるぼくの姿を見て、あの人が笑う。
「どうしたの?」
「いや・・・。傘がないんだ」
「じゃあ、一緒に入ればいいじゃない?」
あの人から傘を受け取って、外に出たぼくは助手席を開けながら傘を広げてあの人が出てくるのを待った。
「ありがとう」
雨が降る公園は人気がなくてひっそりとしている。
でも、木も草も花もみんなしっとりと濡れて新鮮な感じがする。
葉っぱについた水滴が列になって水晶のように輝いていたりする。
ゆっくりゆっくり歩く。
あの人が濡れないように、ぼくは頭に雨がかからないように傘を差していたから肩の半分はびしょ濡れだ。
広い公園の半分ぐらい歩いたら、四隅に柱が立っていて大きな屋根が乗っている東屋があった。その下にはベンチが置いてある。
「ちょっと休もうか」
ぼくらはベンチに腰掛けて休むことにした。
「やだ、肩が濡れているじゃない」
「でも、きみは濡れてないだろ」
「そういう問題じゃないでしょ」
タオルを取り出して、濡れた肩を拭き始めた。
それからぼくらはポットに入れてきた熱い紅茶を時間をかけてゆっくり飲んだ。
会話が途切れるたびに雨の音が大きくなるようだった。
でも、雨が落ちてきて、地球を叩くリズムは変わらない。
第一小節、第二小節、第三小節、ぼくの鼓動もシンクロしてくる。
「そろそろ、行こうか」
ぼくらは立ち上がって、また歩き始めようとした。
今度はあの人が傘を持ってくれるという。
すごく恥ずかしくって、あの人との間に隙間が出来てしまう。
「濡れちゃうでしょ。もっとこっち」
そう言われて、慌てて間を詰めたら肩が当たって歩きづらい。
自然と肩を抱いて歩くことになる。
傘を叩く雨の音。
あの人の髪からシャンプーの香り。
突然、あの人が立ち止まって、こう言った。
「キスしようか」
ぼくらは傘を差したまま雨の中でキスをした。
聞こえてくるのは雨音だけ。
そして、あの人のぬくもり。
「ねぇ、雨の公園もいいでしょ?」
確かに雨の公園も悪くはないかもしれない。