フラッシュバック | 旅ノカケラ

旅ノカケラ

@人生は先がわからないから、面白い。
@そして、人生は旅のようなもの。
@今日もボクは迷子になる。

 若い女の子がオフロードヘルメットを眺めていた。
髪の毛はショートカットで、日に焼けた健康そうな肌の色した体の線が華奢な小柄な女の子だ。
ぼくのまわりにはオフロードバイクにテントを積み込んでツーリングに出かける女の子が多い。だから、何も不思議なことはない。
でも、街中で颯爽とオフロードバイクを走らせている姿はあまり見かけない。
町にあふれているバイクは圧倒的にロードタイプ、アメリカンタイプが多く、そのようなバイクに乗っているライダーから、あまりオフロードバイクに乗っている女の子を見かけないと聞く。
単に志向の違いだけなんだが・・・。
2年ほどバイク用品店に勤めて、1度も女の子にオフロードヘルメットを接客したことがないから、珍しいといえば珍しい。
別のお客さんに捕まって長々と接客することになり、彼女の姿をちらっと眺めただけで、放っておいた。


 「こんなに顎のところが空いて、いいんですか?」
一息ついたところで、ヘルメットを被っている彼女に尋ねられた。
オフロードヘルメットの特徴は顎の部分がシャープに突き出している。
疑問を持つことは当然かもしれない。
バイクの種類や使い方を聞きながら、ヘルメットを選ぶアドバイスをすることになった。
違うヘルメットを被ってもらうため、促すと、彼女がヘルメットを脱いだ。
あっ・・・。
幼いころの記憶が一瞬の間に蘇ってきた。


 小学生のぼくはかけっこが苦手だった。運動会では、ビリか最後から2番目というありさま。
なぜか、小学生では足が速いヤツは運動神経が良くて、遅いヤツは運動神経が悪いみたいな風潮があった。
誰に言われたわけでもないが、ぼくは運動神経が悪いと思い込んでいた。
今思えば、逆上がりも出来たし、跳び箱も飛べたし、側転も出来たから人並みの運動神経だったと思う。
ただ、自分が思うように筋肉が動きを覚えるまで人一倍かかるようだった。
カラー竹馬が流行ったころ、友達の中で一番遅くに始めてなかなか上手に竹馬に乗れず馬鹿にされ続けた。
性格がひとつのことに熱中するととことんそれだけをやり続けるから、来る日も来る日も毎日、学校が終わると竹馬に乗り続けた。
気が付けば、かなり上手くなって5階建ての公団住宅の階段を下から上まで竹馬で乗り続けることも出来るようになった。
さらに年上の友達でひとりだけ握りこぶしひとつ分だけ空けて竹馬の足を乗せるところをセットして乗っている人がいた。
子供心にその姿は格好よく、最後にはぼくもできるようになっていた。
ここまで上達すれば自慢も出来るのだけれど、次から次へと新しいおもちゃが出てくる高度成長時代にあって、竹馬に乗る子供はほとんど

見かけなくなっていた。


 そのあと熱中した遊びといえば、ローラースケートだった。
当時のおもちゃのローラースケートは運動靴を履いたままサンダルのようなもので、つま先を入れて足首のところでベルトで締めるタイプだった。
初めは鉄の車輪にゴムを巻いたいかにもおもちゃだったが、2台目は厚いゴムの車輪が付いていた。
今ならスケートボードの車輪と同じようなものだと思う。
3台ぐらい履きつぶしたころは、かなり上手くなっていた。
なにしろ学校が終わると飽きもせずに毎日ローラースケートを滑らしていたのだから、上手くならないわけがない。
小学校6年ぐらいだったと思うが、TVでローラーゲームが放映され、佐々木ヨーコがアイドルみたいにもてはやされていた。
ルールはよくわからないが、よくTVにかじりついて見ていた。
ちょうど公団住宅内に大きな円形の子供用プールがあって、そこで友達数人とローラーゲームごっこをしたものだ。
ガキ大将ふたりがじゃんけんして、誰をメンバーにしていくか決め手いくのだが、内向的でおとなしく、小柄で痩せていて運動神経がにぶ

いと思われていたぼくは最後にしぶしぶメンバーに加えてもらえると思っていた。
ところが、ひとりのガキ大将が真っ先にぼくを指名してくれた。
 「なんで、コイツなの?」
もうひとりのガキ大将が不思議そうに、そして不満そうに言い放った。
 「スケートが一番上手いから」
 「だけどさぁ・・・」
TVで見るローラーゲームは荒々しく、子供心に喧嘩が強いがっちしりしたヤツをメンバーにしたいと思ったのだろう。
子供は仲間外れにされることが一番怖く、メンバーに入れてもらえただけでも嬉しいのに一番に指名されて、驚き、さらに褒められてしまった。
黙って成り行きを見守って、いよいよゲームをすることになった。
あれ?ほかのやつらが全然追いついてこない。
ほとんどの子が歩くように足を動かすが一歩踏み出すと半分ぐらい後ろに滑って全然前に進んでいない。
ほんの少し慣れている子はスケートの前に付いているゴムのストッパーを支点に蹴りだして前に進んでいる。
ぼくは、ハの字にスケートを開いて車輪を蹴って滑っていた。
カーブでは足を交差して車輪を蹴る。
ルールが良くわからないから、チームのガキ大将が大声で指示されるままに滑っていた。
どうやらゲームには勝ったようだが、ルールがわからないから実感が持てない。
唯一「勝負になんないよ」と相手のガキ大将が悔しそうにしていたことは確実だった。


 その日からぼくを選んでくれたガキ大将とふたりでスケートする日が多くなった。
バックの練習しようかと言って、はじめはひょうたんの形を描くように後ろ向きで滑ったり、足をクロスしてみようと後ろ向きに滑りながら足をクロスして車輪を蹴る練習をした。
ローラーゲームの真似事で滑りながら彼の手につかまり思いっきり前方に引っ張り投げられ加速する技も身につけていった。
ある日なんかは遠征だと言って、隣町まで自転車を漕いでいき公園でローラースケートにこうじているグループに試合を申し込んで遊んだ

りした。


 そんな日々を遊んでいたある日、いつもの子供用プールに女の子ふたりがローラースケートをしていた。
見慣れない顔だった。
小学校6年生ともなると同じクラスになっていなくても顔ぐらいは知っている。
体格のいい女の子と華奢な女の子のふたり組みだった。
そのころのぼくは女の子と話すことが恥ずかしく黙って眺めるしかなかった。
その点、親友となったガキ大将はさっさとふたりのところに行ってからかいはじめた。
 「東小だって」
彼が戻ってきて、そう言った。
バス路線がある通りをはさんでぼくらが通う西小学校と東小学校に学区が分かれていた。
だから見たことない子たちなんだ。
再び彼女たちのところへ行って楽しそうにおしゃべりする彼の姿をうらやましそうに眺めながらも、ぼくはしゃべる勇気もなくてひとりでスケートを走らせた。
それから度々ふたりの女の子を見かけるようになった。
いつも遠くで眺めるだけだった。
そして華奢な子を見ていたと思う。
姿を見かけても話しかけようとせずに胸をドキドキさせて黙々とスケートを走らせた。
しばらくすると彼女たちの姿が現れなくなってしまった。
幼い恋心はこうして終わってしまうのだろうか。


 ふたりを見かけたのは中学校に入ってからだった。
ふたつの小学校の学区が1つになって中学校の生徒が集まってくる。
1年生のときは違うクラスだったので、何かの集まりのときに顔を見た瞬間、あのスケートの華奢な子だとわかった。
今ならば「ひさしぶり!」と簡単に言えるけれども、あの頃は近寄って声もかけられない。
しかし、運命の悪戯か2年生になったら同じクラスになった。
しかも、席が隣。
担任の先生が名簿を読み上げてはじめて彼女の名前を知った。
仮にMさんとしておこう。
思春期を迎えて女の子を意識するようになって、さらに女の子としゃべられなくなっていた。
意識すれば意識するほど、恥ずかしくて目を合わせないようにしていたのだろう。
ある日、クラスの友達が「Mさん、お前のこと好きみたいだぞ」とからかわれた。
 「ウソ。なんで?」
 「だって、いつもお前のこと見ているもん」
 「えっ!?」
そんなこと全然知らなかった。


 中学2年生の1学期が終わる頃、ぼくは転校することに決まった。
その矢先だった。
Mさんがぼくのことを気にかけているのか、と思いながら自宅で過ごしていた。
突然、電話が鳴って出たら違うクラスの男の子だった。
彼が言うには彼と付き合っている女の子の友達がMさんで、Mさんがぼくのことが好きなので一度会ってくれないかということだった。
まだ誰にも話していない2学期から転校することを彼に伝え、電話を切った。
ぼくはしばらくぼう然としてなんて運命は意地悪なんだろうと思った。
胸に秘めていた想いがかなおうとした瞬間に引き裂かれてしまうなんて。
数時間後、ドアのチャイムが鳴り、ドアを開けたら彼女が立っていた。
精一杯の勇気を持って来てくれたのだろう。
泣きながら手紙と小さなキーホルダーを渡してくれた。
彼女にぼくも好きなんだよと言えず、「ごめんね」と言うことが精一杯だった。


 それから彼女とは高校生になって何度か手紙のやり取りをしただけで、今となってはどこにいるのかもわからない。
そして月日は流れ、すっかり彼女のことも忘れていた。
ヘルメットを脱いだ若い女の子が中学校で別れ離れになったMさんに良く似ていたのだ。
ぼくと同い年だから妙齢の女性になっているはずだ。
本人であるわけはなく、もしかしたらMさんの娘さんだったら・・・。
真実がわかってもどうすることもできないが、気になる。
ちょうどいいサイズのヘルメットがなかったので注文してくれることになった。
注文書に住所と氏名を書いてもらい目を通した。
ぼくが小学生を過ごした隣町が記してあった。
あまりにも幼い日を思い出させる偶然の一致じゃないか。
苗字のほうは多くの女性が結婚すると姓を変えるため、当然ながら見覚えがない。
勇気を持って「あなたのお母さんの旧姓はMさんじゃないですか?」と聞こうと思ったが、幼い日がフラッシュバックしたぼくは当時の弱虫に戻り、ひとりの店員になりきって彼女を送り出した。


 今さら過去に戻れるわけでもなく、幼い頃を思い出させてくれた彼女に感謝するしかない。