キスまでの距離 | 旅ノカケラ

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@人生は先がわからないから、面白い。
@そして、人生は旅のようなもの。
@今日もボクは迷子になる。

仕事で疲れ果てたときほど、馬鹿な妄想が浮かび上がってくるものだ。

Girl's side

「今日は、楽しかったね」
バイクに跨ったままの彼が言った。
花冷えの夜は寒く、彼のぬくもりがまだ手に残っている。
ヘルメットを脱ぐと、ひんやりした空気が顔を包んだ。
「今日は、ありがとう」
彼の横に立つと、彼は顔を私のほうに向けてくれた。
顔全体を包んでいるヘルメットだから、彼の目だけが私に映る。
真っ直ぐ私を見つめている彼。
バイクに跨っている彼を見ていると、遠くに行ってしまいそうな感じがした。
抱き寄せて欲しい。
キスしてよ。
「じゃあ、また!」
彼は行ってしまった。
小さくなっていく彼。
桜舞う月夜は少し寂しい。

Boy's side

「今日は、ありがとう」
タンデムシートから彼女が降りて、ヘルメットを脱ぎながら、ぼくの横に立った。
バイクに跨ったままのぼく。
小柄な彼女と目線の高さが同じだ。
フルフェイス・ヘルメットのシールドを上げて、彼女を見つめる。
真っ直ぐぼくの目を見つめている彼女。
少しの沈黙。
このまま彼女を引き寄せて、顔を近づけてキスをしてしまおうか。
うっ、ヘルメットが邪魔でキスができない。
エンジンを切って、ヘルメットを脱いで、少し話そうかと思ったが
「じゃあ、また!」
ぼくは軽く手を上げて走り出した。
ミラーに映る彼女が小さくなっていく。