三浦弘行九段に、対局中、スマホで将棋ソフトを不正利用していた疑いがかけられた際に、多くの報道では「棋士からの疑惑追及の声は一向に収まらず」(「週刊新潮」2016年10月27日号)というような表現がされて、あたかも多くの棋士から三浦九段が疑われていたような印象を受けたが、これは全くの間違いではなかったか。

 

 三浦九段に将棋ソフト使用疑惑をかけたのは一人だけであり、それに乗った一人がいただけ、ではないのか。

 

 まず、いつの対局で三浦九段に疑いがかけられたというのだろう。

 

 そもそも、三浦九段が将棋ソフトを不正使用したという際に、具体的な使用方法さえ明確にはされていないのだが、

 

1.スマホで、将棋ソフトアプリを用いたのか。
2.スマホの遠隔操作アプリを通じて、自宅のパソコンのコンピュータ・ソフトを使用したのか。

 

現状では、三浦九段の将棋ソフト不正使用疑惑には、この二つの方法が考えられているようだ。

 

 しかし、1.については、プロ級の技巧などのソフトをスマホ上で動作させるには、2016年7月2日に公開された将棋用GUI「ShogiDroid」が必要だ。
 また、コンピュータ関係に詳しくない三浦九段が遠隔操作アプリの存在を知ったのが、8月と言われている。

 

 よって、三浦九段が対局中に将棋ソフトを使用したのではないかと疑いを持つのならば、その対局は7月以降の対局についてであろう。

 

 三浦九段の対局の状況を見ると、7月に4局、8月に3局、9月に5局、10月に1局で、合計13局。6勝7敗である。
 対局者は、佐藤康光九段(3局)、郷田王将、久保利明九段、畠山鎮七段、丸山忠久九段(3局)、稲葉陽八段、橋本崇載八段、佐藤秀司七段、渡辺明竜王の9名だ。
 また、不正行為は考えられない公開席上対局、テレビ対局が2局含まれている(佐藤康光戦、橋本戦)。

 

 このうち、疑惑を表明したとされているのは、久保九段と渡辺竜王だけだ。

 

 佐藤康光九段は、10月10日の島理事宅での会合に出席しているが、7月からのこの間、自分が最も対局しているが、自ら疑惑を主張することはなく、「理事会は苦渋の判断だった思う。推移を見守るしかない」(10月27日の朝日新聞将棋欄)としか語っていない。
「苦渋の判断」とは、 難しい二者択一。もし、康光九段が疑わしいと感じていたならば、こんな中立的な表現ではなく、もう少し何かを言っていただろう。

 

 丸山九段は明確に疑惑を否定している。

 

 橋本八段は、「私が三浦弘行九段の不正を断定した。という事実はありません。」とツイッターで言っている(スタッフかもしれないが)。

 

 そのほかの、7月以降の対局者4名、郷田王将、畠山鎮七段、稲葉八段、佐藤秀司七段は疑惑を主張していない。

 

 疑惑を表明したとされているのは、久保九段と渡辺竜王だけだが、文春の記事によれば、久保九段は「証拠は何もないんです。でも指していて(カンニングを)”やられたな”という感覚がありました」と語ったという。

 

 終盤62手目の6七歩成からの強襲で久保九段の敗戦となったものだが、局後の感想で久保九段は「△6七歩成にはびっくりしました。一直線に進めて先手玉は詰まないし、後手玉には詰めろがかかります。それで先手が勝てないとは思いませんでした」と言っている。
 恐らく、この時の余りに鮮やかな逆転負けが、久保九段の心中に疑いを生じさせたものだと思われる。

 

 その後、久保九段が周囲に「三浦九段に不正行為で負けた」と漏らしたか、吹聴したか、したのだろう。

 

 一方、疑惑を主張するもう一人の渡辺竜王は、「対局直後は、三浦さんの研究にはまって負けたと思いました。」と文春記事で述べている。

 

 つまり、久保九段の話が、発端になったとしか考えられない。

 

 「谷川会長によると、三浦九段が対局中、不自然な離席を繰り返しているという指摘が七月下旬にあった」(東京新聞10月22日)というのは、七月下旬(7月26日)の久保戦後のものだろう。

 

 橋本八段が(あるいはスタッフが)「実は少し前からこの話は知っていた。」と言ったのも、久保九段の話を伝え聞いていたのだろう。


 後藤元気さんという渡辺竜王の兄弟弟子である将棋ライターが、10月20日に次のようにツイッターで述べている。
 

たとえば今回の三浦九段の一件はかなり前から問題視されており、何人か集まればだいたいその話題になります。はっきりと疑念や不満を言って感情を露にする棋士、それを諌める棋士、何も口にせず眉をひそめる棋士…その誰もが、言いようのない不安と戦っているように感じられました。

 

 これも、多くの棋士が三浦九段に疑惑をかけているかの如く受け取られる表現だが、いかがなものだろう。
 後藤氏は、その後10月29日にブログで、このツイートについて謝っているのか釈明しているのかよくわからない文章を書いている。

 

 上野裕和五段は、後藤氏のツイッターを受けて、10月22日に次のとおりリツイートしている。

 

そうだったのですか。私もその話を聞いたことはありますが、私を含めて、不安のある方はいなかったと思います。むしろ疑惑を出した方の勇み足ではないか、という印象でした。

 

 なるほど、久保九段(上野五段のいう「疑惑を出した方」だろう)の憤懣やるかたない思いは将棋界のあちこちに伝わってはいたようだが、多くの棋士の実感するものではなかった、と受け止めるのが正しいように思う。

 

 よって、三浦九段に将棋ソフト使用疑惑をかけたのは一人だけであり、それに乗った一人がいただけだろう、と筆者は推測するところである。