後藤充男です。

 

小林麻央さんがお亡くなりになりました。

 

いろいろな感じ方があると思いますが、生前、彼女自身は次のように述べています。

 

死んだら、人はどう思うでしょうか。『34歳の若さで、かわいそうに』でしょうか。そんなふうに思われたくありません。2人の宝物を授かり、家族に愛され、愛した、色どり豊かな人生。病気の色だけに支配されることはやめました

 

かかることから感じたことは、日本人は死=悲しいと思いすぎだということです。

 

もちろん、死んだら悲しいです。

 

しかし、それはあくまで肉体の死であって、小林麻央さん自身は生き続けると思うのです。

 

たとえば、こちらの動画は生前の小林麻央さんのお話しているところですが、この動画を視聴している間は、生きている我々は彼女と対話できているのです。

 

これが本でも同じことを体験できます。たとえば、中村天風先生の本を読むと、すでにお亡くなりになっているにもかかわらず、天風先生と対話している錯覚に陥ります。

 

つまり、肉体は滅んでも、魂(たとえば、動画や本など)はその存在が忘れらない限り、永遠に不滅なのです。

 

そして、これは持論なのですが、水の総量が地球誕生から変わらないように、命の総量も変わらないと思います。

 

そのうえで、輪廻転生のようなものがあるとすれば、生まれ変わりとはその人の子供のような気がしてなりません。

 

なぜなら、子供は親の遺伝子が半々の生き写しだからです。

 

事実、子供が成長して大人になると、親とかなり似てきます。

 

これは、まさに、子供は親の生まれ変わりで、子供の中にずっと生き続けるのだと思います。

 

そう考えれば、小林麻央さんの肉体はなくなっても、子供は存在するわけで、特に、娘さんが大人になったら、きっと小林麻央さんに似てくるでしょう。

 

その意味で、小林麻央さんは不滅です。

 

そして、小林麻央さんは年齢が34歳ですが、死を経験した人という意味では、今現在生きている人の誰よりも先輩です。

 

その人生の先輩から学ぶことは、「ヒトは生きる意味を自分で見出していける。その意味を見出せば、どんな状況になっても、最後まで生き抜くことができる」ということでした。

 

つまり、ガンの影に隠れずに、希望をもって生き抜くことは、ガン患者のみならず、いわゆる健常者にもいろいろなことを教えてくれます。

 

たとえば、明日、今日と同じように起きてくるとは限らないという、至極当たり前のことを、健常者は忘れています。

 

そのため、起きれたことすら感謝に値する素晴らしいことなのに、いろいろと愚痴などをこぼして勝手に嫌な気分になっています。

 

なんと、もったいないことでしょう!

 

死んでしまったら味わうことのできない、息ができる幸せ、食べられる幸せ、排便できる幸せなど、お金は1円もかからないも、とても幸せなことが我々の人生には詰まっています。

 

それを常に感じて感謝できるガン患者に対して、それが当たり前と思っている健常者。果たして、どっちが幸せでしょう?

 

私にとって、小林麻央さんはそういうことを考えさせられるキッカケになりました。

 

私は現在は健常者なので、100%そういう心持ちで生きることは難しいかもしれませんが、いつ死んでも、自分の生きる意味(=しゃべる衝動、書く衝動、1分でも多く味わっていたい)を貫き通して生きていきたいと再確認させられました。

 

そして、一つ、小林麻央さんがうらやましく感じたことがあります。

 

それは、最後の最後に、「愛してる」と言って死んでいけたこと。

 

これって、ものすごく幸せですよね。

 

そう言える本人も幸せですし、そう言われた人も幸せだと思います。

 

なぜなら、人間の最高の幸福は、無償の愛を感じたときだと思いますから。

 

条件や容姿等を重視している婚活などをみると、一気にさめてしますのは、無償の愛ではなく、お互いに有償の愛を求めているからでしょう。

 

この人のためなら死ねる、この人のためならどんな犠牲もいとわない、いや、犠牲というか、そもそも犠牲などとは思わないという関係性を、親子以外でたった一人とでも構築することができたなら、その人は幸せなのだと思います。

 

そのたった一人とも無償の愛でつながれない人がたくさんいるのですから。

 

そう考えると、小林麻央さんは、この1年間、10倍も20倍も濃い人生を歩まれたのではないでしょうか?

 

きっと、朝起きるたびに、「今日も生きていた、ありがとう」という思いで365日以上生きてこられたのだと思います。

 

以上、私の勝手な解釈ですが、解釈の仕方は十人十色。いろいろあって良いと思いますから、堂々と書かせていただきました。

 

あなたはいかが感じたでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

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