ミスター1級の後藤充男です。

こんにちは!

公私混同の舛添元都知事が辞任しましたね。

約20年以上も前からテレビに出演されていて、悪事を働く政治家に向かって正義の味方みたいな歯切れのよいコメントなどが爽快でしたが、実際にご本人が政治家になったら自ら悪事を働いていたわけです。

なぜ、舛添元都知事はこのようなことしたのでしょう?いや、舛添元都知事に限らず、なぜ、政治家には繰り返し繰り返しこのようなことが起こるのでしょうか?

私見では、倫理観を持っていなかった、あるいは政治家になったことでその倫理観が薄れてしまったからだと思います。

政治と金の問題が出るたびに、私は心底「高い権力に立つ人ほど、倫理観を持つことが大切だ」と思います。

そして、会計と倫理を合わせた「会計倫理学」を創るべきだと思い、私は独自に研究しています。

たとえば、銀行員が銀行のお金を着服してしまう事件もありますが、銀行員はお金を扱うので「会計」は必須の知識として学びます。

しかし、銀行のお金を着服してはいけないという「倫理」に関しては個人の資質に任されてしまうので、状況によっては悪事を犯してしまうのでしょう。

ここで、私の考える「会計倫理学」の観点では、人はだれでも犯罪を犯してしまう危険があると仮定しています。いわゆる性悪説です。

なぜなら、性善説だと、着服等するような人は居ないという仮定となる以上、そもそも「会計倫理学」は不要だからです。

また、人間は様々な側面をもつので、60億人いたら60億通りの人間性があり、たとえみんなから「よい人だ」と思われても、それもたった数個に側面からでしか判断されておらず、「よい人」と思われている人でさえ、状況によっては着服等をしてしまうからです。

たとえば、普段はとても「よい人」が犯罪をしてしまったときに、(どこまで本当かわかりませんが)「まさか、あんなによい人が…」とインタビューされています。

これは、数個の側面からだけみた「よい人」が、必ずしもすべての側面ではなく、状況に応じては悪事を犯してしまう危険性があることを表しているでしょう。

私も、20代のとき、ある会社(今は倒産してありません)に1ケ月だけ働いていたことがあるのですが、その会社の人々は人生に疲れていて、私が挨拶しても挨拶を返してくれない人ばかりでした。

そんな中、Mさん(当時50代半ば)という方だけがにっこりと笑顔で挨拶してくれました。

私は、「Mさんだけはなんか違う、すごく人当たりも良いし、きっと人生に夢ロマンをもって生きているに違いない」と思い、仕事のあとに少しお話をいただけることになったので、その旨を質問しました。

すると、予想通り、でっかい夢ロマンをお持ちで、若いころにもっていたでっかい夢ロマンを子供ができたのでいったん保留にし、子供が独立したのをきっかけに、改めて夢ロマンを追いかけていたそうです。

それを聞いた当時の私は「俺もMさんのように、いくつになっても夢ロマンをあきらめないカッコいい大人でありたい」と思いました。

それから数年して、Mさんがテレビに出演しました。

一瞬、「おおっ!Mさんの夢ロマンが実現したんだ!」と思いましたが、私の価値観が一気にぶっ壊れたのです。

なぜなら、Mさんがテレビに出ていたのは夢ロマン実現ではなく、殺人犯としてだったからです。

その理由が、数千万円のお金のトラブルでした。

私は「ま、まさか、Mさんが…。あんなに良い人なのに…。信じられない」と絶句しました。

テレビでの報道でしかみていないので、実際の詳細はわかりません。

しかし、Mさんが金銭トラブルでカッとなって殺してしまったのは事実でした。

この事件を通じて、私は、「人はどんなに良い人でも、多面性があり、状況によっては悪事を犯してしまう」ということを学んだのです。理屈ではなく、実感理解として。

したがって、お金が絡むときにこそ、高い倫理観を維持する必要があると思います。

そのためには、特に「会計」を学ぶ者は「倫理」も同時に学び、舛添元都知事のように権力を握ってから変わってしまった人にアドバイスをするという勇気が求められていると思うのですが、いかがでしょうか?

もちろん、一番大切なのは、舛添元都知事自身の高い倫理観でしょう。しかし、権力をもつ立場の人間がすべて会計に精通しているわけではないので、それを陰から支えるべき重要な人材が、我々会計を生業とする者の責務にような気がしています。

単に、検定や試験に落ちた受かっただけでなく、会計を生業とするものは、仕事上では高い倫理観を持って仕事に従事すべきだと感じるのは、私だけでしょうか?

なお、仕事以外にまで、高い倫理観を維持する必要はなく、プライベートの範囲に関しては、各自の倫理観のもとで人生を楽しめばよいと思います。

例えば、私見では、いまうるさいほど騒がれている他人の不倫などは、本人同士の問題なので、不倫しているからといって、仕事の内容面までダメとしてしまうのはいかがなものかと思ってしまいます。

不倫も多面性で、一夫一妻の日本では極悪みたいに扱われますが、一夫多妻の国では極悪でもなんでもないですから。

また、私見では、そもそも不倫はするタイプとしないタイプがいて、するタイプ同士が常時やっているだけだと思います。しないタイプは、本当に全然しないですからね。

話はそれましたが、仕事レベルに関しては「会計と倫理」を、プライベートレベルに関しては「個々の倫理観」で、というように分けて考えていけばバランスが良いかと思います。

以上より、舛添元都知事は、倫理観が欠如してしまい、それを誰も指摘してくれなくなっていたことに問題があったと思います。

ちなみに、家族サービスという側面からは、舛添元都知事は素晴らしいとでしょう。

是非、数年後に、「家族という都民を大事にしすぎて、都知事を辞めた先生」としてしくじり先生に出てほしいです(笑)。

あなたは、いかがお考えでしょうか?
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