三國屋物語 第27話
「話がそれたが。大筋はこんなところだ」
「京で見かけたときいたそうだが。それは信頼できる筋の情報なのか」
「おなじ郷中の者だ。信用できるが……」
「なんだ」
「夜、しかも川の向こう岸だったと……。六年の歳月が経っている。当時の面影をのこしているのかどうかも定かではない」
「他人の空似(そらに)ということもあるだろうな」
「とはいえ他に情報もない。京を目指すしか手立てがなかったのだ」
いって、藤木が焦慮(しょうりょ)の色を濃くした。
「その川といいますのは」
瞬が言葉をかける。書きとめてあるのだろう。藤木は懐から二つ折りの紙をとりだした。
「六条通りを東から西へむかい西堀川通につき当たったあたりだと」
「それはきっと西洞院川でございます。川の東側から西にむかってとなりますと、駿介さまに似た方をご覧になったのは小柳町のあたりでございましょうか」
藤木の表情が、いくぶん和らいだ。
五年間の流浪は想像以上に辛いものであったろう。叶う事なら、これで旅を終わらせ郷里の地を踏んでほしかった。
なんだろう……。
なにかが引っかかる。思い出さなくてはならないことがあるような気がした。
記憶をたどり廻りだした思考が、篠塚の声で霧散した。
「もし駿介どのが自らの意思で出奔(しゅっぽん)していたとしたら、おぬし、どうするつもりなのだ」
まだ見つかってもいないというのに、しごく無慈悲(むじひ)な問いかけではないか。
「それは、後の話で良いではございませんか」
と、即座に異を唱える。篠塚が首を横にしてきた。
「いずれにしても駿介どのを連れて帰らなければならないんだぞ」
「そのために探しておられるのでございましょう」
篠塚が「だから」といって、もどかしげに眉をよせた。
「出奔であった場合、駿介どのにとり藤木さんは追っ手になるといっているのだ」
あ……。
ようやく篠塚のいわんとしている事がわかった。当時の事情如何により二人はまったく逆の立場となる。つまり、藤木はかつての念友を捕らえなければならない役も同時に負っているわけだ。運命の皮肉とはこのような事をいうのだろう。自身の考えの甘さに辟易(へきえき)としてしまう。いきなり武士世界の厳しい現実をつきつけられた気がした。
「無理に連れ戻そうとはおもわん」
藤木がいった。すでに心は決めてあるのだろう。
しばらくの沈黙があった。
くぐもった虫の声が襖(ふすま)越しに迫ってくる。行灯(あんどん)の灯(ひ)が藤木の苦渋に満ちた横顔をてらしていた。
篠塚が「それはそうと」と、話題をかえる。藤木が我にかえったかのように双眸をひらいた。
「おぬしが見たという殺しの件なのだが。相手の男の顔はみたのだろう」
「ああ、見た。年の頃は二十代後半といったところか。背丈は……並んだわけではないので正確にはわからん」
「剣に特徴は」
「肥後拵(ひごごしらえ)だったか……。酔っていたので剣の流儀もなにもあったものでは無かったしな」
篠塚がげんなりとした面持ちで口をすぼめる。藤木が瞬の名を呼んできた。
「はい」
「すまぬが、紙と筆を」
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