三國屋物語 第21話
自分の技量と弱さを認めたうえで、真摯(しんし)に相手に立ち向かおうとしている。稟性(ひんせい)の素養であろう。いかにも士分らしい考え方である。瞬はますます篠塚が好きになった。
「人を殺めたら強くなれるのでございますか」
「そうではないが」
「わたくしは篠塚さんに追いはぎから救っていただきました。人を殺(あや)めるための剣より、人を守る剣のほうが、わたくしは強いとおもいます」
篠塚がふわりと双眸をひらき、やがて染みいるような笑みをうかべた。
もう少し、話していたい……。
「篠塚さん」
「ん」
「用心棒の件、お引き受けいただけるのでございましょうか」
「ちょっと前、誠衛門が今日の駄賃をもってきた」
「おいくらでございました」
「銀三十目だ」
「三十匁(もんめ)でございますか」
江戸が金相場であるのに対し上方は銀相場である。しかも変動相場なので江戸にいる主の五郎衛門などは金銀相場の為替取引や先物取引で、かなり金を稼いでいる。いわゆる投資家である。また、食べ物の値段は安いが着物と奉仕料は驚くほど高い。奉仕料とは京であれば島原、江戸でいえば吉原での豪遊(ごうゆう)などがそれにあたる。現代でいえば会員制高級クラブ、あるいは老舗料亭での芸者遊びでの散財(さんざい)といったところである。
「二日で一両といったところか。悪くない。正直、用心棒がこれほど身入りになるとは思わなかった」
「相場でございます。今回、仲介を通してございませんから。篠塚さんほどの腕でしたら、もっと値をつりあげてもいいぐらいでございます」
篠塚がさも愉快そうに笑った。
「そう鼻をふくらませていうな」
「こういったことは最初が肝心なのでございます」
「そのうえ、三度の食事に内湯まである。充分だ」
篠塚は欲がない。これも瞬をしごく満足させた。
篠塚が腰をあげながら、
「ところで」
といった。
「ここには、どれほどの人数が寝泊りしているのだ」
「番頭は六人中、三人が通いでございます。それから、手代(てだい)がニ十四名、丁稚(でっち)が十七名。それから部屋方、店下(たなもと)、仲働(なかはたら)き、水仕(みずし)、庭働き……」
瞬が指折り数えだすと、篠塚が、
「わかった」
といった。
「は? なにがわかったのでございますか」
「俺ひとりでは手に負えないということがだ」
「はあ……。それはそうと、篠塚さん」
「なんだ」
「藩命のほうはいかがいたしました」
篠塚は、
「まあ、そのうちに」
といって、言葉を濁してきた。やはり密命ともなれば、おいそれと口にだせないものなのだろう。それに仕事を終えたら篠塚は水戸に帰ってしまう。一日でも長く京に居て欲しかった。
「俺はすこし見廻ってから床につく」
「用心棒というのは表向き。見廻りの必要はございません」
「見廻りなりともしておかねば表向き格好がつかない。はやく寝ろよ」
篠塚の背中に「おやすみまさいませ」と声をかける。また篠塚を誘ってどこかに出かけようか。明日がくるのが待ち遠しかった。
夜中、物音で目がさめた。
野良猫だろうか。瞬は障子をわずかに空かし庭をのぞいた。
誰もいない……。
障子を大きくあけ、ふたたび目をこらす。虫の音がぴたりとやんだ。庇(ひさし)越しに空をあおぐ。沈みかけた月が蒼い面(おもて)をみせていた。
縁側(えんがわ)にでて、ぼんやりと雲の流れを追う。
篠塚さん、いつまでご滞在なのだろう……。
ひんやりとした秋風が素足をなでていった。身震いをひとつして部屋に入ろうとすると、突然背後から袖(そで)を引かれた。
「あっ……」
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