三國屋物語 第7話
好奇心で胸がはちきれそうだ。瞬はどうにも待ちきれず篠塚に疑問を投げかけた。
「篠塚さまは、どちらから。旅の赴(おもむ)きはお仕事でございましょうか」
「どうして旅だと?」
「お召し物が……その」
「くたびれているか。だが、それだけで旅だと、どうしてわかる」
「宿を探しておられましたし土地の訛(なま)りもございません。それに、お腰に見事な印籠(いんろう)を下げていらっしゃるので、どちらかの家中のお侍さまかと」
篠塚が腰の印籠に視線をおとす。
瞬は「見事な沈金(ちんきん)仕上げ」と、溜息まじりに声をもらした。
「いずれ名のある職人の手による品でございましょう」
「これは祖父の形見にもらった」
「おじいさま、ご愛用の品でございましたか。篠塚さまは、ご兄弟は」
「どうしてそんなことを訊く」
瞬が戸惑ったように目を泳がせた。余計な詮索とおもわれただろうか。
だが怯むことはない。瞬にとって篠塚との会話そのものが降って沸いたような余興なのだ。篠塚の一言一句に興が尽きない。今夜はどうにも眠れそうにない、などといらぬ心配までしてしまう始末だ。
篠塚が小さく吹きだし「冗談だ」といった。
「冗談」
瞬が目を白黒させる。
なにが冗談なのかがわからない。だが篠塚が笑ったので、とりあえず笑顔をかえし次の言葉をまった。
「俺は水戸の郷士(ごうし)の三男坊だ」
「水戸でございますか。それでは、新選組の芹沢さまと同郷でございますね」
篠塚が一瞬、真顔になった。
「篠塚さま?」
「さま、はいい」
「では、篠塚……さん」
「ああ」
「篠塚さん」
瞬は袖を口に押しあて、くぐもった笑い声をあげた。嬉しくてたまらない。
篠塚が「なにが可笑しい」といって、自分の身なりを見下ろした。
「すみません。客人が珍しいものですから。しかも、お武家さまなんて」
「武士は面白いか」
「そんなことは」
「まあいい。ところでおまえ、芹沢先生と会ったことがあるのか」
先生……。
どうやら篠塚は新選組局長である芹沢鴨(せりざわかも)と旧知の仲であるらしい。
「いえ。新選組の方で面識がございますのは土方さまと沖田さまだけでございます」
「土方と沖田……。土方とは、どんな男だ」
「立派な方でございます。それに、とても洒落っ気のある方で、月一でなにかしらお買い上げになってくださいます」
「京での新選組の評判はどうだ」
「それは……」
「どうした」
瞬は笑いを引っ込め、小難しい顔つきになった。
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