second scene117 | 活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~

second scene117

「なに急に」
「いまの職場、すごく大変そうだから。帰宅は遅いし、泊りだって多いじゃない」
「そうだけど……」
 これまで仕事のために篠塚のマンションに泊まったのは、ほんのわずかだ。ほとんどは趣味に費やしたり篠塚との情事に明け暮れていた。
「優しいけど。篠塚さん」
 誰にでも、という言葉を呑みこむ。貴子だけではない。篠塚をとりまくすべてに嫉妬している。見苦しい、とおもう。
 加奈子が包装紙を綺麗にたたみながら「それじゃ、今夜はケーキでも買ってこようかしら」と、嬉々としていった。
 あいまいに相槌をうち上着をぬぐ。夜だけでも出てきてほしいと篠塚はいっていが、今夜だけは会いたくなかった。篠塚の顔をみたら、また余計なことをいってしまいそうだ。これ以上、篠塚との距離をひろげたくない。


 数年ぶりに家ですごすクリスマスイブだった。父の和夫は祖父が経営する印刷会社をてつだっており、毎年、この時期は多忙を極める。なので加奈子も和夫の帰宅をあてにしていない。二人分のショートケーキとオードブル、それにシャンパンがテーブルにならべられた。加奈子は、数年ぶりの息子とのクリスマスを素直に喜んでいる風だった。心なしか親孝行をした気分でシャンパンを舐める。昨夜、篠塚にいわれた言葉が脳裏を過ぎった。
『酒に弱いのは、いまに始まったことじゃないだろう』

「………」


 加奈子とのささやかなパーティのあと、久しぶりに長風呂をつかった。心地よい開放感にひたり自室でくつろいでいると、机のうえの携帯電話がなりだした。胸が動悸を打つ。篠塚からだろうか。五回目のコールで相手を確かめる。みたこともない番号だった。
「徳川です」
 驚いたことに、相手は貴子だった。
「こんな時間にごめんなさい。いま、いいかしら」
「大丈夫です」
「あの、変な質問していい?」
 いつも活舌のよい貴子の口調ではない。酔っているのか。そういえば背後がにぎやかなようだ。くぐもった人のざわめきと流行歌がかすかに響いてくる。どこかの店にでもいるのだろう。
「……はい」
「篠塚さん、フィアンセがいるのかしら」
「フィアンセ……ですか」
「ええ」
「きいてません」
「そう……。じゃあ、恋人らしいひとがいるとか」
 酔っているとはいえ、あまりにも無遠慮な質問だ。貴子からみた瞬とは、篠塚の秘書以外の何者でもない。夜、いきなり電話をしてきて訊ねる内容ではなかった。瞬が黙りこむと、すぐと察したらしい。貴子が小さな声で謝罪のことばを述べてきた。
「じつはね、先日、おじさまが、雅人とつきあっているのかって、わたしに訊いてきたの。もちろん、つきあってはいませんって答えたけど」
「社長が、ですか」
「ええ。帰国して、まだ三ヶ月でしょう? わたしも、そんな相手はいないんじゃないですかって言っちゃったんだけど」
「ぼくもそう思います」
「じゃあ、徳川さんにもいっていないのね」
「え」
 話が見えない。貴子は何をいおうとしているのだ。
「昨日、いわれたの」
「なにをですか」
「好きなやつがいるから、もう会えないって」
「………」


 

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