second scene93 | 活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~

second scene93

 ハッタリだ……。
 じわりとした汗を手のひらに感じた。
 北沢から事の真相を訊いたのは昨日のことだ。重樹との電話では、そこまでの込み入った会話はなかったはずである。大丈夫なのだろうか。
 不安げに眉をよせる瞬をよそに篠塚は余裕ありげにうなずいた。
「脅迫罪です。三木原専務、あなたは黒岩から五年前のアプリッコ社情報流出の真相を聞かされた。その時は単に驚いただけだったでしょう。だが、先月、子会社利用の迂回融資で検挙されたHBグループの株で、あなたは多大な損失をこうむった。その穴埋めにと考えたのがアプリコット日本支社の株です。あなたは北沢専務が有する三十パーセントに及ぶ株を操作して利益を得ようと考えた」
 三木原がつと身をひき、凄みのある双眸をむけてきた。
「恐れ入った想像力だな、篠塚常務。くだらない探偵ごっこなどをやっている暇があったら経営学でも勉強しなおしたらどうだね」
「わたしは関係者である黒岩、それに北沢専務の息子さんにも話をうかがいました」
「北沢専務の息子に?」
「北沢専務の息子さんは、わたしが通う武道流派の同門です。自分が犯した罪で父親を苦しめたと後悔していました」
 三木原が押し黙り、小刻みに足を動かしはじめた。
 篠塚がつづける。
「この問題はアプリコット社に限ったことではありません。キエネ側でも、あなたを特別背任罪として訴訟をおこすつもりです」
「特別背任罪? なにをもって」
 篠塚が上目遣いに三木原をみる。
 三木原がふてぶてしく篠塚を睨みかえした。
「自己の利益を図り会社に損害を与えるわけでしょう。ご存知のように、アプリコット社はキエネ社にとって重要な取引先です。あなたが関わっている以上、すべてが露見した場合、我が社も無傷ではいられない。自社の専務が取引先役員を脅迫して刑事告訴されるわけですから。……ああ、ですが。我が社において、これは親告罪。訴えなければ起訴はされません」
「なにもかも憶測と推測にすぎない。仮に君のいっている事が事実だとしてもだ、状況証拠だけだろう。公判維持どころか起訴もできんよ」
 篠塚が眉をよせ苦笑した。
「おっしゃるとおり。どうも最近、空想癖がありまして」
 一転して、しごく穏やかな声だ。瞬が驚いて篠塚をみると、三木原が咽喉の奥で笑いだした。
「わたしも、ここのところ健忘症がひどくてな」
 篠塚が微笑む。三木原がしわぶきをひとつして「若造、いい度胸だ」と、つぶやいた。
 どうやら、話はついたらしい。篠塚にしても本気で自社から犯罪者をだすつもりはないのだ。今回は事前に釘を刺すことが目的であったのだろう。
 篠塚が深々と頭をさげドアへとむかう。瞬はあわてて腰をあげると篠塚の後につづいた。
 執務室に戻るまでのあいだ篠塚は振り返りもしなかった。瞬が追って執務室にはいりドアを閉めると、なにを思ったのか篠塚がいきおいつけ抱きしめてきた。
「篠塚さん……」
「すこし……すまない」
 そのまま篠塚は口を閉ざした。
 相手は親子二代にわたり役員を務めてきた三木原だ。はやり極度の緊張を強いられていたのだろう。
 篠塚の背中に手をまわす。柄にもなく「よくやった」と、褒めてやりたい気分だった。



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