second scene22
車をおりると澄んだ空気と寒気につつまれた。厚手のジャンパーの襟を片手で引き寄せる。もうすぐ十二月になろうとしている。やはり東京とは気温が違う。手袋ももってくればよかった。
前回、箱根にきたのは小学校の時だった……。
小学校の夏休みに祖父母につれられて来たのをおぼえている。景色はかわっていないのだろう。山の樹木が冬の光に透け孤寂の淀みをまとっている。遠くにいくほど暗く、暗くなるほど深く、照り翳りする展望に心があらわれるようだった。
「寒い」
「やだ、もっと厚着してくればよかった」
「セーター余分に持ってきたから貸してあげようか?」
女性大生トリオの会話に箱根の景色がとたんに色褪せた。この連中は風情とは無縁だ。北沢がコートの襟をたて肩をすぼめている。瞬の視線に気づくと屈託のない笑みを返してきた。
「………」
三時のチェックインまで、まだ時間がある。ホテルのレストランで遅い昼食をとりホテルのロビーで時間をつぶしていると、山岸が部屋割りの話をしてきた。予約しているのは三部屋だ。ひとつは和室で女子大生トリオと滝川、残る二部屋に残りの男性陣が泊まることになる。
「ひとつは滝川クラスの横の部屋で二人部屋。残りの一部屋は三人部屋で、ちょっと離れているんだよね。だから……」
山岸の説明が終わるまえに、瞬は「僕は離れている部屋でいいです」と、声をあげた。すると、つづくようにして北沢も「僕もそちらで」と、言った。
「そうなの? 徳川くんがいるなら篠塚も同じ部屋だよね。オーケー決まり。それじゃ、俺と佐々木くんが同じ部屋ね」
佐々木が嬉々としてうなずく。瞬は滝川の無言が気になっていた。バスの中でもあまり声を聞いていない。なにかあったのだろうか……。気を読まれてしまったのか滝川が瞬を睨んできた。機嫌が悪い。あまり近づかないほうがよさそうだ。
チェックインをすませ部屋に荷物をおろすと、ようやく人心地ついた。佐々木に露天風呂にいこうと誘われたが、とうていすぐに風呂をつかう気にはなれなかった。
篠塚さんから連絡もない……。
もう東京を出発しただろうか。自分から篠塚に連絡をすればすむことなのだが、いつも気がひけてしまう。これまで、瞬のほうから仕事以外のことで篠塚の携帯電話を鳴らしたことはなかった。明確な用件もなく電話をしたところで、なにも話せなくなることが分かっていたのだ。二時間も三時間も近所の主婦と長電話をする母の加奈子が、いつも不思議だった。そんなに話すことがあるのなら会って話せばいいではないかと言うと、電話でしか話せない事もあるのだと加奈子はいう。瞬には理解できなかった。
窓際までいき景色を眺める。近くに流れているのは須雲川だろう。すでに暮れはじめた山々は静粛の気につつまれていた。
メンフィス郊外の夕日は綺麗だった……。
篠塚とミシシッピ河のボートクルーズに乗ったことがあった。六月から十月に期間限定で行われるツアーで、一時間かけて遊覧船で景色を楽しむ。あの頃の日常は篠塚を中心にまわっていた。なにも考えることはない。ただ、篠塚の傍にいればそれで時間が過ぎていった。
今は……。
「疲れた?」
気がつくと、北沢が気遣わしげに瞬を眺めていた。