scene2
稽古場にはアメリカ人やらドイツ人やら国際色豊かな門弟が四名、円をつくってなにやら雑談をしていた。退会届を書く必要がある。師範の姿を探したが見当たらない。
瞬は途方(とほう)にくれた様子で壁までいくと、すりきれた畳敷きに腰をおろした。
「どうした?」
先刻、かばってくれた長身の男だった。歳は三十歳くらいだろうか、小ぶりのボストンバッグをさげ高価そうなベージュのニットセーターに黒のチノパンをはいていた。
「先生が見あたらないので」
「俺も、いちおう師範だが?」
「え?」
「三年ほど、留守にしていたがな」
「……退会届を出したくて」
「なに?」
「退会届」
「なんで」
「やめたいから」
「だから、なんで」
「だから……」
瞬は面倒になってきた。だいたい習い事をやめるのに理由などない。嫌になったからに決まっているではないか。
「合わなくて、僕。合気道」
「どこが」
「……もういいです」
「よかないだろう。入会してどのくらいなんだ?」
「一年です」
「黒帯か?」
「いえ」
「無級?」
「……はい」
「なにやってたんだ」
「は?」
「稽古に出ていなかったのか?」
感情を逆なでするような問いかけの応酬(おうしゅう)だ。瞬は、かすかに頬をふくらませた。
「出ていました。週に2回、休まずに」
「……道着は持ってきたか?」
「今日は稽古をするつもりじゃなかったから」
「貸し道着があるだろう」
「え?」
「俺が稽古をつけてやるから。俺は篠塚(しのづか)だ」
「………」
日本語が通じているのか、外人たちが押し黙って二人の会話に聞き入っていた。瞬は不承不承ながらも稽古に出ることにした。
明日またくればいい。いつだって辞められるんだから……。