「ご存じなのですか」
「あ、いえ、知っているというほどではないのですが。会長の葬儀にお見えになっていました。私は受付をしていましたので。大洋電機の奥様だったかと」
修三が聞く前に清水が語ってくれた。
「大洋電機?あの、大洋電機ですか?」
大洋電機と言えばこちらの木島家電と並ぶくらいの大手である。
「ええ、私も初めてお目にかかったのですけれどね、会長は大洋電機の高橋社長とはご懇意にされていましたが、あちらも最近体調が思わしくないという事で奥様とご子息の繁太郎様がご名代でいらっしゃいました」
「でも、随分はっきり覚えていらっしゃるのですね」
「私も会長を見習って仕事がらみでお会いした方の顔は出来るだけ覚えるように努めています。それにあの大洋電機の奥様はこういう公の場所には殆ど顔を出されないという噂の方でお顔を見知っておられる方も極僅かだという話でしたので、ああ、この方がって、逆に印象に残ってしまいまして」
「そうなんですか、でも大洋電機の社長と言えばもう六十くらいではなかったでしょうか?」
「ええ、そんなくらいです。確かご長男の繁太郎氏が三十五、六くらいだったかと思いますが」
「という事は細君はご子息の母親では、」
「あ、ええ。確か五年程前に再婚された方です」
(五年前…)
修三が清子と結婚した時期と一緒である。
「でも、どうしてその方の写真をあなたが?」
「あ、いえ。亡くなった妻の友人だったのですが、妻が亡くなってから連絡も取らなくなってすっかり忘れていたのですが、それがこの間の社葬で見かけたような気がして思い出しまして、そうしたら今どうされているのかちょっと気になりましてね」
「ああ、そうだったのですか」
「ええ、でも結婚して幸せになっていらっしゃるのなら良かったです。亡くなった妻もホッとしているでしょう」
「奥様はご病気か何かで?」
清水は少し同情めいた顔をする。
「あ、ええ、まあ」
「そうですか、それはお気の毒です」
「ありがとうございます。あ、済みません、なんか余計な話を。それでは企画の方はもう少し話が具体的に決まりましたらまたお邪魔させてもらいます。その時は宜しくお願いします」
「あ、いえ、こちらこそ」
木島家電を出ると修三は社に戻って早速大洋電機の事を調べた。
「土田、お前、今日木島家電から出てきただろう」
後ろから同期の袴田に声を掛けられた。会社の中では一番信頼している人物である。
「今日の遅刻って私用じゃなかったのか、何を調べているんだ?」
袴田は興味津々な顔で修三の顔を覗き込む。
「否、個人的な事だ」
「個人的?木島のお家騒動で何か掴んでいるんじゃないのか」
「そうじゃないさ」
「本当か?おまえは秘密主義だからなあ」
「それはお前もだろう」
「まあ、確かに。スクープネタは譲れない。だが協力はするよ。別に同じ社で出し抜くつもりもないから」
「分かっているさ」
歯に衣を着せないこの物言いが実は結構居心地が良い。清子の事件の時も周りが遠慮する中、ズケズケと踏み込んできた。しかも彼はみんながいる前で「お前が殺したのなら正直に言え、一緒に出頭してやる」と、親切なのかそうで無いのか分からない事まで口にした。そもそも全く信用していないではないかと思ったが皆が心の中で思いながらも口にしないでいる事を言ってくれたお陰で大々的に釈明する機会を持てたのだ。今思えば、あれも袴田の計算だったのではとも思える。そんな事もあってこの男にだけは事件の事を詳しく話している。
「実は、清子らしき人物を見かけた」
修三は小声でそう話した。
「本当か?」
「まだはっきりそうと決まったわけではないが」
「どこで見たんだ?」
「木島家電の社葬の放映に写っていた」
「社葬?ああ、だから、今日木島に行っていたのか。でも社葬なんて大勢の中からよく見つけたな。これも執念の賜物か、で、何か分かったのか」
「清子らしき人物は大洋電機の社長の後妻に納まっているらしい」
「大洋電機?あの大洋電機か?本当なのか?」
「まだ確かじゃないが…」
「もしそうだとしたらそれは奇遇だ」
「奇遇?」
「実はあそこの息子は俺の高校の同級生だ」
「本当か?」
「ああ、当時はそれほど親しかったわけでもないが去年の同窓会で久しぶりに会った。なんでも勘当されてずっと家を出ていたらしい。それが一年前に家に戻ったという事だ、親父さんの具合が良くなくてその再婚した女性が仲を取り持ってくれたという話だが」
「そうなのか?」
それが本当なら清子と会えるかもしれないと思う。しかし今まで全く何も掴めなかったのにこんなにすんなり糸口が見つかるというのもどこか気味が悪いような気がする。