起点ー31 | タイトルのないミステリー

タイトルのないミステリー

おもにミステリー小説を書いています。
完成しました作品は電子書籍及び製本化している物があります。
出版化されました本は販売元との契約によりやむを得ずこちらでの公開不可能になる場合がありますのでご了承ください。
小説紹介HP→https://mio-r.amebaownd.com/

 意を決するようにその取っ手を持ち上げる。人一人くらい十分に入りそうなスペースではあるが野菜等の食料品しか見当たらない。緑子達の亡骸がなかった事にホッとする気持ちと落胆する気持ちが直美の中に混在している。

(どこにいるの?)

そう思ったとき、後ろでカタッという微かな音が聞こえて直美はビクッとして振り返る。将人が起きてきたのだろうかと思ったがそこには誰の姿もなかった。直美は身を起こし、今度は冷蔵庫の前に立つ。大きく息を吸ってから勢いよく扉を開ける。あるのはやはり食料ばかりである。直美は深い溜息を吐いて冷蔵庫を閉めると足音を忍ばせるようにして部屋に戻る。やはり建物の中には無いのだろうか。考えてみればここは山の中、何もペンションの中に隠さなくても埋める場所など幾らでもある。そしてその方が安全だ。身近に置いておくなどという危険を犯す必要はない。でもそうなるとお手上げだ。将人自身にどこに埋めたのかを聞くでもしない限り見付けられるわけもない。だけどそんな事聞くわけにもいかない。どうにかしてヒントを聞き出す方法はないのだろうかと考えるが、そんなに上手く聞き出せる方法など思いつきもしない、下手な事を聞いて怪しまれでもしたら――将人の歪んだ笑顔が頭に浮かんで直美は身震いする。色々考えているうちにいつの間にか眠ってしまった。

ふと気が付くと直美は深い霧に包まれていた。ここはどこだろう、頭の奥の方から声が聞こえる。

――直美さん――

またあの声だ。

――直美さん…助けて――

「水森さん…」

直美は白い靄の中で緑子の姿を探す。

「どこにいるの?」

――…助けて――

手探りで歩いていると遠くに小さな光が見えた。直美はその光に向かって歩き出す。足元に赤い何かが見える。一瞬にして風景が変わる。まるで宝石が散りばめられたかのように辺り一面赤い花に覆われる。その中にぼーっと浮かび上がる白い人影。直美は目を凝らすようにしてそこに近づく。子供を抱いている人影の輪郭が浮き上がる。

「水森さん?」

恐る恐る近づいて直美は手を伸ばす。輪郭は次第にはっきりとした人の姿に変わり子供を抱きかかえている緑子の悲しげな姿が現れる。

「水森さん……」

伸ばした手が子供に触れかけた時、その子の頭にかかっていた布が落ち顔が露わになる、骸骨だった。直美は思わず小さな悲鳴を上げ出した手を引っ込め、緑子の顔を見る。するとその顔はまるで塗り固めてあった石膏が溶けるかのように泥のように崩れ落ち、瞬く間に躯(むくろ)となる。

「キャーーーッ!」

自分の悲鳴に直美は飛び起きる。ベッドの上に身を起こした直美は無意識に胸を押さえる。心臓が激しく波打っている。今の夢は何なのだろう。緑子の出していたサインに気が付かなかった直美の事を怒っているのだろうか、それとも助けられなかった自責の念が見せたものだろうか。

 翌日、目覚めて下に降りると将人がキッチンで丁度朝食の用意をしているところだった。直美がテーブルに着くと将人はすぐにサラダを運んできた。

「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」

「おはようございます。ええ…まあ」

「何か、悲鳴のようなものが聞こえたような気がしたのですけど、私も眠っている最中だったので気のせいかもしれませんけれど」

「ああ、私、ちょっと変な夢を見て」

ここは下手に隠すより正直に言った方が良いと思った。

「どんな夢ですか?」

「それが、よく覚えていないんです。何だか怖い夢だったような気はするのですけど」

「そうですか、でも夢って覚えていない事多いですからね。私も昨日、変な夢見ましたよ」

「そうなんですか?」

「ええ、泥棒が入った夢です」

「泥棒?」

「ええ、まあ、泥棒ではなかったのかもしれませんけれどキッチンの中をウロウロして誰かが家探ししているんです。そうしたら目が覚めてね、実際に下から物音が聞こえるような気がして。変でしょう、昨夜は川谷さん以外お泊りではないのに」

意味ありげな将人の笑みに直美は少しドキマギする。

「それで、どうされたのですか?下に見に行かれたのですか」

「いいえ、私はこう見えて結構臆病なもので、もし本当に泥棒だったら鉢合わせしてどんな目に合うかと思うと怖くて。ベッドの中で布団にくるまっていましたよ。でも気のせいだったようです。今朝、キッチンの中を改めましたけれど何も変わった様子はありませんでしたから」

「そうですか」

将人は本当の事を言っているのだろうか、それとも昨夜の直美の行動に気が付いていたのだろうか。彼の表情からは何も読み取れない。

「そうそう、川谷さんはお子さんと離れ離れだと仰っていましたがご主人は?」

「私、離婚したもので」

「そうなんですか、済みません余計な事を。では今はご実家に?」

「あ、ええ。でももう家には誰も居ないので私一人なんですけど」

「そうなんですか」

そう返す将人の表情に何故か安堵の色が浮かんでいるように見える。

 

 

  <起点―32へ続く>